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何が起こったのか。僕は何をやってしまったのか。
何も、分からなかった。
ただ、そこには、消え去った人々、という事実だけが、横たわっていた。
はっと気付くと、僕は、泉の畔の石にぼんやり腰掛けていた。
窪みと高さがちょうどよくて、いつも座ってるお気に入りの石だった。
チビ勇者は、僕の前にいて、身を乗り出すようにして、僕の顔を覗き込んでいた。
「…どうかした?」
目が合って、僕はそう尋ねた。
チビ勇者は、ちょっと眉をひそめて言い返した。
「それは、こっちの台詞。
どうしたの?ぼんやりして。」
…ぼんやり。
………そっか。
「白昼夢?というのかな。
なんか、変な夢、見た。」
としか、言いようがない。
突然、人が、大勢、消えてしまった、なんて。
まるで、酷い悪夢だ。
「僕、どうなってた?」
尋ねた僕に、チビ勇者は記憶を辿るように説明した。
「突然、何か感じる、って言って、立ち上ったかと思ったら、ぶつぶつと何かつぶやいてて。
それから、突然、イヤだイヤだイヤだ、って叫び出して…」
それは、横で見ていても、びっくりするねえ。
「それから、そこに、すとん、って座ったんだ。」
そっか。
まあ、それなら、大して実害はない感じ?
「慌てて、からだ揺すったり、声かけたりしてたら。
さっき、気が付いたんだよ。」
僕は、ふぅ、と息を吐いた。
なんだか、ちょっと疲れている。
軽く魔法を使った後、みたいな感じ。
「…イヤな、夢を、見てさぁ。」
僕はチビ勇者に、さっきの夢の話しをした。
「あれは、戦が始まりかけてた、んだと思う。
僕は、うんとうんと高いところから、それを見下ろしていて。
でも、こう、手に取るように、はっきり見えてるんだ。
森を伐り拓いて大きな道が作ってあってさ。
そこを、鎧を着て武器を持った軍隊が、行進してくるんだ。
その鎧とか、手に持ってる槍とかが、ぴかっ、ぴかっ、ってときどき光るのさ。」
とりとめもない僕の夢の話しを、チビ勇者は、黙ってじっと聞いていてくれる。
だから、僕は、そのまま続けた。
「そうしたら、道の脇の森から、突然、奇襲をかけられて。
行進していた兵士と乱戦になってしまうんだ。
それを見て、僕は、イヤだ!って、すごく思ったわけ。」
「だから、寝言言ってたのかな。
イヤだ、イヤだ、って。」
「じゃないかなあ。」
僕、あんまり寝言は言わないと思うんだけど。
まあ、自分じゃよく分からないけど。
「だけど、そこからが、酷いんだ。
突然、その場にいた人たちが、消えてしまったんだよ。
行進していた兵士も。奇襲をかけた人たちも。
鎧とか武器とかは、そのままそこに残ってるんだけど。
人の姿だけ、きれいに、消えていたんだ。」
「それは、変な夢だね?」
「だろ?」
チビ勇者に、夢、と言ってもらって、なんだか、僕はすごくほっとした。
そうだよ。夢だよ。あんなこと。
それに、僕はずっとここにいたわけだし。
チビ勇者だって、僕のことずっと見ててくれたわけだし。
ルクスは、戦がもうじき始まるかもしれない、って言ってた。
そのことは、ずっと頭にこびりついたみたいに離れない。
だから、あんな奇妙な夢を見たんだ。
「戻ろうか?」
チビ勇者は、僕のからだを支えるようにして立たせてくれた。
僕は、軽くふらついてから、よろよろと立った。
思ったより、消耗しているみたいだった。
「夢見て消耗するとか。
あり得ないな。」
「ちょっと、待って。
水、飲むといいよ。」
チビ勇者は、甲斐甲斐しく泉の水を汲んでくると、僕に手渡してくれた。
「有難う。」
泉の水は効果覿面で、僕は、なんとか歩けそうなくらいに回復した。
そのままふらふらと、僕は小屋に戻って行った。
それからまた、何日かしたころだった。
僕はまた、同じ白昼夢を見た。
高いところから、戦の始まるのを見て。
イヤだと叫んだら、戦おうとしていた人たち、みんな消えてしまう。
結果的に、それで戦いはなくなるんだけど。
なんとも、後味の悪い夢だった。
そうして目が覚めたら、僕はまた、くたくたに疲れていた。
疲れる夢とか、本当、見たくない。
そんなことが、都合三度、繰り返された。
流石に三度、同じことがあれば、僕も、何かおかしいぞ、と思い始めていた。
二度目のとき、もう、あんな夢は見たくないって強く思ってた。
たとえ夢だとしても、人が大勢消える夢なんて、見たくなかった。
だけど、それは、繰り返されたんだ。
もしかしたら、これは、夢じゃないかもしれない。
それはとても恐ろしい考えだったけれど、じわじわと、僕の奥底から、沁み出してきていた。
いや。
もしかしたら、最初から、僕には分かってたんだ。
ただ、それを認める勇気がなかっただけ。
三度の夢で、とてもたくさんの人が消えてしまった。
その人たち、ひとりひとりに、家族や大切な人もいて、生まれたときからの大切な時間があったはず。
それを、一瞬で、消滅させてしまった。
あれは、多分、僕がやったんだ。
夢だとしても、なんて恐ろしい。
僕は、寝台にうずくまり、一日中頭から布団を被ったまま過ごすようになった。
薄暗がりの中、目を見開いて、ただひたすら、眠らないようにした。
眠ったら、またあの怖い夢を見る。
それがイヤだった。
チビ勇者は僕を心配して、泉の水を持ってきたり、何か食べたいものはないかと尋ねたりしてくれたけれど。
僕はそんなチビ勇者にすら、まともに返事もしなかった。
あれは、夢、じゃない。
きっと。
あの人たちを消したのは、僕だ。
僕が、イヤだ、って叫んだから、みんな、消えたんだ。
あの波動を感じるのが怖かった。
もう二度と、来るなと念じていた。
だけど。
それは、もう一度、繰り返された。
そうして、僕は、確信した。
それをやったのは、僕自身だ、と。
それは、後に、石の街の悲劇、と呼ばれる事件だった。
誰も、そのときに起きたことが、実はいったいなんだったのか、分からなかったという。
ただ、それは、長い長い呪いの始まりでもあった。
とにかく、敵も味方もなく、戦いに参加しようとしていた人々は、すべて、消えてしまった。
それは、大精霊の怒りだ、と言う人々もいた。
大精霊にしてみりゃ、とんだ濡れ衣なんだけど。
怒り暴れる大精霊を宥め、その意志を訊き、世界の平穏を希う。
そんなことから、後の時代になると、この世界には、大精霊を祭る神殿が作られるようになる。
これがそのきっかけになったんだ。




