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第121話 求められた三条

───中務卿宮・別邸


紗世と真砂が、古寺に行く準備をしていると、鷹丸が部屋にやって来た。


「三条殿、少し良いか?」


「はい。何でございましょう。」


「うむ。少々こちらへ。」


そう言って鷹丸は、自室へ紗世を呼んだ。


鷹丸は座るなり、早々に話を切り出した。


「三条殿達は、和泉国にいつ頃帰るつもりだったか?」


「あと、四、五日の予定ですが……こちらの病人達で、まだ気になる者達が居ますので……できれば、もう半月程滞在を延ばせれば、と思っております。」


(父上に滞在の延長を頼む文を送ってあるけど……何て返ってくるかな。まあ、中務卿宮様の別邸に滞在先が変わっているとなれば、駄目とは言わないだろうけど。)


鷹丸は少し安堵の表情を見せた。


「そうか。……三条殿に、少し相談がある。」


「相談、でございますか?」


「ああ。単刀直入に言おう。都へ上って来ないか?」


「都へ……?」


「中務卿宮様の邸の女房として、仕えてはくれまいか?」


「……え……。」


「以前も言ったが、そなたの行動力、見識、洞察力は稀だ。立ち居振る舞いも、地方出身にしては洗練されておる。都の、上級貴族の女房として申し分ない。」


「お褒めの言葉、ありがとう存じます……。」


(ヤバいヤバいヤバいヤバい!)


「して、そなたはどこの家の出身なのだ?取り敢えず文を送りたい。」


「あ……ええと……」


紗世は頭をフル回転させた。


「私は……身寄りなき没落貴族の娘でございます。両親は他界し、家族はおりませぬ。

現在仕えている、ある地方貴族のお邸も裕福ではなく……それに見かねた和泉守様が、和泉守邸でも仕えるようにしてくださり、生活ができるようにしてくださったのです。」


「そうか。そのような理由が……。」


「はい。ですから和泉守様には恩義がございまして……都に上ることは……考えておりませぬ。」


「………。」


鷹丸は一歩、紗世に近付き、畳に手をついている紗世の手に、鷹丸の手をそっと重ねた。


「前に、言ったな。」


紗世の肩が小さく揺れた。


「そなたが心から離れぬ、と。」


鷹丸は、重ねた手に視線を落としながら続けた。


「………和泉国へ、帰したくない。」


「………。」


紗世の頬がじわりと赤くなる。


「私の傍にいて欲しい。」


鷹丸は重ねた手で、紗世の手をそっと握った。


「事情は理解したが……もう少し考えてはくれないだろうか?」


紗世の心臓は、いつもより早く打っていた。


「……はい。

あの、そろそろ古寺へ行く刻ですので……。」


紗世は俯きながらも、そっと視線を外へ逃がした。


「ああ。すまぬ。

それでは、今日も頼む。」


鷹丸は我に返ったように手を離すと、紗世は立ち上がり、ぺこりと頭を下げて部屋を出ていった。


紗世の後ろ姿を見送りながら、鷹丸は天井を仰いだ。


(身寄りなき、没落貴族の娘……か。私の北の方としては、家格が厳しい……しかし、都の上級貴族の女房になれば、まだ……)


ぽつりと呟く。


「三条殿は今日も、病人達の看病か。」


はあ、とため息をついた。


「近衛大将の息子達は、早く回復して出ていって欲しいのだがな。あの者らは私の顔を知っている。あの者らが居ると、私が古寺に行けぬではないか。」


不満そうにこぼし、すっかり冬の気配の庭を見つめた。


「回復した者達はみな、三条殿の事を“菩薩のようだ”と言っている事は、三条殿は知っているのだろうか……。」


鷹丸は静かに目を伏せる。


「……菩薩のような女人ならば、宮家の北の方としても問題ないだろうに……。」


そう小さく呟くと、鷹丸はゆっくりと立ち上がり、部屋を後にした。





──古寺


カァンッ!


