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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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僕は目を上げて、王のいた場所を見た。

僕の視線を辿って、ルクスも同じところを見た。

そこには、人の背丈ほどの黒い影みたいなものがいた。


「あれは、王か?」


「そうだよ。」


「あれも、お前がやったのか?」


「そうだよ。」


あれだけじゃない。

多分、世界中で、同時に、何人も。

あの姿に変わったことだろう。


「あれは、呪いなんだよ。

 誰かの大切なものを奪うと、ああなる。」


僕は、王の輿を担ぐ人たちを見た。

その周りの、こっちへ走って来そうな人たちも見た。

それは、少ない数じゃなかった。


「ねえ。

 それでも、これだけの人たちが、付き従っているのだから。

 あの王も、いいところもちゃんとあったんだろうね。」


「どうだろうな。

 俺の聞いた話じゃ、家族を人質にされて、無理やり言うことを聞かせられていたとか。

 重い税を払えなくて、村ごと、兵士にされたとか。

 そういうことも、あったらしいけどな。」


「…そうなんだ。」


「だけど、やつらは内心分かっていたかもしれない。

 この道の先へ行きつけば、無事に家に帰してもらえる、って。

 実際に、前の二度に帰された者もいるだろうし。

 その話を聞いていた者もいるだろうからな。

 だから、ここにもやってきたんだろうし、あんなに懸命に走っているんだ。」


「…そっか。」


彫像のように動かない彼らの顔にうかぶ必死の表情は。

早く家に帰りたい、って気持ちなのかな。


「少なくとも、俺は、第四の民には、言ってある。

 必ず、無事に帰れる、ってな。」


「…そっか。」


同じことが、もう三回あったんだもの。

ルクスなら、もうそれもちゃんと、作戦のうちに入れるか。


僕のからだはゆっくりと解けていく。

それは、エエルの消滅するのにどこか似ていた。

人や獣は、命を失っても、骸を残すけれど。

僕は、何も、残せないみたいだった。


「僕、ね?

 もしかして、人、じゃなかった、んだね?」


今の今になって、ようやくそんなことに気付くなんて、僕って、やっぱり間抜けだ。


「ああ、そうだ。」


ルクスは、静かに肯定した。


「世界の根源の大精霊。

 お前は、森の民が生まれたとき、最初にこの世界にやってきた精霊だよ。」


どうりで。

僕は、エエルの気配もよく分かるし、精霊たちとも、話せたりした。

それって、僕が、精霊だったからなんだ。


「だから、お前には、名がない。

 名をつければ、お前を所有し、その力を使役できてしまう。

 世界の根元になるほどのエエルを、所有し、使役することは、誰にも許されないから。」


そうだったんだ。


確かに、僕には、名前ってないんだ。

だけど、あんまり気にしてなかった、というか。

名前なんて、ある人にはあるけど、ない人にはないもの、くらいに思ってた。


みんな適当に僕のことは呼んでいたっけ。

大賢者様、って呼ばれるのは、あんまり好きじゃなかったけど。

笛使い、はけっこう、気に入ってたかな。


「お前は常に世界に満ち、この世界を守護している。

 けれど、この世界が滅びにむかうとき、お前は、人の姿をして、森の民の郷に現れる。

 だから、お前のことを、滅びの子、と呼ぶ者もいる。」


滅びの子、かあ。

もしかして、この世界のエエル不足も、僕が生まれてしまうからなの?


「だけど、俺は、それは違うと思う。

 エエルの不足は、お前のせいじゃない。

 人の営みが、それを招く。

 そして、その世界を救うため、お前は現れる。」


だとしたら、僕って、格好いいけど。


「残念ながら、僕は、世界を救えなかった。

 世界は混乱して、いろんなことがまだ宙ぶらりんのままだ。

 こんなところで、僕は退場しないといけない。

 ごめんね。」


「お前ひとりに、そんな責任を押し付けるほうがおかしいんだ。

 この世界は、この世界に棲むモノ、すべてで、護るんだよ。」


ルクスは怖いくらい真剣な目をしてそう言った。


そうだ。

大丈夫。

だって、この世界には、名もなき英雄は、たくさんいるんだもの。

そして、その英雄たちを導く、ルクスもいるんだもの。


「よかった。

 君がいてくれて。」


そう言ったら、ルクスはちょっと頼りない目をして僕を見た。


「お前もずっと一緒にいてくれると、思っていたんだぞ?」


「…ごめんね?」


それ以外に何が言える?


ルクスは、もうそれ以上は僕を責めるようなことは言えなかったんだろう。

ただ、小さなため息を吐いた。


話している間に、僕の姿も、少しずつゆっくりと、王と同じ、黒い影に変わり始めていた。

それに気付いたルクスは、僕の肩を強く揺さぶった。


「おい!

 これはどういうことだ?

 お前は何も罪を犯しちゃいない、って言っただろう?」


「…ああ、これはね…」


僕はちらっと笑った。


「僕も、奪った。

 たくさんの人の自由と未来を。

 彼らは罪を犯したかもしれないけど。

 僕も、その彼らと同じ罪を犯したんだ。」


「お前が罰したのは、罪人なんだろう?」


「…誰も、誰かを罰することは、できないんだよ。」


僕は胸から、しゅうしゅうと溢れ出すエエルを眺めた。

そのエエルもまた、黒く染まり始めていた。

この黒いエエルは、世界に拡がっていく。

僕の遺す呪いは、いったいこの先、どのくらいの間、続くんだろう。


「…僕はやっぱり、世界を滅ぼす魔王だったんだ…」


そして、その報いは僕自身も受けるんだ。


「せめてもの救いだ。これは。

 僕は、僕のしたことを、許せないもの。」


僕は多分、未来永劫、影となって、世界をさ迷うことだろう。

大勢の人を、黒い影に変えてしまった罪を背負って。

そんな呪いを、この世界に遺してしまった、罪を背負って。


それは僕の償いなんだ。











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