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第194話 夢の中

────中務卿宮邸


……三条……三条……!!


百鬼夜行の牛車の簾の端から、黒髪が零れ落ちた。


「鷹丸様……」


簾の奥から、細い声が響く。


──三条!そこにいるのか!?


牛車の周囲を埋め尽くす妖たちを掻き分け、鷹丸は必死に進んだ。


ようやく牛車へ辿り着き、簾を跳ね上げる。


そこには、切なげな瞳でこちらを見つめる三条がいた。


──三条!!やっと見つけた!!


鷹丸は牛車へ乗り込み、その身を強く抱きしめた。


「……いけません、鷹丸様。」


──なぜだ!?やっと見つけたのだ!二度とお前を離すものか!


「いけません。」


三条の隣の空間が歪む。


そこには、ぼろ衣を纏い、鬼面を被った異形の者が立っていた。


「私は、鬼の妻になったのです……。」


──構うものか!!


鷹丸は三条の腕を掴み、牛車から連れ出した。


そのまま手を引き、闇の中を走る。


──このまま、誰も知らない場所へ。


──三条と二人なら、それだけでいい。


どれほど走っただろうか。


「……鷹丸様。」


後ろから弱々しい声がした。


「……掴まれた手が、痛うございます……。」


振り返る。


そこには苦しげに眉を寄せる三条がいた。


──すまぬ!


慌てて手を離す。


すると。


すうっ……


三条の姿が闇に溶けた。


──!?


──三条!!


──三条!!!!


「三条!!!!」


鷹丸は叫び声を上げ、飛び起きた。


「…………夢、か。」


廊下から慌ただしい足音が近付く。


「宮様!!どうかなさいましたか!?」


側近が寝所の外から声を掛けた。


「……いや。嫌な夢を見ただけだ。気にするな。下がってよい。」


「……左様でございましたか。」


側近は静かに退出した。


中務卿宮は、夢の中で三条を掴んでいた手を見つめる。


(あのような夢でも……三条の姿を見られただけで、胸が高鳴る。)


ゆっくりと拳を握る。


「夢ならば、お前に会えるのか……?」


天井を仰いだ。


「それならば、ずっと眠り続ければ……お前に会えるのか……?」


静かな声が闇へ溶ける。


「お前に会えるなら……お前を抱きしめられるなら……夢でも構わぬ……。」




────四条邸


「紗世様!!?」


起き抜けの顔を見た真砂が声を上げた。


「んぇ……なに……?」


寝惚けた声で返事をする。


「どうされたのですか、そのお顔は!!」


「顔?」


「目の下の隈でございます!」


「隈……?」


紗世はぼんやり瞬きをした。


「んー……夢を見た気はするんだけど……覚えてないや。」


「怖い夢だったのですか?」


「ううん。怖くはないと思う。」


少し考える。


「でも……楽しい夢とか嬉しい夢じゃなかった気がする。」


「紗世様、最近ちゃんと眠れております?」


「寝てはいるんだけどなあ……。なんか眠りが浅いんだよね。夏バテかな?」


「夏バテで済ませるには無理があります。」


真砂は即答した。


紗世は苦笑しながら寝所を出る。


やがて、鏡の前に座った。


土気色を帯びた顔。


目の下の濃い隈。


思わず眉をひそめる。


「……え、なにこれ。」


そこへ。


ドスドスと足音が近付いた。


父・兼成が朝稽古を終えたらしい。


汗を流したまま部屋へ入ってくる。


「おはよう!姫!今日も良い天気──」


絶句。


そして。


「ぎゃああああああああああああ!!!!!」


大絶叫。


「なっ……何だその顔はあああ!!」


「そんなに酷い?」


二回目である。


真砂に促され、再び鏡を見る。


笑ってみる。


余計に怖かった。


「……休んだ方がよくない?」


「そう申し上げております。」


真砂はため息をついた。


「でもなあ……体調悪いわけじゃないし……。」


紗世は鏡に向き直る。


「よし。化粧で隠そう。」




────六条御息所邸


「紗世……今日は何だか表情が硬くないかしら?」


御息所が首を傾げた。


平安の白粉は現代の化粧品ほど性能が高くない。


だが紗世は、昔の白粉に鉛が含まれ深刻な健康被害をもたらしたことを知っていた。


そのため、現代の記憶が戻って間もなく、米粉、焼いた貝殻、白土を用いて独自の白粉を作り出していた。


白さも自然で評判が良く、今では御息所も愛用していた。


今日は隈を隠すため、白土を少量の水で溶いて目の下に塗っている。


だが土なので乾くとぽろぽろ剥がれる。


表情を動かせばなおさらだ。


そのため紗世は極力無表情を保っていた。


「……わ、分かります?」


惟成ばりの無表情で答える。


「分かるというか……少し怖いわ。」


御息所が困惑気味に言った。


紗世は諦めたようにため息を吐く。


「御息所様……ちょっと化粧落としてきてもいいですか?」


「もちろんよ。」


しばらくして戻ってくる。


素顔を見た御息所は目を見開いた。


「まあ!どうしたの!?」


「最近ちょっと夢見が悪くて……。」


紗世は眉を下げた。


「夢の内容は覚えてないんですけどね。」


「怖い夢?」


「怖いというより……悲しいとか、罪悪感とか。」


「罪悪感?」


「私もよく分からないんです。」


御息所は少し考えた。


「今日の夕刻、陰陽頭様がいらっしゃるわ。」


「はい……。」


「少し診ていただきなさい。」


紗世は俯きかけたが、


次の瞬間。


がばっと顔を上げた。


「夕刻!?」


「……ええ。」


御息所の頬がほんのり赤くなる。


「いつもは夕刻前にお帰りになるのに!?」


「そ……そうなの。」


扇が少し上がった。


紗世の口元がにやりと緩む。


「……診てもらったら私、すぐ帰りますから。」


「だ、だめよ!ちゃんと診てもらいなさい!」


御息所の顔はさらに赤くなっていた。





────夕刻


陰陽頭は門前で半ば呆れた顔をしていた。


「和泉殿。君は取次ぎ役ではないだろう?」


「ええ~?」


紗世はにやにや笑う。


「だって陰陽頭様が夕刻にいらっしゃるって聞いたから~。」


「待ちきれなくて?」


「そうです。」


即答だった。


陰陽頭は額を押さえる。


「前も言ったが、もう少し上品に笑えないものかな…………ん?」


そこで眉をひそめた。


「……和泉殿。」


「はい?」


「最近、体調悪くないかい?」


紗世の笑みが止まる。


「え?」


陰陽頭は静かに言った。


「部屋でゆっくり話そう。」


そう言って紗世を邸の中へ促した。

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