第241話 捕虜
───四月・本営
「源様!捕虜となった者達が捕らえられていると思われる場所が分かりました!」
船夫が勢いよく本営へ駆け込んできた。
「塩飽諸島です!塩飽諸島の小さな島々に、海賊達の根城と思われる場所が点在しております!」
惟成は海図へ目を落とした。
「なるほどな……一箇所に集まるより、島々に分散した方が海賊としては動きやすい。」
「攻めますか!?」
興奮した声が上がる。
だが惟成は静かに首を横へ振った。
「いや。」
その一言に周囲が息を呑む。
「奪還作戦の前に、私自身が塩飽諸島を見てくる。」
「源様、自らですか!?」
「そうだ。」
「危険です!」
「案ずるな。本当に様子を見に行くだけだ。戦も奪還もせぬ。だから少人数で行く。」
「しかし……!」
惟成は視線を横へ向けた。
「三宅殿。」
二十代の若い武官が姿勢を正す。
讃岐生まれで潮流や海路に詳しく、海戦の才もある男だった。
「は。」
「私と共に塩飽諸島へ来てくれるか。」
「承知しました。」
三宅は迷いなく頭を下げた。
その日の夕刻。
惟成と三宅は小さな漁船を漕いでいた。
日に焼けた笠を被り、着古した水干をまとい、顔や手にはわざと汚れを付けている。
どう見ても若い漁師二人だった。
「源様、間もなく塩飽諸島です。」
「そうか。」
惟成は網を曳くふりをしながら周囲を観察した。
大小の島々。
入り組んだ海岸線。
身を隠すには都合の良い地形が続いている。
今日は多くの商船や漁船が海を行き交っていた。
海賊達も獲物を求めて出払っているのか、島々は静かだった。
その時だった。
「おーい、兄ちゃん達!魚は捕れてるかー!」
沖合から声が飛ぶ。
別の漁船だ。
惟成は手を振り返した。
「いや、さっぱりだ!」
漁師達が笑う。
一見すると何の変哲もない漁師達だった。
だが、この海域にいる以上、海賊側の人間である可能性は高い。
惟成は自然な口調で尋ねた。
「少し船を降りて休みたいんだが、どこか良い場所はないか?」
漁師の一人が島を指差す。
「あそこに赤土の岩肌が見える島があるだろう。上陸しやすいぞ。」
「なるほど。」
「だが、その南の小さい島には行くな。」
惟成は視線だけを向ける。
「何故だ?」
「あそこは浅瀬と岩礁だらけだ。船も付けづらいし、洞窟はあるが日陰が少ない。休むには向かん。」
「そうか。助かった。」
惟成は笑顔で礼を言った。
漁師達も手を振り返す。
やがて十分に距離が開いた頃、惟成が小声で言った。
「三宅殿。」
「は。」
「先程、行くなと言われた島へ向かう。」
三宅が頷く。
「やはり。」
「あの者達は見張りだろう。近付かせたくない理由がある。」
「捕虜か、略奪品か。」
「おそらく、そのどちらかだ。」
二人は一度赤土の島へ上陸した後、見張り達の死角へ回り込み、問題の島へ向かった。
島は確かに上陸しづらかった。
岩場を慎重に進み、身を潜めながら奥へ向かう。
やがて洞窟の方から声が聞こえてきた。
「そっちの荷は解かずにこっちへ運べ。」
「その俵は奥へ置け。」
「落とすなよ。」
怒号ではない。
淡々とした作業の声だった。
惟成は岩陰からそっと覗く。
そして目を見開いた。
「……いた。」
洞窟の奥で荷を運んでいる男達。
捕虜となった四人全員だった。
「間違いありません。」
三宅も声を潜める。
「全員無事です。」
その時だった。
「おい、それは要らん。海へ捨ててこい。」
海賊の一人が麻袋を放り投げた。
受け取ったのは捕虜の船夫だった。
男は袋を抱え、洞窟の外へ出てくる。
「隠れろ。」
惟成が囁いた。
船夫が海へ麻袋を投げ捨てる。
その瞬間。
「おい。」
小さな声が飛んだ。
船夫が辺りを見回す。
「おい、こっちだ。」
岩陰から現れた顔を見た瞬間、船夫の目が見開いた。
「源様……!」
惟成は肩を掴んだ。
「無事だったか。」
「はい!」
船夫の声が震える。
「私も、他の三人も無事です!」
惟成は安堵したように息を吐いた。
「そうか……。」
そして静かに言った。
「すまん。」
船夫は首を振る。
だが惟成は続けた。
「必ず助けに来る。もう少しだけ待っていてくれ。」
船夫は少し困ったような顔をした。
「源様。」
「どうした。」
「正直……想像していたような扱いではありません。」
三宅が眉をひそめる。
「何?」
「殴られたこともありません。飯も出ますし、寝る場所もあります。」
三宅が目を丸くした。
「捕虜なのにか。」
「はい。」
船夫は少し迷った後、続けた。
「海の上では憎い相手でした。」
「……。」
「ですが、ここで見た者達は、私が思っていた海賊とは少し違います。」
惟成は黙って聞いていた。
「何か事情があるように思えるのです。」
しばらく沈黙が続く。
やがて惟成が静かに口を開いた。
「海賊にも海賊の事情がある、そう言いたいのだな。」
「……はい。」
惟成は小さく頷いた。
「分かった。」
船夫が顔を上げる。
「だが、それでもお前達は連れ戻す。」
その声に迷いは無かった。
「近いうちに必ず助けに来る。他の者達にも伝えてくれ。」
「はい。」
船夫は力強く頷く。
「では戻れ。」
「はっ。」
船夫は洞窟へ駆け戻っていった。
その背を見送りながら、三宅が尋ねる。
「源様、何をお考えで。」
惟成は洞窟を見つめたまま答えた。
「調べることが増えた。」
「調べること?」
「ああ。」
惟成の目は静かだった。
「その結果によっては、奪還の方法も変わる。」
三宅は黙る。
惟成は最後にもう一度洞窟を見た。
そして踵を返す。
「帰るぞ。」
「は。」
二人は再び漁師の姿へ戻り、静かに島を後にした。




