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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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そうだった。

僕は、ずっと、そうだった。


ゆるゆると思い出した。


たくさんの仲間たちと、アニマの木を渡ったこと。

この世界はいつも、わくわくに満ちていて、僕はいつも歌ってばかりいた。


仲間たちは、僕の真似をして歌い始めた。

歌はとっても楽しくて、刺激的で、おまけに仲間と歌うとき、そこには、さらなる至福が生まれる。

この楽しい世界に、僕は夢中になった。


だけど。

世界には、楽しいことばっかりじゃない。

悲しいこと、苦しいこと、辛いこと、それが僕を打ちのめす。

脆い精霊の僕は、そのたびに、少しずつ、毀れていった。


それでも、僕は消えなかった。

僕の中には、この世界そのものと同じだけのエエルがあったから。

僕はただ、解けて、世界に拡がった。

そして、結果的に、それは、世界を護ることになった。


人の営みは、少しずつ、この世界からエエルを消滅させていく。

僕は、それを補って、ただただ、見守っている。


遠い遠い過去に。

約束したんだ。

この世界を護る、って。


いったい誰との約束だったのか。

どんなふうに約束したのか。

よく覚えてないんだけど。

ただ、そう約束したことだけは、覚えている…


僕が消えた後、人も時間も再び動きだした。

彼らは、何が起こったのか分からなくて、きょろきょろと辺りを見回していた。


平原の民の軍勢を率いていた王の姿は、どこにもなかった。

呪いを受けて影となった人たちは、あの光を浴びたとき、溶けるように消えてしまっていた。


指導者を失った軍勢は、進めばいいのか退けばいいのか、迷っていた。

その前にいたのはルクスだった。


「お前たちの王は滅んだ。

 もはやこれ以上の争いは無意味だ。

 全軍、引き揚げよ!」


凛と命じるルクスの姿は、流石、元王様だ。

大勢の人に、ほんの一瞬で、この人なら大丈夫、この人について行こう、って思わせる力。

生まれたときに、いつか王様になる、って予言された人の力だった。


平原の民の軍勢は、足を止めて、おろおろと、互いに顔を見合わせた。


「そんなものは、世迷言だ!」

「全軍、突撃!」

「進め進め、王の仇を取るのだ!」


軍勢の中から、司令官らしき人たちの怒号が飛んだ。

けれど、それは、すぐに、大きな歓声に掻き消された。


「王様はいなくなったってよ。」

「本当かそれは?」

「本当らしいぞ。輿の上には誰もいない。」

「なら、俺たち、帰れるのか?」

「帰ろう!帰ろう!」


帰ろう、帰ろう、という声が、さざ波のように人々の間に泡立ち、それはやがて、大きな潮流になった。


「帰ろう!」

「帰ろう!!」


人々は声を合わせてそう叫びながら、一斉に、元きた道を引き返し始めた。

あっという間に、戦場には誰もいなくなった。

走るのに邪魔だったのか、重たい鎧や武器は、あちこちに放り出されていた。

進めと叫んでいた司令官たちも、何故かみんな一緒にいなくなっていた。


「…お前の魔法の勝ちだよ。」


ルクスは、小さく呟いた。


混乱した世界で、ルクスはみたび、王様になった。

第四の民と、平原の民、みんなから押し上げられたんだ。


「結局、俺がお前らの残した後始末かよ。」


ルクスは不満そうだったけど。

頼まれたら、イヤとは言わないから仕方ない。

森の奥深く、静かな居心地のいい家を作る、というルクスの夢は、先延ばしになった。


チビ勇者は、フォルティスとソフォラの息子になった。

厳しい父ともっと厳しい母の修行に、日々励んでいる。

あれについていけるのって、世界広しといえど、彼くらいだと思う。

だけど、ふたりとも、修行の後は、ものすごく優しい母と、もっと優しい父になる。

そうして、息子にたしなめられるくらい、べろべろに甘やかしている。


隊長さんたち、親衛隊のみんなも戻ってきて、再び、王の親衛隊は作られたんだけど。

王様、自ら、護ってもらわなくていい、なんて言ったもんだから。

彼らの仕事は、予期せぬ災禍に遭遇した人々への救援が主になった。

森に埋まった王都の人々に、物資を運んだみたいに。

今日も、彼らは、みんなのために、頑張っている。


ときには、民の間の争いの調停や、犯罪者の取り締まり、なんてことも、彼らの仕事なんだけど。

