第254話 讃岐の白い麺
───翌日
小麦粉。
水。
塩。
紗世は本営の台盤所に材料を並べた。
「紗吉さん。それ、昨日買ってきた物ですよね?何か作るのですか?」
清丸が不思議そうに首を傾げる。
「はい!作ると言っても、試作なので上手くいくかは分かりませんけど。」
「試作?新しい料理ですか?」
「料理というより……料理の材料、かな。」
「料理の材料!?」
清丸が目を丸くする。
「そこから作るんですか?」
「ええ。作ってみたい料理があるので。」
紗世は少し照れくさそうに笑った。
「何かお手伝いしましょうか?」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。材料も少ないですし、工程もそんなに多くないので。」
「そうですか。何か必要なら呼んでくださいね。」
「はい!」
そう言って清丸は持ち場へ戻っていった。
紗世は改めて材料に向き直る。
袖を襷でまとめ、小麦粉を手に取った。
(粉は所々粗いし、不純物も混じってる……。)
白い粉を指先で擦る。
(でも、やるだけやってみよう!)
まずは粗い小麦粉を石臼で挽いた。
ゴリ…ゴリ…ゴリ…ゴリ…
「石臼、重い……。これが一番重労働かも。」
紗世は少しでも見慣れた小麦粉になるように、石臼で挽いては不純物を取り除き、また石臼で挽くを繰り返した。
腕がパンパンになる。
「と……とりあえず、これくらいで……。腕が死ぬ。」
次は塩水を作る。
塩を溶かし、少しずつ小麦粉へ加えていく。
(うどんなんて、向こうじゃ節約料理だったのになぁ……。)
ふと、現代の記憶が蘇る。
米は高いから。
小麦粉なら安いから。
食卓に並ぶのは粉物ばかりだった。
いや──違う。
並んだんじゃない。
自分で作ったのだ。
両親は何もしてくれなかった。
だから、自分で何でもやった。
作れそうなものは、自分で作った。
あの頃は辛かった。
だけど──
(こうして考えると、無駄じゃなかったんだな。)
紗世は小さく笑った。
塩水を少しずつ加えながら、小麦粉を混ぜていく。
(塩水は少しずつ。入れすぎない。)
生地はまだボソボソしている。
さらに少しだけ塩水を加える。
少しずつ。
少しずつ。
やがて、生地がまとまり始めた。
(やっぱり粉の質かな。少しまとまりにくい気がする。)
額に浮かんだ汗を拭う。
それでも手は止めない。
捏ねる。
捏ねる。
捏ねる。
やがて、生地の表面に艶が出始めた。
(良い感じ!)
紗世は満足そうに頷いた。
麻布を何重にも重ねて生地を包む。
さらに床にも綺麗な麻布を敷き、その上へ置いた。
(よし!踏む!!)
紗世は生地を踏み始めた。
(この工程をしっかりやらないと、コシが出ないんだよね。)
踏む。
折りたたむ。
また踏む。
また折りたたむ。
丁寧に。
丁寧に。
何度も繰り返した。
そして──
「とりあえず、こんなもんかな。」
紗世は額の汗を拭った。
満足そうに生地を見下ろす。
(じゃあ、この生地は一刻くらい寝かせて……その間に出汁を作ろう。)
昨日買った小魚の干物を鍋へ入れる。
水を張る。
火にかける。
(沸騰させすぎないように……。)
小魚は頭ごと入っている。
煮立たせすぎれば、きっと雑味が出る。
じっくり。
ゆっくり。
出汁を取る。
そこへ醤と塩を少しずつ加えていく。
(うーん……少し薄いかな。)
紗世は首を傾げた。
(温かいうどんより、ざるうどんの方が良さそう。)
そう決めると、醤と塩でつけ汁を整え、おろし生姜と刻み葱を用意した。
─── 一刻後。
寝かせた生地を伸ばす。
麺棒が無かったため、清丸に頼んで丁度良い棒を用意してもらった。
打ち粉を振る。
伸ばす。
さらに伸ばす。
生地を折りたたむ。
慎重に包丁を入れる。
一本。
また一本。
そうして切り終えた麺を、ぐらぐらと煮立つ湯の中へ入れた。
(上手くいきますように……。)
紗世は祈るような気持ちで鍋を見つめた。
茹で上がった麺を井戸水で締める。
ざるへ上げる。
つけ汁につける。
一口。
「……!!」
目が見開かれる。
(うどんだ……!)
少し切れやすい。
形も不揃い。
だけど。
間違いなく、うどんだった。
懐かしかった。
嬉しかった。
そして何より──
美味しかった。
───夜
「この縄は何だ?」
惟成が怪訝そうに膳を見つめる。
「うどんです!」
「うどん……?」
「小麦粉と塩と水で作った麺だよ!」
「めん……とは?」
惟成が首を傾げる。
「ご飯の代わりになるもの!」
紗世は箸で麺を掬う。
葱と生姜の入ったつけ汁へつける。
そして啜った。
「こうやって食べるの!」
「ほう……。」
惟成も真似をする。
麺を持ち上げる。
つけ汁につける。
啜る。
「……!!」
惟成の目が見開いた。
「……どう?」
恐る恐る聞く。
惟成は目を閉じて味わった。
「美味い。」
紗世の顔が明るくなる。
「米とは違う弾力があるな。しかも食べやすい。するすると口へ入る。」
そして、爆速で平らげた。
「茹でればまだあるよ?」
惟成が顔を上げる。
「食べる?」
「食べる!!」
即答だった。
「待ってて!茹でてくるから、その間に焼き魚と漬物食べてて!」
紗世は嬉しそうに台盤所へ走っていった。
───食後
「うどんは、小麦粉と塩と水で作ったと言ったか。」
「うん。」
「小麦粉なら、米より安いな。」
惟成は静かに言う。
「これが広まれば、庶民の主食になるかもしれん。作るのは難しいのか?」
「材料は少ないけど……体力勝負かな。」
「体力勝負?」
「石臼で小麦を挽くのが大変なの。細かい小麦粉じゃないと、生地がまとまらないし。あと踏むし。」
紗世は苦笑した。
「実は今日のうどん作りで腕がパンパン。」
そう言って腕を見せる。
惟成は少し目を細めた。
「そうか。」
そっと紗世の手を取る。
優しく腕を撫でた。
「そんなに頑張ってくれたのか。」
紗世は少し照れる。
「ありがとう。」
「ううん。」
惟成の指がゆっくりと腕を揉む。
「痛くないか?」
「大丈夫。」
「お前の料理は、いつも俺を驚かせるな。」
「そう?」
「そうだ。」
惟成は穏やかに笑った。
「しかも今まで食べたことのない美味さだ。」
紗世も笑う。
「惟成が喜んでくれるなら、また頑張ろうって思う。」
「それなら良い。」
「腕も揉んでくれるし。」
「……そこが目的か?」
「うん。」
「即答するな。」
「だって、イチャイチャできるし。」
惟成が吹き出した。
「この後は几帳を並べるからな。」
「……そこは徹底してるんだね。」
「当たり前だ。」




