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第179話 男同士の約束

部屋が静かになる。


灯火だけが、ゆらりと揺れていた。


惟成は少し黙っていた。


やがて。


「……検非違使尉様。」


「うむ?」


「姫君は……幼い頃、どのようなお方でしたか。」


兼成が目を瞬く。


「なんだ急に。」


「……気になったのです。」


珍しく、少しだけ柔らかい声音だった。


兼成はふっと笑う。


「そうだな……。」


懐かしむように天井を見た。


「とにかく落ち着きが無かった。」


「……今もでは?」


「今もだ。」


即答。


二人の間に少しだけ笑いが落ちる。


「庭で木登りはする、池に落ちる、虫を追いかける……。」


「姫君らしくないですね。」


「全くだ。」


兼成は苦笑した。


「しかも、一度言い出したら聞かん。」


「それも今と変わりません。」


「であろう?」


妙に意気投合している。


兼成は少し目を細めた。


「だがな。」


「?」


「昔から、人の痛みには敏い子だった。」


惟成は黙って聞く。


「女房が泣いていれば隣へ座るし、怪我をした者がおれば放っておけぬ。」


兼成は小さく笑った。


「幼い頃など、自分が転んで泣いていたくせに、他の童が泣いているのを見ると、“大丈夫?”と駆け寄っていた。」


「……姫君らしい。」


惟成が静かに呟く。


兼成はちらりと惟成を見た。


「惟成殿。」


「はい。」


「姫は、少々危なっかしい。」


「存じております。」


「好奇心も強い。」


「存じております。」


「そして、自分より他人を優先しがちだ。」


惟成の目が僅かに細くなる。


百鬼夜行の最中ですら。


虎徹を助けようと飛び出しかねなかった。


まさにその通りだった。


兼成は低く続ける。


「だから、もし今後……姫の隣へ立つつもりなら。」


一拍。


「守ってやって欲しい。」


静かな声だった。


惟成は少し驚いたように兼成を見る。


兼成は真っ直ぐ前を向いたまま。


「姫は強いようで、無茶をする。」


「……。」


「父としては、それが怖い。」


惟成はしばらく黙っていた。


やがて。


「……私は。」


低い声。


「姫君を危険へ近付けぬためなら、嫌われても構いません。」


兼成が目を瞬く。


惟成は静かに続けた。


「ですが。」


一拍。


「本当は、笑っていて欲しいとも思っております。」


兼成はしばし黙る。


そして。


ふっと笑った。


「……難儀だな。」


「ええ。」


「姫相手では、なおさらだ。」


惟成が珍しく少しだけ口元を緩めた。


「……否定できません。」


やがて兼成は、小さく息を吐く。


「……だが、やはり簡単には姫は渡したくない。」


「……。」


「父とは厄介なものだな。」


惟成は少し黙った後、静かに答えた。


「……そのお気持ちは、分かる気がします。」


「ほう?」


「もし姫君との間に娘が出来れば……私も同じになるのでしょう。」


兼成、固まる。


「…………。」


「…………。」


「惟成殿。」


「はい。」


「まだ気が早い。」


「……失礼しました。」


でも惟成は真顔。


兼成は思わず吹き出した。


「ははっ……お主、時折とんでもないな。」


兼成は小さく笑った後、ゆっくり天井を見上げた。


「……姫が幼い頃はな。」


惟成は静かに耳を傾ける。


「男など寄せぬと思っていた。」


「……。」


「ずっと、この邸で笑っているものだと。」


灯火が静かに揺れる。


兼成は苦笑した。


「だが、いつの間にか大人になる。」


惟成は少し黙った後、静かに答えた。


「……はい。」


「お主も同じだ。」


「?」


「初めて見た頃は、まだ少年だと思った。」


兼成は目を細める。


「武芸ばかりで愛想も薄い。女など興味ありません、という顔をしていた。」


「……。」


「これは、生涯独りかもしれぬなと思っていたのだ。」


惟成が僅かに眉を動かす。


兼成は肩を揺らして笑った。


「ところが蓋を開ければ、姫君達から文は山ほど届く。」


「……そのようですね。」


「しかも本人は妙に鈍い。」


「理解できません。」


真顔。


兼成は思わず吹き出した。


「お主、その返しが既にモテるのだ。」


「……そういうものなのですか?」


「そういうものだ。」


兼成は笑いながら続けた。


「しかも、お主は変に浮つかん。」


「……。」


「姫君達に媚びもせぬ。女遊びもせぬ。文の返しも妙に堅い。」


「失礼があってはいけないので。」


「そこだ。」


兼成は即答した。


「姫君達は、そういう誠実そうな男に弱い。」


惟成は本気で分からない顔をした。


「……難しいですね。」


「お主、人の心は読めるくせに、女心だけは壊滅的だな。」


「否定はできません。」


兼成は再び小さく笑った。


そして、ふと真面目な顔になる。


「だが、姫はお主の前ではよく笑う。」


「……。」


「それを見ていると、悪くないと思ってしまうのだ。」


惟成の目が少しだけ揺れた。


兼成は静かに続ける。


「だから。」


「?」


「もし本当に姫を望むなら、中途半端な気持ちで傷付けるな。」


静かな声だった。


「姫は強いが、情が深い。」


惟成はゆっくり目を伏せる。


そして。


「……はい。」


短く、だが強く答えた。


兼成はその返事に、小さく頷いた。


「……よし。」


そう言って布団を被る。


「では寝る。」


「はい。」


「もう姫の話はせぬ。」


「……助かります。」


「あと、姫との距離はもう少し空けろ。」


「努力します。」


「今、“努力”と言ったな?」


「……。」


「否定せぬのか。」


部屋に、低い笑い声が落ちた。

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