↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一つの楽園  作者: 村野夜市


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
548/555

548

しばらく泣いたら、チビ勇者も落ち着いたみたいだ。

放り出していた剣を取ると、僕の前でひざまずいて、剣を掲げようとした。


「あ。

 そういうの、いいから。」


なにやら、誓い?らしきものを始めようとするチビ勇者を、慌てて押しとどめる。


「なんか、そういうの気恥ずかしいし。

 誓ってもらっても、困るから。」


僕はそう言うと、さっと背中をむけた。


チビ勇者は、何も言わずに立ち上った。

僕は彼に背中をむけたまま、言った。


「じゃあ、行こうか。」


見なくても、チビ勇者が生真面目に頷いたのが分かった。


精神を集中して、あの場所、を探る。

あった。

景色は覚えていたから、すぐに見つけることができた。


円を描くように大きく手を振ると、そこに丸い扉が開いた。

足を踏み入れようとしたら、ぐい、と服の裾を強く引っ張られた。

何事?と振り返ったら、チビ勇者が僕の服をぎゅっと掴んでいた。


怖いなら、君はここに残る?


そう言おうとしたら、チビ勇者は、僕を押し退けるようにして、先に扉に入った。


そっか。

一応、自分が先に行く、って言いたかったのか。


魔法通路の中には、危険はほとんどないと思うんだけど。

僕を護ろうとしてくれているチビ勇者の気持ちは伝わったから。

それは有難く受け取ることにした。


扉を潜ると、いきなり、チビ勇者の背中にぶつかった。


「もう、入口で立ち止まってないで、さっさと歩いてよ。」


僕はちょっと文句を言う。

けど、すぐに、おや?と思って辺りを見回した。


そこは、いきなりどこかの森だった。

普通、魔法通路は、なんだか奇妙なトンネルみたいな感じなんだけど。

トンネルなんてどこにもなかった。


先に入ったチビ勇者は、きょろきょろと辺りを見回している。


そこがどこだか、僕にはすぐに分かった。

目の前には、真っ直ぐに、大きな道が拓かれていたから。


「ここは…

 いきなり目的地に辿り着いちゃったか。」


普通は、入口の扉があって、間の通路を一日くらい歩いたら、出口の扉に着いて、その扉を開けると、目的地に着く。

というのが、魔法通路の通常的な使い方なんだけど。

いきなり、間の魔法通路をすっ飛ばして、入口の扉と、出口の扉とが、くっついていたみたいだ。


「へえ~、こんなこと、あるんだねえ。」


これは、僕も予想外だった。


いろいろと、悲壮な決意、みたいなものも、胸の底にあったんだけど。

ちょっとびっくりしたからか、それが、吹っ飛んでしまった。

慌てて、決意を思い出そうとしながら、きょろきょろと目の前の景色を見渡した。


それにしても、森の中にこんな大きな道を作ってしまうなんて、すごい力だよなあ。

木を伐って運び出し、土をならして踏み固める。

真っ直ぐに伸びた広い道は、どこまでも真っ直ぐに進もうとする、平原の民の決意の現れ、みたいに思えた。


道はそこでぴたりと途切れて、僕らの後ろは、鬱蒼とした森だ。

森の民は、もちろん、第四の民も、森に郷を作る。

森の民は、森そのものが暮らしやすいから。

第四の民は、森だろうとどこだろうと、魔法を使って便利に暮らせるからだ。


そこはまるで、彼らと僕らとの間の境界線のようだった。

道の終点、なんて、滅多に見られないと思うけど、それはまさしく、そういうものだった。


ここは、この間の戦場になった場所だ。

大勢の人がここで消滅した。

僕が見たときは、たくさんの鎧や武器がそこここに落ちていたけれど。

誰かが片付けたのか、辺りには何も落ちていなかった。


この場所にはきっと、怒りの叫びや、苦しい呻き、悲しく泣く声が満ち満ちているだろう。

そう思っていたのだけれど。

不思議なくらい、そこは静かだった。


この場所の声を聞くことはとても恐ろしいけれど。

それを聞くために来たのだから、心して、聞くべきだ。


僕は、聞く、ことに、意識を集中した。

耳を澄まし、言葉を、声を、聞き取ろうとした。


けれど、何度やってみても、僕には、何も、聞こえなかった。


いや、鳥の鳴く声とか、木の葉を揺らす風の音とか。

森のエエルたちの囁き声とか。

そういうものは聞こえるんだけど。

聞こえてくるのは、そんな平穏な音ばかり。


怒りも、苦しみも、悲しみも。

そこには残っていなかった。


かすかに感じるのは、これは、なんだろう、恐怖?狡知?憤激?使命感。

そういったものの残滓?みたいなのが、ふよふよと漂っている。

けど、それだけだ。


戦のあった場所には、もっと、恐ろしい感情が、渦巻いているものだけれど。

そういったものは、まったく感じられない。


そんな感情を抱く暇すらなく、彼らは消滅した、ということなんだろうか。

…かもしれない。

彼らにとって、それは、予想もしないことだっただろうし。

逃げる暇、いや、逃げないとと思う暇もなく、彼らは消滅したんだ。


…なんてことだ。

この場の静けさは、否応なくそれを、僕に思い知らせた。


恨むことも、憎むことも、できないというのは、どういう感じだろう。

怒りも、悲しみも、感じる暇もなかった。

本来、そういう感情は、ないならない方がいいものかもしれないけれど。

理不尽に消滅させられた上に、それすらも感じる暇がなかったなんて、あまりにも酷いと思った。


ここに残る魂の声を聞こうと思って来たけれど。

ここには、何の声も残っていなかった。


地に膝をつき、そこの土を握った。

兵士の汗も涙も、この土には落ちていない。

落ちる前に、彼らは消えたんだ。


それにしても、こんなに、なんにもない、なんて。

人が生きた証すら、なにひとつ、残ってないなんて。


否。

証なら、あった。

彼らの拓いた広い道。

大きな森に真っ直ぐに通った太い道。

それこそが、彼らの生きた証。


道を拓き、畑を作り、家を作り、街を作る。

平原の民のその最初の一歩が、この道だ。

道を作ること、そのものが、彼らの生き様なんだ。


この道は、真っ直ぐに王都に続く。

あの王の元に。

結局、話し合いのできなかった。

僕が、その機会すら、ぶち壊してしまった。

あの王のところに。


その道の端に僕は立って、遥か、王都をみはるかす。

すると、その道のむこうから、こちらへやってくる人影に気付いた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。