表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
167/195

第167話 宴の算段

「……あげもの?」


頭中将が聞き返した。


「はい!」


紗世は満面の笑みで頷いた。


「油をたっぷり使って、食材を沈めるようにして火を通す料理です!」


その場が静まり返る。


「……油に、沈める?」


兼成の顔が引き攣った。


「そ、それは……油を無駄にしすぎではないか……?」


「だから高級料理なんです!」


紗世は胸を張る。


「今まで油が貴重すぎて作れなかったんですけど、今回は源氏の君がこんなに沢山持ってきてくれたから!」


「和泉殿。」


源氏の君が興味深そうに身を乗り出した。


「その“あげもの”とやら、美味いのか?」


「美味しいです!!」


即答。


「外はカリッとして、中はふっくら。焼くのとも煮るのとも全然違います!」


「ほう……。」


頭中将の目が完全に好奇心に染まる。


「見たい!!」


「頭中将様、絶対そう言うと思いました。」


紗世は苦笑した。


すると、


「では、作ってみせてくれぬか?」


源氏の君が穏やかに言った。


「我らも見てみたい。」


「えっ、今からですか?」


紗世はふと考えた。


(この時代の調味料って、現代ほど精製技術が発達してないから、油があるからって全く同じように料理できるとは限らないんだよね……。)


「今から作るにしても、私も試しながらになりますので、思い通りにできるか分からなくて……。」


紗世は少し申し訳なさそうに笑った。


「皆様には、美味しくできたものを召し上がっていただきたいので、一日か二日、お待ちいただけませんか?」


「……そうか。」


頭中将は目に見えて肩を落とした。


「残念だが、和泉殿がそう言うなら、その方が良いのであろうな……。」


あまりに分かりやすくしゅんとするものだから、紗世は思わず吹き出した。


「ふふっ。でも、その代わり。」


「む?」


「私が作る料理、きっとお酒に合うと思うんです。」


その瞬間。


源氏の君、頭中将、惟光、兼成の目が一斉に輝いた。


「酒に……合う……!?」


「はい。どうせなら、お酒も一緒に、ゆっくり料理を楽しめるようにした方が良いかなって。」


(大人達、みんなお酒好きなんだ……。)


紗世は心の中で苦笑した。


惟成だけは相変わらず無表情だったが、男性陣はすぐさま円陣を組むように集まり始めた。


「三日後はどうだ?」


「その日は空いておる。」


「私は夕刻なら問題ない。」


「酒はどうする?」


「せっかくだ、良いものを出そうではないか。」


「肴も必要だな。」


(作戦会議か……?)


紗世はくすりと笑った。


(なんか、可愛い……。)


やがて会議が終わったのか、源氏の君がこちらへ向き直り、ぱちん、と扇を鳴らした。


「よし。では和泉殿。」


柔らかな笑み。


「三日後、この四条邸で小さな宴席を設けよう。」


「ええ。私は構いませんよ。」


(それだけ時間があれば、試作も十分できるしね。)


「それにしても、藤原殿。」


源氏の君はふっと目を細めた。


「和泉殿は本当に……不思議な姫ですね。」


「不思議……でございますか?」


兼成がきょとんとする。


「いや、“面白い”と言ってしまうのは少し違うな。」


源氏の君は、言葉を探すように笑った。


「和泉殿と話していると、これまで当たり前と思っていたものが、本当にそうなのか、考えさせられる。」


紗世の眉がぴくりと動く。


(源氏の君、今“面白い”って言ったよね……?)


「いえ、そんな……。」


兼成は頭を掻いた。


「確かに、我が娘ながら変わっていると思うことはございますが……。」


「ほう?」


頭中将が身を乗り出す。


「父として、どの辺りが変わっていると思う?」


(聞かないでよ!)


