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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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布団をかぶった薄暗がりの中。

僕は考え続けていた。

もう一度壁の中に逃げ込むことも考えたけど。

それは多分、無駄だと思った。


僕は。

僕の意識は。

あの波動を感じると、そこへ行ってしまう。

そうして、たくさんの人を、消滅させるんだ。


たとえば壁を作ったとしても。

僕自身は、そんな壁は簡単に乗り越えるだろう。

外から僕に接触しようとする人を阻むことは可能だとしても。

僕の壁には、僕を閉じ込めておく能力はない。


だけど。

このままじゃいけない。

僕は、僕を野放しにしておくわけにはいかない。


僕は、誰も、消したくないんだ。

人にはみんな、それぞれの生きてきた物語があって。

それは、誰のものも、取り替えはきかないのに。

僕は、いったいいくつの物語を、強制的に終わらせてしまったのか。

僕自身にも分からない。


戦いは、たくさんの命や健康や幸せを奪い合う。

だけど、僕は、戦いよりももっとたくさんの人の、命や健康や幸せを、奪っているんだ。


薄闇の中、僕は絶えずからだを小さく震わせていた。

涙が止まらなかった。

恐ろしくて。

何より、自分自身が恐ろしくて。


そうして、僕の出した答えは。

僕自身をこの世界から消し去ることだった。


アマンへ渡ろうと思った。

幸い、アニマの木なら、森のなかにいくつかある。


通路を開いたことも、何回かあったから。

人知れず森へ行って、アマンへと渡ろうとした。


チビ勇者は、いつものように僕について来ようとしたけど。

指先ひとつで、僕はそれを振り払った。

見えない壁を作って、チビ勇者を僕から遠ざけた。


そうやって、ひとり、森へ行った。

けれど。


どの木も、僕に、扉を開いてはくれなかった。

叩いても懇願しても、僕のための扉は開かなかった。


魔法を暴走させ、大勢の人を消滅させた僕には、アマンへ渡る資格はないのかもしれない。

ヘルバやピサンリやアルテミシアとは、違うんだ。

すべてのアニマの木に拒絶されて、僕は引き返すしかなかった。


たとえ物理的にいくら遠ざかったとしても。

あの波動は、一瞬で僕を、戦場へと連れて行ってしまう。

僕には逃げる場所がなかった。


思い余って、僕は、小刀を自分の喉に突き立てようとした。

子どものころから持っている、木を削るための小さな刃だ。

ルクスの狩刀とは違って、大きく固いものを切るのは無理だけど。

僕の薄い喉なら、なんとかなりそうだと思った。


それがいけないことだ、とは分かっていた。

けれど、もうそれ以外に、僕を消す方法を見つけられなかったんだ。


けれど。


結果から言えば、刃は僕の皮膚すら傷つけられなかった。

刃先がほんのわずかに触れた瞬間に、そこには、鋼鉄より硬い壁ができたみたいだった。

僕の力では、いや、多分、誰の力でも、その壁を破ることは難しかった。

ほんのわずかに触れた刃先に、ぽっちりと、赤い小さな玉はできたけど。

その傷すらも、瞬く間に完治した。

僕の周りのエエルは、僕の意志とは関係なく攻撃をし、僕の意志とは関係なく、僕を護っていた。


万事休す。

お手上げだ。

もう、どうしていいか分からなかった。


僕は、あの波動に怯え続けた。

お願いだから、もう繰り返さないでくれと、願った。

握り合わせた手には、爪が食い込み、血がにじんでいたけど。

その傷も、すぐに治っていた。


しばらくは、そのままの状況だった。

それがどのくらいの時間だったかは、分からないけれど。

もう、時間の経過も、季節の進みも分からなかった。


チビ勇者は、そんな僕も見捨てなかった。

隙を見ては僕に近付き、水も食事も、とらせてくれた。

僕は次第に抵抗する気力も失くし。

ただ、与えられるものを、口にした。


寝て起きて、食事をとって。

その単調な繰り返しは、少しずつ、僕を戻していった。

あんなに消えてしまいたかったのに。

僕はまた、お腹もすくし、眠くなる、ようになった。


そうなると、また、誰かと言葉を交わしたくもなる。

といっても、僕の傍にいるのは、チビ勇者だけだ。

他の人たちは、僕のことを遠巻きにしていたし。

ルクスは、多分、忙しいんだろう。

僕に会いに来てはくれなかった。


僕からルクスに会いに行くという手もあったかもしれないけど。

そうして、僕は、自分のしたことを告白すればよかったかもしれないけど。


そのころには、僕は、やっぱりあれは全部、夢なんじゃないかと、思い始めていた。

だって、あまりにも、あり得ないことだ。

人を消すなんて、そんな魔法、聞いたこともなかったし。


僕の周りにいる人たちは、誰も、戦場のことは話してくれなかった。

僕が尋ねても、適当にはぐらかされるばかりだった。

みんなの表情を見ていると、なんとなく、あまりよくなさそうだ、とは感じたけれど。

それ以上のことは、何も分からなかった。


多分、僕には話さないように、ルクスに言われていたんだろうな。

ルクスは、そのくらい、僕を、その場所、から、引き離したかったんだ。


僕は毎日、願い続けた。

どうか、どうか、もう二度と、戦いが起きませんように。

誰かが誰かを傷つけることが、おしまいになりますように。


気に入らないなら、離れて暮らせばいいんだ。

この世界は広いから、顔を見ずに暮らせる場所なんて、いくらでもあるだろう。


僕ら森の民は、平原の民も、山の民も来ないような、森の奥深くに帰ろう。

どのみち、森なんて、他の種族は好んで暮らすような場所じゃないんだから。

森の民がひっそりと暮らしていたって、誰も困らないでしょう?


…もしかしたら、多分、これまでにも、同じことは、あったんじゃないかな。

だから、僕ら森の民は、森の奥深くで、ひっそりと暮らしていたんじゃないかな。

森から出ることは、僕らにとっては、禁忌だった。

ときどき、それをおかす人がいれば、奇異な人に見られていた。


僕だって、森を出たくなんかなかった。

あの、滅びの病さえなければ。

森の中で、ずっと平穏に暮らしていたんだ。


だけど、その病も去った。

だから、僕ら、もう、森に帰ろう。


もちろん、森の外にも、いいことはあった。

友だちだっていっぱいできた。

この世界は広い、って、知らないことがたくさんあるんだ、って、何回も思った。

そうして、前よりもっと、この世界のことを、好きになった。


だけど、この先はもう。

森の奥で静かに暮らそう。

冒険は、思い出だけでいい。

たくさんの、楽しかった思い出を、胸に抱いて生きていこう。


あっ、と気付いた。

最後に会ったとき、ルクスの言ったこと。

ルクスは、もうずっと前に、それに気付いていたのか。


こんなことは早く終わらせて、ルクスと一緒に森に帰ろう。

それが、僕のたったひとつの希望だった。












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