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第198話 従者攻防

───石山寺参詣・数日前


「だからっ! そんなに要らないってば!!」


「駄目だ! 要る!!!」


紗世と父・兼成が向かい合い、真剣な顔で言い争っていた。


「……何をしているのです?」


呆れた声とともに、取次ぎ役の女房の後ろから惟成が顔を覗かせた。


「あ! 惟成。いらっしゃい。」


紗世の顔がぱっと明るくなる。


しかし、その隣で兼成の顔は鬼のような形相になった。


「こ〜れ〜な〜り〜ぃぃぃい!!」


兼成は一直線に惟成へ向かい、その胸ぐらを掴んだ。


「何勝手に姫と石山寺参詣へ行く約束をしておるのだああああ!!」


「暑いので。参詣がてら避暑も兼ねて、ゆっくり休めればと。」


惟成は相変わらず無表情で答える。


「そーゆーことを聞いているのではないわあああ!!……………っ痛!」


紗世が扇の端で兼成の脇腹を突いた。


「もうっ! 石山寺参詣に行くのは決定なの! 父上は邪魔しないで!」


「邪魔とは何だ、邪魔とは! 私は姫を案じておるのだぞ!!」


「だからって供人二十人は要らない!!」


「要るでしょうがああああ!!」


「……ああ。それを言い合っていたのか。」


惟成はようやく状況を理解したようだった。


「二十人も連れて行って、何させるのよ。」


「良いか? まず、お前の身の回りの世話をする女房が真砂を含めて五人。」


「日帰りなのに多すぎ。真砂一人で十分。」


「そして、牛車がぬかるみに嵌った時のために従者と牛飼い童が七人。」


「その七人ってどこから出てきたの……」


「そしてだ!」


兼成の目がぎらりと光る。


「惟成が姫に近づけないよう、鉄壁の守りをする護衛が八人!!」


「なんで惟成が敵なのよ!!」


「そこが一番危険であろうがあああ!!」


「そこは信頼するところでしょ!」


「私に内緒で出掛ける約束をする時点で信用できるかぁ!!」


「内緒じゃないでしょ! ちゃんと父上にも言ってるじゃない!」


(相変わらず賑やかな邸だな……。)