「皆様もご存知とは思いますが……。」


兼成はちらりと御簾を見た。


「昔から、牛車より歩くことを好んでおりましたし……。」


その場の全員が静かに頷く。


「それに、顔も隠さず、感情も隠さぬ。」


兼成は少し照れくさそうに笑った。


「本来なら、恥じるべき事なのかもしれませぬ。しかし私は……そんな姫を、可愛いと思ってしまうのです。」


その目は、完全に愛娘を見る父親のものだった。


「それなのだ。」


源氏の君が静かに口を開く。


「私も、和泉殿に出会うまでは──」


少し遠くを見るような目。


「顔を隠し、感情を抑え、慎み深く振る舞うことが、上品な女人だと思っていた。」


静かな声が続く。


「だが、和泉殿を見ていると、本当にそうなのかと思わされる。」


源氏の君は御簾の向こうの紗世を見つめた。


「和泉殿が笑えば、その場が明るくなる。思ったことを口にすれば、周囲も自然と笑う。」


ふっと小さく笑う。


「不思議と、品が無いとも、無作法だとも思わぬのだ。」


「それ!それなのだ!!」


頭中将が勢いよく頷いた。


「和泉殿と出会ってから、他の姫君達との会話が妙に物足りなく感じるようになってしまってな!」


「中将様!?」


「衣の合わせが見事、香の焚き染めが美しい、和歌が優れている……もちろん、それも大切だ。」


頭中将は肩を竦める。


「だが、それだけでは心躍らぬと思うようになった。」


惟成の肩がわずかに動いた。


「……常陸宮の姫君の件以来か。」


源氏の君が、ぽつりと呟く。


「和泉殿には、我らの常識を覆された。……もちろん、良い意味で。」


「常陸宮の姫君……?」


兼成が首を傾げた。


「藤原殿は知らぬか?」


源氏の君が懐かしそうに目を細める。


「和泉殿が都へ上り、飾り髪を結い始めた頃の話だ。」


それから源氏の君は語った。


紗世が飾り髪や衣を見直し、誰からも嘲笑われていた常陸宮の姫君──末摘花を、大きく変えたことを。


やがて彼女が、式部卿の北の方となったことを。


「……そのような事が……。」


兼成は驚いたように紗世を見た。


「そうだ。」


頭中将が天井を仰ぐ。


「あれ以来だな。我らが“美しい”“上品だ”“心惹かれる”と思っていたものは、本当にそうなのかと考え直すようになったのは。」


源氏の君は静かに続けた。


「顔を見せぬ代わりに、衣、香、書、楽、和歌で女人を測る。

だが、それだけで本当に、その女人の本質が分かるのか……とな。」


兼成は、ゆっくり惟成へ目を向けた。


「……それは、惟成殿にも言われましたな。」


頭中将の目がきらりと光る。


「惟成が?」


「はい。」


兼成が頷く。


「和泉国へ来た折、姫のどこが好きかと聞いたのです。」


「父上!!!!」


紗世が真っ赤になった。


「おおおおお!?それで!?惟成は何と!?」


頭中将が勢いよく身を乗り出す。


「い、良いですってば!聞かなくて!!」


「いや、これは聞かねばならぬ!」


「聞かなくていい!!」


兼成はこほん、と咳払いした。


「惟成殿は、“姫の本質が素晴らしい”と。」


「おお!!」


「外側ではなく、内面に惹かれる、と。」


「おおおおお!!!!」


「す、好きとか、言ってないと思ううう!!」


紗世は両手で顔を覆った。


頭中将はにやにやしながら惟成を見る。


「いや、“どこが好きか”と聞かれて、“本質”“内面”と答えたのだ。つまりそういうことだろう?」


「そうなのか!?惟成!!」


源氏の君も追撃。


全員の視線が集まる。


惟成は、いつもの無表情のまま静かに口を開いた。


「……事実を申し上げただけです。」


「~~~~っ!!」


紗世はとうとう顔を隠してうずくまった。


その横で、頭中将の笑い声が四条邸に響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