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森の気配が息を潜めた。
さっきまでしていた鳥の声が聞こえなくなる。
エエルたちの鼻歌も、鳴りを潜めた。
大きな広い道を行進してくる。
それは、平原の民の軍勢だった。
もう二度と戦いが起きなければ。
僕は、あの魔法を使わずに済むのに。
いったい、どれだけの人が消えれば、それに気付いてくれるのだろう。
迫って来る足音。
カチャカチャ鳴る鎧や武器の音。
だけど、それはどこか不揃いで、鎧も武器も、くすんだり錆びたりして、光ってはいなかった。
疲れ切った兵士たち。
みんなだって、もう、イヤなんだ。
もうやめようよ。
僕は、その場所に立ち尽くしていた。
彼らは、僕に気付いたのか、少し離れた場所で、立ち止まった。
チビ勇者が、僕の隣で、からだを固くする。
僕の少し前に出て、いつでも動けるように身構えるけど。
背中に背負ったあの剣は、そのまま背負っていた。
チビ勇者とたったふたりきり。
僕らは道の突き当りに立っていた。
僕らの前に到着した兵士は、いったいどのくらいいるんだろう。
ただ、長い道のずっとむこうまで、兵士の列は続いていた。
…もう、やめよう…
悲しい…いや、違うな…
この感覚は、むなしい?
錆びてくすんだ兵士たちは、いくら数が多くても、怖いとは思わなかった。
ただ、ただ、力が抜けていく、みたいな、そんな感覚だった。
王の軍勢の中から、こちらにむかって、ゆっくりと、歩いてくる人がいた。
他の兵たちより飾りの多い鎧を着て、腰には重たそうな剣をぶら下げていた。
「そこをどけ。」
彼は、剣を抜くと、僕にそう言った。
それから、今にも襲い掛かるぞと言うように、剣の切っ先をこっちへむけた。
それでも、僕は、恐怖を感じなかった。
「…もう、やめよう…」
僕に言えたのは、それだけだった。
「言うことを聞かねば、斬る。」
彼はそう言うなり、僕に斬りつけていた。
話しにもなっていない。
お互いに言いたいことを言っただけだ。
いっそ、斬られるなら、斬られてもいい、って、僕も思ってたかもしれない。
またここで、大勢を消滅させてしまうくらいなら。
だけど、彼の刃は、僕を傷つけることはなかった。
まあ、それができるくらいなら、今ここに、僕はいないよね。
きん、という耳障りな音がして、彼の剣は真っ二つに折れていた。
彼は、折れた剣を信じられないというように見て、それから、僕を憎々し気に睨みすえた。
「おのれ!
邪法使いめ!」
じゃほうつかい?
あ、そういう呼び方にしたのね。
チビ勇者は、さっきよりも、深く身構えた。
背中の剣に手をかけるかどうか迷っているみたいだった。
彼は、この軍勢が僕を傷つけることを心配しているんじゃない。
僕を、あの剣で斬らなければならなくなることを、心配しているんだ。
「もう、やめよう。」
僕は、彼ではなく、その後ろの兵士たちに聞かせるように声を張り上げた。
「なにも、いいこと、ないって。」
「お前たち全員、我らの元に下り、未来永劫、我らに仕え、我らのために働き、逆らわぬと誓うなら、やめてやってもいい。」
折れた剣を振り回しながら、目の前の兵士が言った。
僕は、びっくりした。
そんなこと、まさか、本気で言ってる?
「それは、何かの冗談?」
にしては、趣味が悪いけど。
「馬鹿にするな!」
いきなり怒った。
そうして、折れた剣を、真っ直ぐに僕にむけて、走ってきた。
音はしなかった。
ただ、目の前で、からだをふたつに折って、彼はゆっくりと倒れていった。
その前には、チビ勇者が、からだを低くして身構えている。
背中の剣はまだ抜いていなかった。
こぶしひとつだけで、彼は、目の前の兵士を倒していた。
ざわざわと、軍勢が波立った。
迷いと怒りがそこから伝わってきた。
仲間を倒されたことに、単純に、彼らは怒っていた。
だけど、このまま僕らと戦うことに、迷う気持ちも多かった。
「もう、やめよう!」
そのときだった。
僕は、周囲の森に気配を感じた。
闘気?というのだろうか。
大勢が、身構えている。
第四の民だ。
彼らは、軍勢を迎え撃とうと、静かにここへやってきたんだ。
「やめて!お願いだから!」
僕は、森の中の人たちにも聞こえるように叫んだ。
それは、懇願だった。
「邪法使いを滅ぼせ!」
軍勢の中から、そう叫ぶ声が聞こえた。
すると、兵士たちは、口々にそれに呼応し始めた。
「我らの平和のために!」
「邪法使いは滅ぼせ!」
「皆殺しだ!」
なんで?
どうして?
ルクス王だったころの王都では、平原の民もみんな魔法を便利に使ってたじゃないか。
魔法の灯の灯る市場。
失われた鐘を鳴らす時計塔。
飛行円盤を乗りこなす研究院の人たち。
あそこは、ちゃんと、平和だったよね?
確かに。
混乱を招いたのは、僕のせいだ。
それは、すごく反省している。
もう二度と余計なことはせずに、森の奥深く、引きこもって暮らしていたいけど。
それじゃあ、困ってる人たちに迷惑かけっぱなしになるから。
なんとか、償いもしよう、って思う。
「…もう、やめよう…」
涙が溢れて、言葉にならない。
ミナゴロシ、という言葉が気に入ったのか、軍勢は、そう唱和し始めた。
ミナゴロシ、の大合唱を聞きながら、僕は、ただ立ち尽くした。
いけない…いけない…
自分の中に、またあの力が膨れ上がるのを感じた。
いけない!
いけない!!
僕は、自分を抑えようとした。
そうだ、今すぐ、引き返そう。
引き返さなくちゃ。
だけど、僕の足は動かない。
僕のからだも、地面に凍り付いたみたいに、動かなかった。




