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多分きっと、むこうだって、今のこの僕と同じ気持ちを持ってたんだ。
どうしたって許せない。
だけど、それでも、離れていくことは、可能だったはず。
そうしようと、強く思えば。
僕は。
臆病だし。弱虫だし。非力だし。
誰かと争おうなんて、思ったことない。
叱られたら、すぐに、ごめんなさい、だし。
嫌われたら、あっち行けって言われる前に、逃げる。
ずっと、そうして生きてきたんだ。
なのに。
初めてだった。
目の前に立つこの相手だけは。
同じ世界に生きていられない、って思ったのは。
チビ勇者にだって、そんなこと思わなかったのに。
なにをどうしたって、この相手とは、相容れない。
僕にとって、目の前に立つこの王は、諸悪の根元だ。
僕の大切な人たちが辛い目にあったのも、苦しんでいるのも、みんなみんなこいつのせいだ。
頭の中にぐるぐると、いろんな場面が巡っていった。
怒りは渦を巻き、周りのエエルへと伝わっていく。
あっという間にそれは辺りを埋め尽くし、人も、森も、時間さえも、すべて凍り付かせた。
動いているのは、王と、僕だけ。
王は、きょろきょろと辺りを見回している。
誰か、自分を護ってくれる人がいないかと探しているんだ。
だけど、そんな人はいない。
仕方なしに、王は、僕に目を戻した。
僕は、見るからに非力だし、おまけに今は剣に胸を貫かれて、息も絶え絶え。
自分にとって僕は脅威じゃない、って思ったのか。
それとも、他にどうしようもなかったからか。
王は、僕をじろじろと見た。
僕は、王を見上げる目に力を込めて、精一杯、睨みつけた。
王はその僕を見て愉快でたまらないというように手を叩いて笑った。
「お前は、もう直に、息絶える。
ならば、その最期のはなむけに、わたしと話したいというたっての望みを叶えてやろう。
わたしの慈悲深さに感謝するといい。」
僕はもう、王となんか話したくなかったんだけど。
それでも、一言くらい言っておこうかと思った。
「これで満足?
なら、もう、戦いはやめて。
王都に帰って。」
「なにを言う。
わたしは、このままこの道を進む。
忌々しい森を真っ直ぐに貫く、大きな道を作るのだ。
わたしの歩く、立派な道だ。」
王はこっちにむかって、真っ直ぐに指差してみせた。
王の目は僕を見ていない。
僕の後ろにある森を見ていた。
「…それが、君たちの生き方なら、そうするしかない…」
けど、もし、それが、誰かの生き方とぶつかるとき。
そこにはまた、争いが生まれてしまうのかもしれない。
だけど、僕が何をできる?
僕にはもう、何もできない。
「忌々しい森の民め。
お前は、大罪を犯した。
ゆえに、そのような罰を受けたのだ。
思い知ったか。」
王は愉快でたまらないというふうだった。
僕と話す、なんて気紛れを起こしたのも、その上機嫌のせいかもしれない。
「このわたしを貶め、あまつさえ、玉座を奪った。
しかし、それも長続きはしなかった。
当然だ。
玉座はお前に相応しくない。」
「僕は…玉座は奪ってないけど…」
「?そうだったか?
まあ、いい。
お前と同じ森の民のやったことだ。」
………王は、ルクスと僕を混同してるかもしれない。
それとも、みんな、森の民、としてひとくくりにしてるのか。
「…それだって、あなたが、民を虐げ、苦しめていたからだ。」
エエルの不足にみんなが困っていたとき。
王は、民を搾取し、自分だけ贅沢な暮らしをしていた。
見かねたルクスは、兵を起こし、王を玉座から追い払った。
ルクスの率いた兵は、平原の民だった。
その後でルクスを王様にしたのも、平原の民だった。
「民が困っていても、あなたは重い税を取り立て、好き放題していた。」
「何を言っている?
わたしは王だ。
それは、王として当然のことだ。」
王は不思議そうに首を傾げた。
「しかも、わたしは、民を慈しむ、恩情ある立派な王だ。
それゆえに、世界もこんなに豊かになった。
畑は実り、家畜も肥えた。
それも、みな、わたしの恩恵のおかげだ。」
この人こそ、なにを言ってるんだろう?
この世界が持ち直したのは、ヘルバと大精霊がエエルを送ってくれたからだ。
畑が実り、家畜も肥えたのは、世話をしていた民たちが、頑張ったからだ。
この人は、そんなことも、分からないんだ。
王は、ゆったりと笑みを浮かべ、わずかに背中をそらせた。
「民のものは、すべて、王のもの。
王に服従し、実りをすべて差し出すのは、民としての務めだ。
それが、この世界の秩序というもの。」
目の前のこの人は、何を言っているんだろう?
言葉は通じているのに、何を言っているのか、全然分からない。
だけど、この人は、本当に、心の奥底から、そう思っている。
それだけはよく分かった。
僕の胸から、ぽろり、と剣が落ちた。
僕の周りのエエルは、王と話している間にも、僕のからだについた傷を癒していた。
血はとっくに止まっていたし、傷もみるみる塞がっていく。
王は目を丸くした。
瀕死の相手だと思っていたのに。
あてが外れたからかな。
「おのれ…邪法使いめ…
たばかったか。」
王はそう呟いた。
なにも、たばかって、なんかいないんだけど。
王の目に恐怖が浮かぶ。
この間のことを、思い出したのかも。
それから、誰か自分を助けてくれる人はいないかと、またきょろきょろと辺りを見回した。
もちろん、誰もいない。
僕のからだの傷は塞がった。
剣は抜けて、もう血も流れていない。
だけど、その傷は治ってはいない。
治らないんだ、この傷は。
エエルを吸い取られ、失っていく。
アルテミシアも、こんな感じだったのかな。
僕は、ゆっくりと、胸から自分が解けていくのを感じた。




