第249話 父の心、娘知らず
───翌日
惟成は、紗世や雪丸達を再び離れへ呼んだ。
ちなみに昨夜、紗世は離れには泊まらず、予定通り讃岐守邸へ宿泊している。
「一応、俺専用の使用人を置くと本営へ報告せねばならんからな。」
そう言って惟成は紗世を讃岐守邸へ送り届け、その足で本営へ許可を取りに行ったのだ。
その許可が下りたことと、雪丸達へ今後のことを説明するため、こうして改めて集まってもらっていた。
惟成は少し呆れたような顔で雪丸へ切り出した。
「すまんが、雪丸。紗世──いや、紗吉はこのまま讃岐へ留まることになった。」
「えええっ!!?そ、そのようなことが本当に……!姫様!」
雪丸が悲鳴のような声を上げる。
その隣で紗世は満面の笑みを浮かべていた。
「私、惟成と一緒に帰るの。」
「惟成様と一緒に、と申されましても……帰京の目処は立ったのですか!?」
「……立っておらん。」
惟成は目を逸らした。
「そんな……。姫様!殿に何と説明すれば良いのですか!?」
「え?姫様は惟成様と一緒に帰るって言ってました、で良いよ。」
「それで殿が納得すると思いますか!?」
「しないだろうな。烈火の如く怒り狂うと思う。」
惟成が冷静に補足した。
「ほら!惟成様もそう仰っているではありませんか!」
「許すも許さないも、こっちに来ちゃったもん。別に一人で讃岐にいるわけじゃないんだよ。信用信頼第一の惟成が一緒なの。」
「ひ、姫様ぁ……。」
雪丸は頭を抱えた。
「安心して。雪丸。父上には文を書いたから。それを渡して。」
「し、しかし……。」
「雪丸。」
惟成が静かに呼ぶ。
「こうなったら紗世はテコでも動かん。俺でも無理だ。諦めろ。」
「惟成様ぁ……。」
雪丸は今度は縋るような目で惟成を見上げた。
「雪丸。それから、お前達も。」
惟成は残る二人の使用人にも視線を向ける。
「ここまで紗世を送り届けてくれて感謝する。本当にありがとう。」
そう言って頭を下げた。
三人は慌てて首を振る。
「紗世は俺が責任を持って守る。そして必ず一緒に都へ帰る。」
惟成はそこで少し笑った。
「紗世がいるからな。海賊討伐にも今まで以上に力を入れる。一日でも早く帰京すると検非違使尉様へ伝えてくれ。」
「……はい。惟成様の一日でも早い帰京を願っております。」
雪丸は深々と頭を下げた。
───
その後。
惟成と紗世は港で雪丸達を見送っていた。
舟はゆっくりと沖へ向かっていく。
惟成は遠ざかる舟を見ながら尋ねた。
「そういえば、検非違使尉様には何と書いたんだ?」
「え?えっとね。」
紗世は指を折りながら数え始める。
「海賊討伐が終わり次第、惟成と一緒に都へ帰ります、ってことと。」
「うむ。」
「住む所は惟成と一緒の部屋だから安心してね、ってことと。」
惟成の動きが止まった。
「……何と書いた?」
「だから、惟成と一緒の部屋だから安心してね、って。」
ぶはっ!
惟成は盛大に吹き出した。
だが紗世は構わず続ける。
「それから、私が雪丸達と帰らなかったことについては雪丸達を責めないで、って書いて。」
「……うむ。」
「でも、それだけじゃ絶対に父上は雪丸達を怒るでしょ?」
「そうだろうな。」
「だからね。」
紗世は胸を張った。
「もし雪丸達を怒ったら、都へ帰っても口をきかないし、孫も抱かせてあげないから、って書いた。」
惟成は完全に固まった。
「……孫?」
「だって父上が惟成に釘を刺す時って、いつもそういう話じゃない。」
「……。」
「だからこっちも同じ話で返そうと思って!」
(ネタではなく、本気だと思うが……。)
惟成は心の中で呟いた。
そして、今や豆粒ほどの大きさになった舟を見つめる。
(……すまん、雪丸。検非違使尉様がその文を読んでどうなるのか、俺にも分からん……。)
潮風だけが静かに吹いていた。
───数日後・四条邸
「殿。讃岐より雪丸達が帰って参りました。」
取次ぎの言葉を聞いた瞬間、藤原兼成は廊下を駆け出した。
「姫ええええええ!!!帰ったかああああああ!!!疲れてないか!?腹は減ってないか!?休むなら寝所の用意をさせるぞ!!?」
雪丸たちの元へ飛び込むように現れるが、そこに紗世の姿はない。
「………あれ?姫は?」
兼成は辺りを見回した。
「雪丸。姫はどうした?部屋へ行ったのか?」
「いえ、それが……姫様からこちらの文を預かっております。」
「預かった?一緒に帰ってきてはおらぬのか?御息所様の邸にでも寄ったのか?」
そう言いながら、兼成は文を受け取る。
文を開いた瞬間、目が見開かれた。
「んなっ……惟成と一緒に帰るだと!?雪丸!!姫は一緒に帰ってこなかったのか!!?」
「は……はい……姫様が、どうしても惟成様と離れたくないと……」
「誰の許可を得てそんなことを!!」
「いえ……姫様ご自身のご判断で……」
兼成は文を読み進める。
そして、その一文に目が止まった。
『住む所は惟成と一緒の部屋だから安心してね』
「……………………」
沈黙。
「どう安心せいっちゅうんじゃああああああああああ!!!!」
一気に爆発した。
雪丸たちは後ずさる。
「こっ……惟成と……姫が……同じ部屋だと!?どういうことだ!!?」
「姫様と惟成様は、もう十六歳でございますし……」
「十六歳同士の男女が同じ部屋など……!」
そこで兼成は、ふと思い出す。
かつて見た、二人の距離の近さ。
口付け寸前の空気。
「も……もう!!やることはひとつではないかあああああああ!!!雪丸うううう!!!」
「とっ……殿!!落ち着いてください!!まだ続きがございます!!」
兼成はハッとして文を読み直す。
そこにはこうあった。
『もし雪丸達を怒ったら、都へ帰っても口をきかないし、孫も抱かせてあげないから』
「………っまっ……まっ……孫だとおおおおおおお!!!?」
「殿!!孫はまだでございます!!将来の話です!!」
「将来だろうが今だろうが認めんぞおおおおお!!!
雪丸!!馬を用意せい!!」
「馬!?いずこへ!!」
「讃岐に決まっておるだろうがあああああ!!!」
「本日は検非違使尉としての務めが……!」
「そんなもの他の者にやらせろ!!姫を連れ戻す!!」
そのとき、静かな声が落ちた。
「──殿。」
紗世の母が、穏やかに口を開いた。
「惟成様がご一緒なのでしょう?それなら良いではありませんか。」
「きっ……北の方ぁ……」
「惟成様は誠実なお方です。殿の思うようなことにはなりませんよ。」
「で、でもなぁ……」
「それに、もし本当に孫ができたなら、それはそれで良いではありませんか。」
「良くない!!」
「惟成様と紗世の子……見てみたくはありませんか?」
「………………」
一瞬、兼成の頭に未来の光景が浮かぶ。
(惟成の体力と、紗世の行動力……)
「………誰も手が付けられぬ子供になる気がするのだが。」
ぽつりと呟く。
「うふふっ。」
紗世の母は笑った。
「私は一日でも早く見てみとうございますわ。」
「ぬあああああああああああ!!!」
兼成は頭を抱えて崩れ落ちた。




