第207話 夢に入る
「できれば、その話し合いをする夢を見る時は、ここで眠ってもらおうと思う。」
「ここって……陰陽頭様のお邸ですか?」
「ああ。」
在昌は頷いた。
「話し合いが纏まらなかった場合、魂を扱うことになる。私の邸なら、そのような緊急時でも対処しやすい。」
そして意味ありげに惟成へ視線を向けた。
「それに……場合によっては、惟成殿を夢へ介入させることになるかもしれない。」
「そんなことが出来るのですか?」
惟成が顔を上げる。
「鷹丸様の夢の中には、鬼が存在している。」
在昌は静かに言った。
「そして、その鬼の正体は惟成殿だ。惟成殿本人としてではなく、鬼として夢へ介入させることは可能だろう。」
「惟成も一緒なら……」
紗世の表情が少し和らいだ。
「ただし、そのためには惟成殿を和泉殿の隣で眠らせねばならない。」
在昌は肩を竦める。
「四条邸では難しいだろう?」
紗世と惟成の脳裏に、同じ人物の顔が浮かんだ。
「邪魔されますね……。」
惟成が即答する。
「泣きながら邪魔してくると思う。」
紗世も真顔で頷いた。
「だろうね。」
在昌は苦笑した。
「それでは夢の中で話し合う以前の問題になってしまう。」
紗世は姿勢を正した。
「陰陽頭様。どうかこちらのお邸でお願いします。」
そう言って深々と頭を下げた。
「あと……」
在昌は少しだけ表情を曇らせる。
「一度で終われば良いのだがね。」
「何か問題が?」
惟成が問う。
「鷹丸様の執心は想像以上に強い。」
在昌は静かに続けた。
「諦めてもらうには、一度の話し合いでは済まないかもしれぬ。そうなると複数回、夢の中で向き合う必要がでてくる。」
「何か体に支障が出るのですか?」
「出る。」
即答だった。
「鷹丸様だけでなく、和泉殿も惟成殿も、魂が身体から離れやすくなる。」
「そうなると?」
紗世が首を傾げる。
「深く眠った時、なかなか目を覚ませなくなる。」
在昌は指を折りながら説明した。
「そして極端に驚いた時や、強い衝撃を受けた時に失神しやすくなる。」
惟成は露骨に嫌そうな顔をした。
「……武官としては致命的ですね。」
「だろう?」
在昌は頷く。
「なるべく早く話し合いが終わるよう、伝えるべきことを整理しておいた方が良い。」
「そうします。」
惟成は真面目に答えた。
在昌は大きく息を吐いた。
「本当に……和泉殿は厄介事を引き寄せるねぇ。」
「うっ……。」
紗世が肩を縮める。
「私が初めて和泉殿と会った時も、民部卿の姫君の呪詛に遭っている最中だった。」
「うぅ……。」
「紅葉見物へ行けば牛車も屏風も全壊するし。」
「……。」
「丹波国境の結界付きの小屋へ閉じ込められるし。」
在昌はゆっくり惟成を見る。
「気苦労が絶えないねぇ。」
「ええ、まあ。」
惟成は淡々と答えた。
その横で紗世が申し訳なさそうに俯く。
しかし惟成は続けた。
「とはいえ。」
紗世が顔を上げる。
「こんな和泉殿に付き合えるのは、自分くらいしかおりませんので。」
在昌は一瞬目を見開いた。
そしてすぐに口元を緩める。
「なるほど。」
にやにやと笑う。
「こんな惟成殿のためにも、早く片付けないといけないね。」
在昌は楽しそうに続けた。
「じゃないと、惟成殿が嫉妬でどうにかなってしまいそうだからね。」
「あ……あぅ……。」
紗世の顔がみるみる赤くなる。
ところが次の瞬間。
「あ!!」
突然、紗世が声を上げた。
「今度は何だい?」
「陰陽頭様こそ!」
在昌が嫌な予感を覚える。
「御息所様の所には、ちゃんと夜通っているのですか!?」
「…………。」
部屋が静まり返った。
「御息所様?」
惟成が片眉を上げる。
「夜?」
在昌が固まる。
紗世は身を乗り出した。
「ちゃんと通ってますよね!? 御息所様を傷つけたりしてませんよね!?」
「するわけないだろう!」
在昌は思わず反論した。
「毎回きちんと約束を取り付けて伺っている!」
紗世の口元が、にやぁ……と緩む。
「惟成殿。」
在昌は額を押さえた。
「和泉殿の笑い方、もう少し品良くできないものか?」
「……無理かと。」
惟成は即答した。
「して。」
在昌が嫌な予感を覚える。
「今、通いは何夜目ですか?」
「……は?」
「朝は何刻頃に六条邸を出ておられるので。」
「なぜそんなことを聞くんだい。」
惟成は真顔だった。
「後学のために。」
沈黙。
紗世が吹き出した。
在昌は惟成を指差した。
「お前も敵か!!!」
「ええ。」
即答だった。
「参考になるかと思いまして。」
「しなくてよろしい!!」
「なるほど、参考になるんだ。」
紗世がうんうんと頷く。
「そこ、納得しない!」
今度は紗世を指差した。
「そもそも何を参考にする気だ!」
惟成は少し考える素振りを見せる。
「通い始める時期や頻度などでしょうか。」
「真面目に答えるところじゃないぞ!」
「御息所様は何か不満を仰っておりませんか?」
「聞くなぁ!」
「六条邸を出る時、名残惜しそうにされますか?」
「だから聞くなって!」
紗世は腹を抱えて笑い始めた。
「惟成、やめて……っ、ふふっ……!」
「いや、重要なことだろう。」
惟成は本気だった。
「重要ではない!」
在昌は即座に否定した。
「将来のために聞いておきたいのですが。」
「お前は将来のために何を学ぼうとしている!?」
「御息所様ほど気位の高い姫君と良い関係を築けているのです。参考になる部分は多いかと。」
在昌は口を開きかけ――閉じた。
少しだけ得意そうな顔になる。
「まあ、確かに御息所様は気位がお高いが――」
「へえ。」
紗世が身を乗り出した。
「それで?」
「それで、ではない!」
我に返った在昌が叫ぶ。
「危うく話すところだったではないか!」
「惜しい。」
紗世が呟く。
「惜しくない!」
在昌は深々とため息を吐いた。
「まったく……。」
そして二人を見た。
「生霊の件を相談しに来たはずなのだが、なぜ私の通い婚の話になっているんだね?」
「陰陽頭様が幸せそうだから。」
紗世が即答する。
「和泉殿。」
「はい。」
「余計なお世話だ。」
そう言いながらも、在昌の口元には僅かに笑みが浮かんでいた。




