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第112話 鷹丸の告白

───中務卿宮別邸


「三条殿に言われたことを調べさせたが……

どうやら、そなたの見立てが当たっていたようだ。」


鷹丸がこめかみを押さえながら言った。


「やはり……そうでしたか。では、その後の処置は?」


「ああ。すぐに手を打った。

各邸にある石清水八幡宮の水も、すべて捨てさせた。」


紗世はほっと息をついた。


「しかし……まさか、あのようなことが起こっていたとはな……。」


鷹丸はそう言って、扇をひらりと仰いだ。


その時だった。


パチッ


紗世のこめかみのあたり、編み込んだ飾り髪の奥で、微かな違和感が弾けた。


(……え?)


ほんの一瞬。だが確かに、“何か”に触れたような感覚。


しかし鷹丸は気付く様子もなく、話を続けている。


「……今、石清水八幡宮の霊力が高まっていると吹聴していた僧を探させてな——」


ひらり、ひらり。


扇が風を送るたびに——


パチッ……パチン……


(また……)


紗世はわずかに目を細めた。


(弾かれる……?

何かが、触れた瞬間に撥ね返るような……)


脳裏に、二年前のあの光景がよぎる。

紅葉が渦巻いた、あの時の感覚——


紗世は周囲を見回した。


その様子に、鷹丸が怪訝そうに眉を寄せる。


「三条殿?どうした。」


その顔を見て——紗世は、はっとした。


「鷹丸様……暑い、のですか?」


鷹丸の額には、玉のような汗が浮かんでいた。


「ん?ああ……少しな。三条殿は暑くないか?」


「暑くないか、とは……。もう冬ですよ?

お身体に熱がおありでは?」


「熱……?いや、そういう感じではないが……」


そう言いながら額に手を当てるが、どこかぼんやりとしている。


目の焦点が、わずかに定まっていない。


ひらり、ひらり——


パチッ……パチッ……


(まさか……)


紗世の視線が、ゆっくりと扇へ向いた。


「鷹丸様——失礼いたします!」


紗世は一歩踏み込み、扇へと手を伸ばした。


その瞬間——


パチイイイン!!


空気を裂くような鋭い音が走った。


扇が、まるで拒まれたかのように鷹丸の手を離れ、宙を舞う。


——コトン。


床へ落ちた。


その音で、鷹丸の意識が戻る。


「三条殿!?私は今……一体……」


紗世は慎重に歩み寄り、床の扇へ手を伸ばした。


そっと触れる。


(……弾かない。)


ゆっくりと息を吐き、顔を上げる。


「鷹丸様。この扇は……いつからお使いになられているものですか?」


「扇……?……ああ、それは——」


一瞬考え、


「……もともと中務卿宮様の扇なのだが、先日、中務卿宮様から賜ったものだ。」


紗世の表情がわずかに強張る。


「宮様のご体調が崩れた時……この扇で仰いでおられませんでしたか?」


鷹丸は目を見開いた。


「……確かに……仰いで、いた……かもしれぬ。」


紗世は静かに扇を拾い上げ、ゆっくりと開いた。


その瞬間——


髪の奥で、かすかに“弾く”気配が走る。


パチ……パチ……


誰にも気付かれぬほど微かな音。


だが、確信するには十分だった。


紗世は扇を閉じ、静かに言った。


「鷹丸様……」


一拍置く。


「近いうちに、宮様が今お使いになっている扇をお持ちいただけますか。」


視線をまっすぐ向ける。


「——これは、“祓うべきもの”です。」


鷹丸は息を飲んだ。


(おそらく、この扇——使った者に障りが出る類のもの……。)


紗世は静かに視線を落とした。


(だから……風に乗って広がる“それ”が、私に触れようとした時……弾かれた……。)


小さく息を吐き、顔を上げる。


「この扇と……宮様がお使いの扇は、陰陽師に見ていただくのがよろしいかと存じます。」


鷹丸はしばし黙し——やがて、ふっと口元を緩めた。


「……それにしても、三条殿。」


「はい。」


「そなた、やはり只者ではないな。」


「え?」


思わず目を瞬かせる紗世に、鷹丸は一歩近づいた。


「私が違和感を覚えながらも気付かなかったものを、そなたはすぐに見抜いた。」


「い、いえ……たまたまにございます。」


紗世は慌てて首を振る。


「石鹸やら扇やら呪詛を祓う、弾けるような事が続けば……気になりますよね……」


「いや、そうではない。」


鷹丸が言葉を遮った。


その声音が、わずかに低くなる。


「三条殿。そなた自身に、興味がある。」


「はい?」


間の抜けた声が漏れる。


鷹丸は紗世の顔を覗き込み、どこか楽しげに微笑んだ。


「もともと、話しやすいとは思っていた。」


一歩、さらに距離が詰まる。


「それに加え——その行動力、見識、洞察力。

他の女人や女房とは、まるで違う。」


ちらり、と紗世を見る。


「う……。も、申し訳ございません……。

よく、もう少し淑やかにと……」


紗世は思わず俯いた。


すると——


「だから、そうではないと言っておるだろう。」


鷹丸が即座に返す。


「そこが良いのだ。三条殿の魅力ではないか。」


「え……?」


次の瞬間。


鷹丸の指が、ためらいなく紗世の手を取った。


「ちょ、あの……?」


紗世の声がわずかに裏返る。


鷹丸はそのまま、まっすぐに言った。


「宇治の古寺で、あのような場に臆することなく踏み込んだ。

呪詛と恐れられる者に、躊躇いもなく手を差し伸べた。」


一拍。


「……あの時、そなたは誰よりも美しいと感じた。」


(待って待って待って!)


紗世の思考が一気に加速する。


(鷹丸様って、絶対私よりだいぶ年上だよね!?)


頬がじわりと熱くなる。


「そなたとは……歳も離れておるやもしれぬが」


(今、思ったこと読まれた!?)


紗世は思わず顔を上げた。


鷹丸は、少しだけ真面目な顔になっていた。


「……そなたのことが、心にかかって離れぬ。」


「え……あ……その……恐れ多いことでございます……。」


しどろもどろになりながら、紗世は視線を逸らす。


「仰るように……歳も……」


「三条殿。歳はいくつだ。」


「……年が明ければ、十五にございます。」


「ふむ。」


鷹丸は軽く頷いた。


「八つ差か。問題なかろう。」


(問題なかろうって何が!?)


紗世の思考が一瞬止まり——


(……いや、何が!?)


内心で盛大にツッコミが炸裂する。


だが顔は上げられない。


「この件が片付いた後でよい。」


鷹丸は柔らかく言った。


「少し……考えてはくれぬか。」


(考えるって、何を!?)


紗世は俯いたまま固まる。


ちらりと顔を上げると——


鷹丸は、にこやかに微笑んでいた。


(どうしよう……)


紗世の混乱は、しばらく収まりそうになかった。

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