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もう、やめよう。
その言葉は、目の前の人たちに届かない。
森の中、息を潜めている人たちにも、届かない。
言葉は通じても、互いの気持ちは通わない。
人と人なんて、半分も分かり合えたら、かなり分かり合えてる仲って言えるんじゃないかな。
同じ言葉を使っていても、言葉の通じない、永遠に分かり合えない人っている。
そういうとき。
僕はもう、一目散に逃げてしまう、の一択なんだけど。
今は。
そうするわけにいかないんだ。
だって、この争いは、しなくていい争いだもの。
第四の民も。平原の民も。
互いに争う理由なんかないじゃないか。
「森の民は、森に帰るよ。
もう君たちの邪魔はしない。
それじゃいけない?」
第四の民は、僕らを守ってくれてるだけだ。
平原の民を憎んでるわけじゃない。
僕らさえいなくなれば、彼らも戦う理由なんかないはずだ。
「君たちは、森の民や魔法が嫌いなんでしょう?
だったらもう、君たちとは極力、関わらない。」
平原の民全員がそうだとは限らない。
王都にいたころ、大勢の平原の民とも、うまくやっていけたと思ってる。
だけど。
それでも、それが争いの種になるなら、もう、交流は避けよう。
「君たちを怒らせた元凶は僕だ。
だから、この僕のことは、好きにしていい。
だけど、他の森の民は君たちに何もしてないじゃないか。
その人たちまで憎まなくてもいいと思う。」
森の民のことを、森の賢者様、と呼んで喜んでくれた平原の民もいた。
そうやって仲良くなってきた人たちも、大勢いた。
ミナゴロシ、と叫ぶこの人たちだって。
違う場所だったら、一緒に畑を作って仲良くなれたかもしれない。
美味しいものを食べたら、幸せ。
ぐっすり眠れたら、幸せ。
きれいなものを見たら、幸せ。
そういう気持ちは、きっと同じなんだろうけど。
美味しいと感じるものに、好き嫌いがあるみたいに。
少しずつ、僕らは違っている。
そうして、その違いは、ときとして、互いの間に大きくて深い溝を作るんだ。
溝はどうしたって埋まらない。
橋をかけることは、不可能じゃないけど。
時間をかければ、その橋も、太くて頑丈になるかもだけど。
どちらかが、そう望めば、かけた橋を落とすのは、簡単なんだ。
そうして、橋が落ちたらもう、あちらには渡れない。
それは仕方ないんだ。
種族の違いだけじゃなくて。
たとえば森の民同士だって。
そうやって、離れてしまうことはある。
だけど、世界は広いもの。
僕ら、別々に暮らしていけるよ。
だから、もう争うのはやめて。
お互いに、背中をむけて、離れていこう。
だって、このままじゃ、僕は…
僕は………!
目の前の人波の中に、金ぴかの輿が、ひときわ高く差し上げられた。
くすんだ兵士たちの中で、その輿だけは、ぴかぴかに光っていた。
輿には、王が乗っていた。
来てたんだ、と、僕は思った。
王は真っ直ぐに僕を睨んでいた。
「あの。
この間はごめんなさい。
反省してる。」
僕を見る王の目は憎しみに燃えている。
それは、そうだろうと思う。
あんな目に合わせてしまったんだから。
「僕も、どうかしてたんだ。
あなたを、その…」
王の目はちゃんと僕を見ていたはずなのに。
僕の声は、王の耳には入っていなかった。
王は、ゆっくりと剣を掲げると、それを僕のほうへむけて、振り下ろした。
「全軍、突撃!」
それは、さっき、邪法使いを滅ぼせ!って叫んだ声と同じだった。
軍勢は、流れる川のように、僕にむかって押し寄せてきた。
その軍勢に、両側の森から、第四の民たちが、襲い掛かる。
「やめて!」
僕は叫んだ。
かすかに血の味がする。
喉が、裂けたのかもしれない。
お願い、お願いだから…
チビ勇者、今だ。今だよ。僕を斬って…
こふっ、と口から赤いものが零れた。
そんなに喉が裂けたのかな、って思った。
けど、次の瞬間、僕は、胸に深々と突き立てられた勇者の剣を見つけていた。
そっか。
約束を守ってくれたんだね?
チビ勇者は僕の前で、真っ青な顔をして、小さく震えながら後退りする。
かわいそうに。
ごめんね。
こんなに小さい君に、こんな重荷を背負わせるなんて。
だけど、君は、大勢の人を守った。
君は、もうちゃんと、勇者だ。
僕は、チビ勇者に精一杯笑いかけた。
それから手を伸ばして、ちょっと強引に抱き寄せた。
胸の中抱きしめると、あたたかかった。
僕、君のこと、もう、嫌いじゃないかも。
そのときだった。
耳障りな声が、高らかに笑うのが聞こえた。
「ざまあ見ろ!
あはははは!」
僕は、チビ勇者の肩越しに、その声の元を見上げた。
高く差し上げられた輿の上から、王が僕を指差して笑っていた。
その途端に、僕のなかで、何かがはじけた。
「お前だけは、許せない!!!」
そんな気持ちは初めてだった。
否。
その欠片はもう、僕の中に確かにあった。
あの、夜な夜な大騒ぎしていた、広場で投げ捨てられた陶器の欠片みたいに。
尖って、誰かを傷つけるように、ばら撒かれていた。
僕は、見ないようにしていただけかもしれない。
そういうものが、自分の中にあることを。




