表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一つの楽園  作者: 村野夜市


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/239

68

ルクスの痛めている足は、アルテミシアが布でぐるぐる巻きにしてしっかりと固定した。

そうすれば、いつものように、とはいかないまでも、僕並には動けるみたいだ。


少女はアルテミシアの小弓も返してくれた。

手に馴染んだ得物が帰ってきて、アルテミシアも嬉しそうだった。


ルクスは狩刀を研いだり、腰袋に入れていく物を揃えたりしている。

アルテミシアも薬草を確認したり、忙しそうだった。


僕は、と言えば。

少女にはあんなふうに格好つけてみたけれど、やっぱり、ルクスとアルテミシアのおまけ的立ち位置は変わらないわけだから。

とりあえず、なんもすることなくて、でもせめてふたりの邪魔にならないように、滝へ行くことにした。


滝へ行くと、アルテミシアが置きっぱなしにした壺に、水がちゃんと入っていた。

滝さん、有難う。

持って帰ろうかな、って持ち上げたんだけど……


いや、正確には、持ち上げようとした、だった。


……

………?

…………!!!


アルテミシアは、いっつも軽々と持ってるからさ。

きっと、そんなに重くないんだ、って思ってたんだ。

だって、本当に、軽そうに持ってるんだもの。


いやいや。

軽くなんか、ないよ?

考えてみれば、当たり前だった。

壺だし!

水、いっぱいだし!


アルテミシアって、すごいよ。

ルクスみたいに、トレーニングとか、してるとこ、見たことないのにさ。

どーして、あんなに怪力なんだ?


なんてさ。

感心してても、壺は少しも動かない。

ふう。

……困った。


アルテミシア、呼んでこようか?

いや、それも、なんか、格好悪いよね。

それに今、ルクスもアルテミシアも、ものすごく忙しそうだし。


……。

とりあえず、座って、笛を吹こう。


いやあの、現実逃避なんて、格好悪いんだけどさ。

やっぱり、こうしてるのが一番、落ち着くんだよね。


この間、ルクスに、もうちょっと楽しそうな歌を吹け、って言われたっけ。

そんなことを思い出しながら、吹いていたら、いつの間にか、村の花の歌になっていた。

あの花たち、元気かなあ。

村には井戸がいくつもあるし、井戸の水はここの水みたいに毒になってないから、花たちも元気だといいなあ。


花たちと一緒に歌っていたら、鳥もたくさんやってきたっけ。

あれも、お祭りみたいだった。


と、ふと、ぴしゃっ、という音が聞こえて、僕は閉じていた目を開けてみた。

すると、目の前の壺から、にょろっと蛇みたいなものが立ち上っているのが見えた。


う、ん?

あれは、なんだ?


その一瞬、奇妙な、何かと目が合った、みたいな感覚を感じた。

すると、にょろりは、僕の視線から隠れるように、一度、壺のなかに潜った。


水のなかに、なにかいるのかな?


僕は立って行って、壺を覗き込んでみた。


あ、れ?

なにも、いないなあ?


壺のなかには清んだ水がなみなみと入っている。

うん。とっても美味しそう。

けれど、さっきちらっと見えた、にょろっとしたもの?の姿はなかった。


気のせいかな?


とにかく、もう少し、落ち着こう。

僕は壺にもたれてまた笛を吹き始めた。


ぴしゃっ!


すると、今度は、僕の襟首辺りに、まるでめがけたように、冷たいものが飛んできた。


う。

触るとびっちょり濡れている。

滝の悪戯?

滝を見たけど、滝は静かに流れているだけだ。


なんなんだろう?これは?


