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黒い影になって、僕はそのまま解け続けた。
影のエエルが、世界を覆っていく。
呪いが世界を覆い尽くす。
僕にもそれは止められなかった。
ゆっくりと眠りに落ちるように、意識を失いそうな僕を、ルクスは強く揺さぶった。
「そうは、させない!」
ルクスはそう言い切ると、懐から、小さな木の実を取り出した。
「それは!
ダメだよ、ルクス!
やめて!」
僕は慌てて止めようとした。
アルテミシアが傷ついたときにすら、使わなかった大事な木の実。
それを、こんなところで使ってしまうなんて。
絶対に、ダメだ。
「それは、もっと、大切なときのために!」
だけど、僕はもう、力が入らなくて、ルクスの方に、手を伸ばすことすら、できなかった。
「大切なとき、っていつだ?
本当は、アルテミシアのときに、使っておけばよかったんだ。
そうすれば、お前も、こんなふうにならなかったかもしれないのに…
だけど、あのとき、アルテミシアは言ったんだ。
これは、自分じゃなくて、お前のために、使ってくれ、って。
その約束を果たすんだ。」
「ダメだよ!ルクス!
だって、僕は、もう…」
するすると解けていく僕は、一本に繋がった糸のようだった。
郷のおばあちゃんが、暖炉の傍で編んでいた糸玉のように。
するすると、解けていく。
「僕はもう、元には戻らない…」
何もかも、なかったことには、できないんだ。
「そんなのやってみなきゃ、分からない。」
あの木の実は、たとえば、世界中の人の言葉を通じるようにした。
あの木の実は、未来永劫、この世界がエエル不足にはならない、ということを叶えてくれた。
そんなすごい木の実なのに。
「やってみて、うまくいかなかったら、悲しいよ。
大切な木の実なんだから。
僕なんかに無駄遣いしないで。」
「僕なんか、って言うな。
これは、無駄じゃない!」
ルクスはそう言うなり、手の中で木の実を握りつぶしていた。
ぁぁぁぁぁ………
胸の奥底から、深い深いため息が溢れた。
「頼む。こいつを救ってくれ!」
ルクスはそれだけを願った。
それから、解けていく僕を引き留めるように、ぎゅっと、胸の中に抱き竦めた。
僕はもう影になってしまっていた。
影になって、解け続けていた。
僕にはもう、最後の意識の他に、何も残っていなかった。
その僕にも、ルクスのぬくもりと鼓動は、伝わってきた。
なんて、あたたかい。
この一瞬に、僕は幸せだ、と思った。
時間と空間を超越して、この一瞬に、その幸せは永遠になった。
僕は、幸せだよ?
本当に、有難う。
君たちと出会えてよかった。
なのに、呪いなんて遺してしまって、ごめんなさい。
君たちの世界に、こんなものを遺すなんて…
前の二度のときは、すぐに、叶えましょう、と精霊の応える声がした。
けれど、今は、すぐには返答は聞こえなかった。
ぁぁぁぁぁ………、やっぱり。
なんて、もったいない………
ごめんね?
ごめんなさい。
だけど。
有難う、ルクス。
君の気持ちは、ずっと大切に持って行くよ。
「叶えましょう。」
温かい絶望に浸る僕の耳にその声は聞こえた。
だけど、僕はもう、その一瞬前に、すべて解けてしまっていて、耳もからだも、形を残していなかった。
ルクスは、からっぽになった両手を見て、呆然としている。
それから、膝をつき、絶叫した。
何度も。何度も。
喉が破れ、声が割れても。
ルクスは叫び続けた。
僕は、そんなルクスを見ていた。
解けてしまったけれど、僕は消滅はしなかった。
むしろ解けた僕の意識は、世界に満ち満ちて、今このとき、あらゆる場所に同時に存在していた。
影になってしまった僕のエエルは、世界に呪いを拡げたけれど。
影になる前に解けた僕のエエルは、この世界に拡がり、ただ静かに見守っていた。
僕はうずくまるルクスを背中から抱きしめた。
今、このとき、君に、僕の気持ちが伝わりますように。
そう願いを込めて。
同時に、世界中のあちこちに、悲しむ人を見つけた。
僕は、彼らに寄り添い、抱きしめる。
今、このとき、あなたの心に、僕の願いが届きますように。
どうか、あなたが、その暗い場所から脱け出す力になれますように。
僕の姿は、もう、人には見えないけれど。
僕は、今もここにいる。
ずっと、一緒にいるから。
絶望の淵にいて、悲しみに苛まれているなら。
そこから脱け出せるように、力を送ろう。
あの、最期のときに、ルクスが僕にくれた幸せ。
ルクスのぬくもりと鼓動が、僕に伝えてくれたもの。
その幸せを、僕も、伝えよう。
それはきっと、絶望から脱け出す力になる。
ゆっくりと、ルクスは立ち上った。
その頬はまだ涙に濡れていたけど。
肩にもまだ、力はなかったけれど。
それでも、ルクスは立ち上った。
そこに、小さな灯りが灯った。
同じ灯が、世界中に、点々と灯る。
苦しみから、悲しみから、立ち上った人たちの灯が。
みるみる世界は光に満ちて。
そうして、世界を覆う影を追い払った。