薪の割れる音が、山中に響いた。


その音の中心には、斧を持った惟成が立っていた。


「貴族の位を捨て、供人にでもなったか? 源の。」


汗を拭う惟成の後ろから、声が掛けられた。


振り返ると、近衛少将と侍従の兄弟が並んで立っていた。


「穢れを祓うために、ここへ参りましたが、私自身は何もする事がありませんでしたので。僧坊の方々の手伝いでも、と思った次第でございます。」


そう言って、惟成は軽く頭を下げた。


「仮にも武官であろう?薪割りより、もう少しマシな体の使い方は無いのか?」


侍従が、にやにやしながら言った。


「そうですね……それならば。」


そう言って惟成は斧を置き、傍らに立て掛けてあった木刀を手にした。


「同じ武官として、稽古でもつけてくださいますか。少将殿。」


それには少将が慌てた。


「何を言う!我らはまだ療養中の身ぞ。」


(兵衛志の源といえば、天才的な武芸の腕で負け無しと噂ではないか……!)


「左様でございますか。それなら回復された折には、ぜひ手合わせを。」


そう言って、惟成は木刀を足元へ戻した。


少将は胸を撫で下ろし、あらためて惟成に向き直った。


「それより源、聞きたいことがある。ちと、部屋へ参れ。」


「承知しました。」


惟成は小さく息をついた。




───僧坊の一角


「源の。あの三条という女房、どう思う?」


少将がにやつきながら聞いた。


「どう、とは?質問の意図が分からないのですが。」


「ふん。やはり武官は心の機微には疎いのだな。」


侍従が「やれやれ」と言うように首を振る。

そして、少将が身を乗り出して言った


「あの三条という女房、私か侍従に想いを寄せていると思わぬか?」


(………………はぁ?)


「なぜ、そのように?」


「その者はな、呪詛にかけられているかもしれぬと知りながらも、我らの傍におった。」


(ここの僧達が、お前達の世話を放棄したからだろう。)


「そして、我らの為にわざわざ体を回復させる為の飲み物も用意したのだ。」


(ほかの病人全員に作っていたが?)


「それに、熱で汗をかいた折には、(ひとえ)を脱いだ男の体に緊張していたのか、震える手で懸命に我らの汗を拭いていたのだ。」


(……二人とも体が大きく、高熱で力が抜けた男を支えながら汗を拭くのが大変だったと言っていたな。震えていたのは、単純に重かったのだろう。)


「おい!聞いておるのか!?」


「……聞いております。」


惟成は無表情のまま答えた。


「しかし、我らがそれなりに回復すると、恥ずかしがってこちらの僧坊には寄って来ん。」


(もとは女人の療養部屋の担当だからな。)


「寺の坊主共も、女人を殿方の部屋へ行かせるのは、と何の色気もないことを言いよる。」


(坊主は色気を捨てたから坊主なのでは?)


少将がため息混じりに言った。


「我らも、そろそろこの古寺を出なくてはならん。」


(ぜひそうしてくれ。今から荷をまとめるなら手伝うが。)


「このまま我らがここを去れば、三条は悲しむであろう。」


(手のかかる者が二人も居なくなって、安堵するだろうな。)


「……まあ、もともと我ら上級貴族と、ただの女房では釣り合いは取れぬのは三条も分かっておろうが……」


(そんなこと、考えたこともないだろうな、あいつは。)


少将はそこで目を細めた。


「一夜の契りくらいは、残してやろうと思ってな。」


(…………はぁ!?)


「一夜の、契り?」


「きっとその思い出を胸に抱えておれば、この先どんな辛いことも乗り越えていけるであろう……」


少将と侍従は、うっとりと虚空を見つめた。


「儚げで……健気なことよ……。」


惟成は、うんざりした目で二人を見た。


「源の。」


少将が、声を落とす。


「邪魔を……するでないぞ?」


(邪魔はしない。最初から紗世をここへは近づけさせんからな。)


惟成は返事はせず、軽く頭を下げ、そのまま部屋を出ていった。

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