↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一つの楽園  作者: 村野夜市


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
552/555

552

僕は、幻を見ていた。

そこには、幼いレグルスと、今よりもう少し若い姿の王がいた。

ふたりとも、くたびれた衣類を身に纏い、傍らには、使い古した小さな背負い袋があった。


ふたりは、焚火を囲んでいた。

焚火には、串に刺した魚が炙られていた。


魚からじゅうじゅうと脂がたれてくると、王は大きい方をまず手に取った。

背負いカバンから小さなナイフを取り出して、魚の頭と尾を丁寧に取る。

それから、その串を、レグルスに持たせた。


ほかほかの魚の身にレグルスがかぶりつくのを見届けてから、王は、取った頭と尾を自分の口に放り込んだ。

それから、ふたりは目を見合わせて、笑い合った。


こんな、ことも、あったのに…


僕の胸の傷口からは、エエルが吹き出していた。

それは、大精霊が召喚されたとき以上の、エエルの奔流だった。


王よ。

だとしても。

あなたとは相容れない。


王が、王たる由縁は、王の責任じゃないかもしれない。

長い時間をかけて、この王は作られてきたのかもしれない。


けれども、王よ。

あなたは、それに気付き、変えることもできたはずなんだ。


だって、あなたにはレグルスがいて。

ひとつの食べ物を分け合い、笑い合うことも、知っていたんだから。


僕には、王を罰する資格なんかない。

誰も、誰かを罰することなんか、できない。

誰かを、本当に罰することができるのは、その人自身だけ。

僕も、それは分かっていたけれど。


けれど、王よ。

あなたは、あまりにも、そのままには、しておけないんだ。


胸から溢れた奔流は、ものすごい速さで、世界へと拡がっていった。


幸せになろうと思うのは、悪くない。

だけど、人を苦しめ自らの快楽を追求する。

それは、罪だ。


何かをほしいと願うのは、悪くない。

けれど、人のものを盗み、奪う。

それは、罪だ。


嘘をついてごまかしたいときだってあるけど。

その嘘が誰かを傷つけるなら。

それは、罪だ。


この世界には、たくさんの罪があるものだ。

罪に大きいも小さいもない。

誰かを不幸にするなら、全部、それは罪なんだ。


罪はいけない。

罪を犯しても、何の罰も受けないとしたら。

それは、何も悪いことをしていない人を、ますます不幸にするばかりだ。


罪を、罪だと気付かないのも、罰を受けないから。

だとしたら、みんな平等に、罰を受けるべきじゃないのか。


ぼんやりとそんなことを考える。


その僕の視界のなか、王は、ゆっくりと黒い影へと姿を変えていった。


この世界で、僕が一番、恐ろしいと思うもの。

荒野にさ迷う、あの闇の塊。

悲しみと苦しみとが固まったあの姿。


だけど、あの闇の塊たちだって。

元はと言えば、あなたが生み出したものだよね?


ならば、一度、あなたもそうなってみるべきだ。

そうすれば、その苦しみも、分かるのじゃないかな。


誰かに罰を与える権利なんて、僕にはない。

もちろん、そんなことは分かってる。


だけど。

僕から溢れ出したエエルは、世界を取り巻き、罪人たちを罰し始めた。


逃げ隠れなんかできない。

だって、誰も、自分からは、逃げられないもの。

どれほど身を潜めていても。

罪の意識は、そのからだを闇へと変えていく。


世界を滅ぼす魔王。


郷の占いばあさんが、そう言った、って話を、何故だか、ふいに思い出した。


魔王か。


それなら、それも、いいや。


だって、僕自身だって、もうすぐ…


かっ、と眩しい光が差した。

はっとして目を上げると、ルクスがいた。


「ルクス?

 動けたんだ?」


そう言った僕を、ルクスは問答無用で抱きしめた。


「もういい。

 もういいから。」


ルクスは、何度もそう繰り返した。

泣いているみたいだった。


「…ごめん、ルクス。

 おわかれだ。」


そう言った僕の心は、不思議なくらい静かだった。


「僕はもうじき、いなくなるよ。」


胸から溢れたエエルは、世界に拡がっていって、僕という存在はもう、薄れかけていた。


「でも仕方ない。

 僕は、罪を犯したんだ。」


「なんの罪だ?

 お前は、何も悪いことはしていないだろう?」


ルクスは怖いくらい真剣な目をして僕を見つめた。

僕は、ちょっと眩しくて、そこから目を逸らせた。


「僕は、たくさんの人を消滅させてしまった。」


「消滅?」


「平原の民も。第四の民も。」


「もしかして、戦場で人が消えたことか?」


「そうだよ。」


ルクスは無理やり僕を振り向かせて、僕の目を見据えた。


「あれは、誰も、消えていない。」


「え?

 でも…」


「あの場にいた全員、家に戻された。

 抜け殻みたいに、鎧も武器もその場に残し、からだひとつになって。」


「…そうなの?」


「いきなり素っ裸で家に現れて驚かれた、ってのは、いくつもあったらしいけどな。」


ルクスはちょっと笑った。

その光景を想像して、僕もちょっと笑った。


「誰一人、命を落としてはいない。」


そうだったんだ。

どうりで。

あの場には、エエルの悲鳴や、絶叫、みたいなものは何もなかった。

そうか。

悲劇はなにも、なかったのか。


「よかった。」


僕は心底ほっとした。


「バカだな。

 そんなこと、思い悩んでいたのか?

 なんだ、もっと早く教えてやればよかった。」


あっちこっちからの報告の処理や、混乱する人々への対応に、ルクスも忙しかったみたい。


「そうか。

 あれは、お前のしわざだったか。」


ルクスは小さい頃、僕の悪戯を見つけたときみたいに言った。


「うん。僕のしわざだった。」


僕も悪戯がバレたときみたいに言った。


「やろうと思ってやったわけじゃないけど。

 勝手に、そうなっちゃってた、というか。」


「戦はイヤだ、って、言ってたもんなあ。」


ルクスは小さく頷いた。


「ごめんな。

 あれこれ混乱しててさ。

 俺も、あんなことになったのは初めてだったから。」


「だよね?」


前代未聞の珍事件だろうさ。


「だけどさ。よくよく考えれば、お前のしわざだって、分かったはずなんだ。

 誰も傷つけないで、あれだけの大掛かりな魔法を起こすなんて。

 お前の他にいないじゃないか。」


「僕は…みんなを消してしまったんだ、って思ってた。

 よかった。そうじゃなくて、本当に。」


僕の頬を涙が伝った。

あたたかい、涙だった。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。