惟成は小さく息を吐いた。


「ねえ。女房や従者、そんなに要らないよね、惟成。」


「……紗世の女房に真砂、牛飼い童、それと私の従者一人くらいで良いのでは。」


「中流貴族の遠出に供人三人だけなど有り得るかああああ!!」


兼成は頭を抱えた。


「馬が怪我したらどうするのだ!?」


「私が診ます。」


「牛車がぬかるみに嵌って動けなくなったら!?」


「私が押します。」


「盗賊が現れたら!?」


「私が追い払います。」


「……お主、自分は何人いると思っておるのだ?」


「私は一人しかおりませんが。」


「そーゆーことを聞いているのではないわああああ!!!」


兼成の絶叫が邸中に響いた。


その時だった。


「惟成様。さすがに三人は少なすぎますわ。」


真砂が静かに口を開いた。


「ほら見ろ! 真砂もそう言っておる!」


兼成が勝ち誇った顔をする。


しかし


「二十人も要りません。」


真砂はぴしゃりと言い切った。


兼成の顔が固まる。


「惟成様とて兵衛尉という官位にある貴族なのですよ。供人が少なすぎれば、『それくらいの従者も用意できないのか』と世間に見られます。」


あまりの正論に誰も反論できない。


「紗世様も惟成様も、供人が少ないほど身軽に動ける、としか考えておられないのでしょう?」


真砂がじとりと二人を見る。


紗世と惟成は顔を見合わせた。


図星だった。


「……従者は増やします。」


「……増やそう。」


二人は渋々頷いた。


すると兼成が勢いよく立ち上がる。


「よし! では供人は十五人でどうだ!!」


「減ってない!!」


「減っておる!!」


「五人しか減ってないじゃない!!」


「五人も減っておるではないか!」


兼成が胸を張った。


「五人減ってもまだ十五人も残ってるじゃない!」


紗世は即座に反論する。


「要るのだ!」


「要らない!」


再び始まった親子喧嘩に、惟成は静かに目を閉じた。


真砂は額に手を当てる。


「では、具体的に必要な人数を数えましょう。」


その一言で、ようやく二人は口を閉じた。


「まず、紗世様付きの女房は私一人。」


「うん。」


紗世が頷く。


「御者と牛飼い童。」


「それは必要だな。」


今度は惟成が頷いた。


「惟成様付きの従者も最低一人。」


「分かった。」


「ここまでで四人ですね。」


真砂はさらさらと紙に書き付けていく。


兼成が腕を組んだ。


「護衛は?」


「惟成様がおられます。」


真砂が即答した。


「一人では足りぬ!」


兼成が食い下がる。


「足ります。」


真砂も一歩も引かない。


「足りぬ!」


「足ります。」


「兵衛尉が一人付いていてなお足りぬと言うなら、それはもう国司の行列でございます。」


真砂はきっぱりと言い切った。


兼成が言葉に詰まる。


紗世は吹き出しそうになった。


「父上、真砂に論破されてる。」


「論破ではない!」


兼成が即座に反論する。


「されてるよ。」


「事実を申し上げただけでございます。」


真砂は涼しい顔だった。


兼成は悔しそうに唸る。


「しかしだな! 途中で車軸が折れたらどうする!?」


「予備を積みます。」


真砂が答える。


「雨が降ったら!?」


「雨具を積みます。」


「盗賊が現れたら!?」


「私が追い払います。」


今度は惟成が答えた。


「だからお前は何でも一人で解決しようとするなぁ!!」


兼成の悲鳴が響く。


「私一人で解決できる事柄なら、その方が合理的でしょう。」


惟成は真顔だった。


「そういうところだぞ!!」



兼成は頭を抱えたまま唸った。


「納得できぬ……。」


「まだですか。」


真砂が呆れたように言う。


「姫は可愛いのだぞ!?」


「存じております。」


「都中の男どもが放っておくと思うか!?」


「石山寺へ行く途中で姫様を見て求婚してくる殿方などおりません。」


「絶対とは言えん!」


「言えます。」


真砂は即答した。


兼成がぐぬぬ、と唸る。


紗世は扇で口元を隠した。


「父上、完全に負けてるよ。」


「私は負けておらん!」


「負けてる。」


「負けております。」


真砂が追撃する。


兼成は天を仰いだ。


「なぜ皆して私をいじめるのだ……。」


「いじめているのではなく、現実的な話をしているだけです。」


真砂は紙へ視線を落とした。


「では改めて。」


指先で人数を数える。


「私。」


「まず一人。」


紗世が即座に言う。


「紗世様。」


「本人は人数に入れるの?」


「入れません。」


真砂が即答した。


「だよね。」


紗世が頷く。


真砂はそのまま続けた。


「御者一人。」


兼成が腕を組んだまま聞いている。


「牛飼い童一人。」


「うむ。」


「護衛は惟成様で良しとします。」


惟成は無言。


「惟成様付きの従者一人。」


真砂は顔を上げた。


「以上、惟成様を護衛として数えて五名です。」


兼成が即座に首を振る。


「少ない。」


「少なくありません。」


「少ない。」


「十分です。」


平行線だった。


すると、それまで黙っていた惟成が口を開いた。


「では、私の従者をもう一人増やそう。」


紗世が顔を向ける。


「え?」


「馬の世話や雑務を考えれば、その方が良い。」


真砂も頷いた。


「確かに。その方が安心です。」


そう言って紙に書き足す。


「これで六名ですね。」


兼成の顔が少し明るくなった。


「ほう?」


だが、すぐに腕を組み直す。


「最低でも十人は欲しい。」


「多いです。」


真砂が即答した。


「多くない。」


「多いです。」


「多くない。」


「多いです。」


また始まった。


紗世は盛大にため息をつく。


「じゃあ父上、何人なら満足なの?」


兼成は真剣な顔になった。


「十五人。」


「増えてる!」


「妥協した結果だ!」


「全然妥協してない!」


部屋に苦笑いが漏れる。


その時、惟成が小さく咳払いをした。


「検非違使尉殿。」


「なんだ。」


「石山寺へ行くのは軍事行動ではありません。」


「知っておる。」


「護衛を十数人も引き連れて行けば、かえって目立ちます。」


兼成は口を閉ざした。


惟成は続ける。


「姫も落ち着かないでしょう。」


兼成が娘を見る。


紗世は即座に頷いた。


「絶対落ち着かない。」


「むう……。」


惟成は淡々と言った。


「私もゆっくり話がしたい。」


紗世が固まる。


真砂が口元を押さえる。


兼成だけが一拍遅れて反応した。


「……今なんと?」


「ゆっくり話がしたい、と申しました。」


惟成は真顔だった。


兼成の額に青筋が浮かぶ。


「やはり危険ではないかああああ!!」


「父上うるさい!」


紗世の扇が飛ぶ。


ぺしん。


見事に兼成の額へ命中した。


───


その後、一刻近く言い争った末、


紗世の供人は


・真砂

・御者

・牛飼い童

・惟成

・惟成付き従者二名


計六名で落ち着いた。


兼成は最後まで不満そうだったが、


「これ以上増やすなら父上と口きかない。」


という紗世の一言で沈黙した。


「……分かった。」


渋々頷く。


「だが条件がある。」


「なに?」


「日が暮れる前に帰ること。」


「はいはい。」


「絶対だぞ。」


「分かってる。」


「本当に分かっているのか?」


「分かってるってば!」


兼成は深いため息をついた。


惟成は相変わらず無表情だったが、


紗世と目が合うと、ほんの少しだけ口元を緩める。


石山寺参詣の日取りと従者は、こうしてようやく決まったのだった。

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