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第157話 紗世の案

───三月上旬


「藤原検非違使尉様にお取次ぎを。」


四条邸の門へ現れたのは惟成だった。


門の者に案内され、邸の奥へ通される。


部屋では、兼成がすでに書類を広げていた。


「どうした、惟成殿。何かあったか?」


「は。着任前というのに、度々の相談、申し訳ございません。」


「なに。私から首を突っ込んだ話だ。気にするな。して、今回は?」


惟成は懐から配備図を取り出し、兼成の前へ広げた。


「祭り当日の警固と、見世・物売りの配置についてです。」


「ふむ……。」


二人は図面を前に、真剣な顔で話し始めた。


───


「え?惟成来てるの!?」


六条御息所邸から帰った紗世は、真砂の言葉に目を丸くした。


「はい。殿とお話中でございます。」


紗世はそろそろと兼成の部屋へ近付き、御簾の隙間から中を覗き込む。


そこでは、兼成と惟成が難しい顔で書類を見比べていた。


(仕事してる時の惟成、やっぱり格好いいなぁ……。父上も、仕事中はすごく真面目な顔するし……。)


その視線に最初に気付いたのは兼成だった。


「姫。帰ったか。」


柔らかな声に呼ばれ、紗世は部屋へ入る。


「父上、ただいま帰りました。惟成殿、ようこそお越しくださいました。」


紗世は貴族の姫らしく、静かに頭を下げた。


「うむ。我らはまだ話がある。姫は部屋で休んでいても良いぞ。」


そう言う兼成の前には、配備図や申請書類がいくつも並んでいた。


「お祭りの警固のお話ですか?」


「うむ。今年はどうにも厄介でな。」


兼成が肩をすくめる。


「姫も御息所様と見物へ出るのであろう?二条から三条の辺りは避けた方が良いかもしれぬ。」


「……警固が薄いのでしたっけ?」


「いや。警固の人数は増やした。だが、それ以上に人が集まり過ぎる可能性がある。」


惟成が額を押さえながら口を開いた。


「ただでさえ祭り当日は、各所から人が流れ込み、道が埋まる。今年はそこへ更に見世や物売りが集中している。」


「万が一、混乱が起きれば危険だ。」


兼成も頷いた。


「人が……流れ込む……。」


紗世は配備図をじっと見つめた。


「……一方通行には、できないのですか?」


「一方通行?」


兼成と惟成が同時に顔を上げる。


「一定の方向へしか進ませない、ってこと。」


紗世は配備図の上を指でなぞった。


「人が動けなくなるのって、色んな方向から人が来て、ぶつかって、止まっちゃうからでしょう?」


「……そうだな。」


「なら、行列の進む方向へしか歩けないようにするの。」


惟成の目が細くなる。


「例えば、行列に沿って歩いてきた人は、次の辻まで来たら必ず横道へ流す。そうすれば、一ヶ所に人が溜まり続けないでしょう?」


「……なるほど。」


兼成が低く唸った。


紗世はさらに続ける。


「その場で見る人は、その区画から動かない。歩きながら見る人は、立ち止まらず一区画は歩き続ける。そう決めるの。」


「人を流し続ける、か……。」


惟成が配備図へ視線を落とした。


「あと、辻の前後左右……五丈くらいには見世も物売りも置かない方が良いと思う。」


「なぜだ?」


「人って、辻で立ち止まるから。見世があったら余計に詰まるよ。」


兼成と惟成の顔が真剣になる。


「……確かに、辻は毎年混雑する。」


惟成が呟いた。


「惟成殿。」


兼成が顔を上げる。


「は。」


「姫の案、良いと思わぬか?」


「はい。」


惟成は即答した。


「人を流し、一区画ごとに別方向へ抜く。警固の役目は、立ち止まらせぬこと、ですね。」


「うむ。」


「辻付近の見世は移動。……かなり改善されるかと。」


兼成は満足そうに頷いた。


「悩みの種が、だいぶ減ったな。」


「そうでございますね。」


「我が姫は賢かろう?」


「そうでございますね。」


「その上、可愛い。」


「父上っ!!」


紗世が真っ赤になる。


「……そうですね。」


惟成も静かに頷いた。


「才色兼備とは、まさに我が姫のための言葉よ。」


「もうっ……!」


紗世は顔を覆った。


(“才”の方にだいぶ偏っている気もするが……。)


惟成は内心でそっと付け加える。


「最近、姫を垣間見に来る公達が増えたというのも納得だ。」


惟成の肩がぴくりと動いた。


「……そうですね。」


「その者ら、斬っても良いかな?」


「検非違使尉様のお心のままに。」


「ちょ、ちょっと!!物騒なこと言わないでよ!!」


「姫よ。大事な話をしておる。」


兼成は至って真面目な顔だった。


(このお方と話していると、最後は必ず紗世の話になるな……。)


惟成は小さく息を吐く。


(親馬鹿、か……。)


そう思いながらも、どこか嫌ではなかった。




───右大臣別邸・奥の間


「ここに来て、警固配備と見世・物売りの配置が大幅に変わった……だと?」


清原有季が怪訝そうに眉をひそめた。


「はい。」


阿古丸は頭を垂れたまま答える。


「しかも、歩く方向を一定方向のみに限定するとのことにございます。」


「一定方向?」


有季はゆっくりと聞き返した。


「どういうことだ。」


「私が入手した見世の申請許可証には、辻の五丈以内に見世や荷を置くことを禁ずること、行列の進行方向以外への移動を禁ずること、行列の通りを歩く場合は一区画歩き切るまで立ち止まってはならぬこと、などが書き加えられておりました。」


「……ふむ。」


有季は細く目を眇める。


「人の流れを止めず、流し続けるつもりか。」


静かな声だった。


「なるほど。武官とて、ただ刀を振るうばかりの者ではない……ということか。」


ふん、と鼻を鳴らす。


「阿古丸。」


「は。」


「左大臣家の牛車の方はどうなっている?」


「は。牛飼い童、御者の名はすでに調べ上げております。先日は牛車の調整・点検職人として入り込み、中も確認いたしました。」


「そうか。」


有季は頷いた。


「細工は可能か?」


「はい。牛車の片側の車輪軸が壊れやすく、強い衝撃で外れるよう細工を施します。」


「他には?」


「音を鳴らす芸人を装った者を数人、左大臣家の姫君の牛車近くへ配置いたします。」


「ほう。」


有季の口元がわずかに歪む。


「大きな音や派手な動きなら、牛は容易く興奮する。周囲の牛車も巻き込まれような。」


「はい。」


阿古丸は静かに頷いた。


「人の流れを制したところで、一度群衆が恐れれば流れなど消える。」


有季はゆっくりと扇を閉じた。


「群衆とは、一度崩れれば止まらぬものよ。」


奥の間に、低い声だけが静かに落ちる。


「阿古丸。」


「は。」


「祭りが終わるまで、気を抜くでないぞ。」


「承知しております。」


阿古丸は深く頭を下げた。


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