笛を吹けばいつも落ち着くはずなんだけど。

これじゃあ、いっこうに、落ち着きやしない。


僕はため息をついて、もう一度笛を吹こうと口元に持っていってから、さっと振り返った。


にょろり。


すると、壺から高く伸びあがった蛇みたいな奇妙なモノと、確かに、もう一度目が合った。


「うわっ!」


僕はびっくりして飛び退いた拍子に腰が抜けてしまった。

う…ぅぅ…

力の入らない腰を必死に足で押して、ずるずると、少しでも後退る。


すると、一度、驚いたように壺に戻ったにょろりが、恐る恐る、というように、壺から顔を出すのが見えた。

いや、顔、ったって、目も鼻もなくて、ただ、にょろっとしてるだけなんだけど。


にょろりはへたりこんでいる僕のほうにむかって、頭を上下に振ってみせる。

あれは……ごめんね、って言ってる……?


それから何を思ったのか、いきなり、ぐんぐんと左右にからだを揺らしながら、伸びたり縮んだりし始めた。


あれは、なんのダンスだ?


僕は呆気にとられて、にょろりの動きを見ていた。

にょろりは不用意に僕のほうに近づいたりはせずに、壺の周りで踊っている。

だけど、多分、伸びようと思えば、僕のすぐ近くまで伸びてこれそうだった。


怖がらせるつもりはない、ってことかな?


そのうちに興が乗ってきたように、にょろりの動きは激しくなっていった。

にょろりのダンスを見ていて、僕はいつの間にか、そのリズムをからだで刻んでいた。


あ!

これ、さっき、僕が吹いていたやつ?


僕は恐る恐る笛を手に取ると、さっきの歌を吹き出した。

すると、にょろりはまるで歓喜するように、ぐるぐると渦を巻いて高く立ち上った。


あ。喜んでる。


相手がたとえ得体のしれないにょろりでも、喜ばれると嬉しい。

思わず、僕も調子に乗って、笛を吹き鳴らした。


初めは花の歌だったんだけど。

そのうちに、にょろりの動きを見ていて、それにぴったりの歌を吹きたくなった。

うん。

このダンスに合うのは、こんな感じ。

するとにょろりの踊りはますます複雑に、華麗、と言ってもいいくらいになった。


ぴしゃぴしゃぴしゃ、と辺りに跳ね飛ばす水滴が、きらきら光って、宝石みたいだ。


そっか。

このにょろりは、壺の中の水なんだ、と唐突に、気づいた。

あれって、元々、あの滝の水なんだし。

そりゃあ、自分から動き出しても、不思議じゃないかな。


僕は楽しくなって、しばらくそうやってにょろりと踊っていた。

にょろりは、お茶目さんで、でも、踊りにはちょっとうるさい、踊り子だった。

僕がちょっと調子を外したりしようものなら、びしゃ、っと、頭から水をかけられた。

だけど、そんなことも、楽しくて、僕は笑い声をあげながら、にょろりと遊んでいた。


はっと気づくと、いつの間にかお日様も高く上っていた。

ありゃりゃ。

流石ににょろりも疲れたのか、するすると壺のなかに戻ってしまう。

覗き込んだら、壺のなかの水は半分くらいに減っていた。


そりゃ、あれだけ、ぐるぐる水を跳ね飛ばしたらね?


そうしたら、滝がするっと伸びてきて、壺の水をいっぱいにしてくれる。

あら、どうも有難う。

僕は滝にお礼の歌を吹いた。


さて、と。


遊んじゃったけど、状況は元のままだ。

どうやって、これ、運ぶかな?


また、笛を吹いて、妙なのが出てきても困るしな。

いや、困るのかな?

うん。楽しいんだけどさ。

僕もちょっと疲れたし。

お腹もすいた。


と。

僕の見ている目の前で、すーっと、壺が宙に浮き上がった。

まるで、水に浮かぶ盥かなにかのように。


え???


驚いていると、すーっと、まるで、水の上を進む舟のように、壺は横に動き出した。


え?え?


中に入っている水は零さずに、壺はしずしずと進んでいく。

ちょうど、人の歩くくらいの速さで。


それから、少し行ったところで、ぴたっと止まった。

まるで、どうしてこないの?って僕を振り返るみたいに。


「待って!」


僕は慌てて立ち上がると、壺を追いかけた。

抜けていた腰は、いつの間にか治っていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