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第256話 海の男と白い縄

「え……こんなに、いるんですか?」


紗世は目の前に並ぶ男達を見て目を丸くした。


日に焼けた肌。

逞しい腕。

海風に鍛えられた体。


ざっと見積もって三十人ほど。


「ああ。本当はこの倍はいるんだがな。」


黒の男が腕を組む。


「さすがに紗吉が一人で教えるには多すぎると思ってな。」


「こ、これで半分なんですか!?」


紗世は思わず声を上げた。


だが、すぐに小さく息を吐く。


「……分かりました。」


そして袖を襷でまとめた。


「みっちり教えます!まずは粉を整えるところからです!」


男達の前に小麦の粉を広げる。


「粉を整える?」


「もう粉になってるじゃねえか。」


「これじゃ駄目なんです。」


紗世は粉を指先でつまんだ。


「粗い粒も混じってますし、殻も残っています。これだと生地が切れやすくなるんです。」


「ほお。」


「だから石臼でもう一度挽いて、ふるいにかけます。」


男達は顔を見合わせた。


「そんなに違うもんなのか?」


「かなり違います。」


「じゃあやるか。」


石臼の前に男達が座る。


ごりごりごりごり。


石臼が勢いよく回り始めた。


「あっ。」


紗世が目を丸くする。


「すごい…!!早いですね!」


「これくらい朝飯前だ。」


「お前が非力なだけだ。」


黒の男の言葉に笑いが起こった。


「うう……否定できない……。」


挽く。


ふるう。


また挽く。


またふるう。


その繰り返し。


紗世一人なら半日仕事になりそうな工程が、あっという間に終わっていく。


「じゃあ次は塩水です!」


塩を水に溶かす。


「一気に入れちゃ駄目です。」


「少しずつ?」


「はい。少しずつです。」


さらさらと塩水を回しかける。


指先で混ぜる。


粉がぽろぽろと小さな塊になっていく。


「おお。」


「砂みてぇだ。」


「ここから無理にまとめようとしなくて大丈夫です。」


紗世は塊を両手で寄せ集めた。


「押して、まとめて、また押す。」


やがて一つの塊になる。


「できた。」


「これで終わりか?」


「まだです。」


紗世はにっこり笑った。


「ここから踏みます。」


「踏む?」


「はい。」


男達は顔を見合わせた。


「食い物を?」


「踏むのか?」


「踏みます。」


紗世は麻布を敷き、生地を置いた。


そしてその上に乗る。


ぎゅっ。


「こうです。」


「おお……。」


「踏んで広がったら畳む。」


踏んだ生地を畳んでみせる。


「また踏む。」


ぎゅぎゅ。


「また畳む。」


パタ、パタ。


「また踏む。」


ギュッギュッ。


「なるほどな。」


男達も真似をする。


ぎゅっ。


ぎゅっ。


ぎゅっ。


海の男達の体重が乗るたび、生地が綺麗に広がっていく。


「紗吉坊。」


「はい?」


「これ、面白ぇな。」


「でしょ?」


「なんか楽しいぞ。」


「お前遊んでるだろ。」


「あっ、ばれた?」


笑いが起きた。


何度か折って踏んでを繰り返した頃。


「……黒のおにーさん、一番上手いですね。」


黒の男の後ろから紗世がひょいと顔を出した。


「は?」


周囲がざわつく。


「旦那が?」


「一番雑そうなのに?」


「料理道具壊す方が似合うのに?」


「包丁握ったら魚より先に俎板割りそうなのに?」


「……お前ら。」


黒の男の頬が引きつった。


「儂を何だと思ってる。」


男達がどっと笑う。


紗世も笑った。


「私は料理上手そうだと思ってましたよ。」


「どこを見てそう思ったんだ?」


「奥さんへの接し方です。」


その場が静かになる。


「大事な人を大事にできる人って、料理も丁寧なんですよ。」


紗世は笑った。


「食べる人のことを考えるから。」


「……。」


黒の男が目を逸らす。


「紗吉。」


「はい?」


「余計なことは言わなくていい。」


「え?」


「……次だ。」


耳が少し赤かった。


紗世は気づかなかった。


「はい!」


紗世は元気よく頷く。


「じゃあ、生地は休ませます!」


「休ませる?」


「一刻くらい放っておきます。」


「なんでだ?」


「その方が後で伸ばしやすいんです。」


男達が感心したように頷く。


「その間に汁を作ります。」


鍋に水を張る。


小魚の干物を入れる。


「具か?」


「違います。汁の味を作ります。」


「ほお。」


湯気が立ち始める。


紗世は小魚を引き上げた。


「ここで出します。」


「もうか?」


「長く煮ると味が濁るんです。」


黄金色の汁が鍋に残る。


「いい匂いだな。」


「飲んでいいか?」


「まだ美味しくないですよ?」


男は匙で掬う。


飲む。


「……薄い。味がしねぇ。」


「ですよね。」


紗世は塩をひとつまみ落とした。


「もう一回どうぞ。」


男は半信半疑で飲む。


「……!」


目を見開く。


「なんだこれ。」


「うまい。」


「塩だけだぞ?」


「でも、うまい。」


周囲も次々と味を見る。


「ほんとだ。」


「全然違う。」


「面白ぇ。」


「ここから醤で味を整えます。」


男達は真剣な顔で頷いた。



─────


そして


白い細長い食べ物が鍋の中で踊る。


「そろそろです!」


男達が鍋を持ち上げる。


湯気が立つ。


「冷たい方は井戸水で締めます!」


「締める?」


「冷やすんです!」


ざぶざぶと水を流す。


「温かい方は汁へ!」


「おう!」


「薬味はこっちです!」


「はいよ!」


いつの間にか男達は完全に動かされていた。


そして――


「完成です!」


器に盛られた白い食べ物。


男達が息を呑む。


「食べてみてください。」


一口。


ずっ。


二口。


ずずっ。


三口。


ずずずずずっ。


静寂。


聞こえるのは啜る音だけ。


そして――


「うめぇぇぇぇぇぇぇ!!」


「なんだこれ!」


「腹に溜まるぞ!」


「粥より好きだ!」


「あったけぇ方もうまい!」


「冷たい方もいい!」


歓声が上がる。


黒の男は腕を組みながら笑った。


「ほらな。」


紗世を見る。


「言っただろう。」


紗世も笑う。


「はい。」


海の男達は夢中で白い食べ物を啜っていた。


その光景を見ながら、紗世もまた嬉しそうに笑った。

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