その数は、それほど多くはなかった。


僕の呪いは完全には消えていなかった。

争って人を傷つけたり、故意に罪を犯せば、その人は影になってしまう。

一度影になれば、元に戻す方法はない。

そして、影は、光を浴びれば、消えてしまうんだ。


それは恐ろしい呪いだった。

取り返しのつかない呪いだった。

それは、人々の心に、消えない恐怖心を植え付けてもいた。


人はこの呪いからは逃れられない。

自分から逃げられないように。


ただ、呪いは、世界から、争いを失くした。

犯罪も、失くした。

他人の心やからだを、理不尽に傷つける者は、文字通り消滅した。


恐怖心から逃れるために、彼らは、大精霊に祈った。

大精霊の加護?なんてものが、あるのかどうかは分からないけど。

祈る力は、この世界に、たくさんのエエルを発生させた。

この世界の人々の発生させたエエルは、穏やかな優しい力となって世界を循環し、世界そのものを優しく穏やかにしていった。


アルボルやレグルスたちも合流して、やがて、王国は素晴らしく発展する。

研究院も再興され、第四の民の加わった魔法の研究は、ますます加速していった。


後に、パラアマン文明と呼ばれるその時代、世界にエエルは満ち、魔法の力は、人々の暮らしを便利に快適にしていった。

民は、種族を越えて親交し、そこには精霊たちも加わった。


そんな夢の世界、あるわけないだろう、と後の歴史学者たちに口を揃えて言われる。

パラアマンはそんな楽園だった。


やがて、ルクスは年老いて、自ら、アマンへと渡る。

ルクスの作った王国は、第四の民に引き継がれ、ますますその文化は花開いていった。


第四の民は、数を増やし、やがて、世界に満ち満ちた。

彼らは最大の種族で、数も魔法の力も、彼らに叶う者はいなかった。

彼らは、他の種族を追い払ったりはしなかったけれど。

やっぱり、そのほうが暮らしやすいからか、それぞれの種族はそれぞれの種族ごとに、なんとなく、まとまって暮らしていた。


僕らの生きたあの時代以降、世界が崩壊するほどのエエル不足は、二度と起きなかった。

二つ目の木の実にルクスが願ったあの約束を、大精霊は堅実に守ってくれているんだろう。

そうして、第四の民以降に、新しく生まれた種族も、また、なかった。


けれど、どんな文明も、いずれは衰退し、そこに棲む人たちも、移り変わっていく。

種族間の争いはなくなったけれど、数を増やした第四の民は、第四の民同士で争い始めた。

僕の呪いはまだこの世界に残っていて、またたくさんの悲劇を、そこに生み出した。


僕の残しちゃったこの呪い。

これ、困るよね。何とかしなくちゃ。

何とかしなくちゃったって、今の僕には、何ともできないんだけどさ。

できないからって、放置していい理由にはならないんだけど…

いや、でも、困った。

なんとかならないかなあ…


僕は、それを、ずっと、ただ見ていた。

それしかできなかった、とも言う。

それしかしなかった、かもしれない。

新しい人が生まれ、魔法が生まれ、世界が変わっていく様を。

僕は、ただ、ずっと、じっと、見ていた。


それにしても。

人の営みは、とても面白い。

この世界はとてもきれいで、わくわくに満ちていて、見ていて飽きることもない。


だけど、ふとしたときに、淋しくなるんだ。

仲間たちのぬくもりが、恋しくなる。


知っている人たちも、もういなくなってしまった。

その人たちの子孫や、繋がりのある人たちはいるけど。

僕のことを知ってる人は、もう、誰もいない。


そういえば、大精霊は、どうなったろう。

実は、僕は、大精霊に、名前をつけてしまった。

それって、まずかったんじゃないかな、って、最近、ちょっと、心配なんだ。

僕は、もしかしたら、自分自身と、大精霊と、この世界ふたつ分を支えるくらいのエエルを、自由にしてしまえるように、なっちゃってる?かもしれない?


いや、だからって、何もしませんけど。

何もしませんよ?


だけど、会いたいな。もう一度。彼女に。仲間たちに。ルクスとアルテミシアに。


僕は、願った。

いつか、また、彼らに会えますように…







延々と続きました彼の長話も、いよいよ、これにておしまいでございます。

長々と、おつきあいいただき、本当に有難うございました。


また、どこかでお目に掛かる光栄を拝しましたら、幸甚の極みに存じます。


いつかまた、あなたに会えますように…

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