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風でもない。
音でもない。
だけど、なにかが、押し寄せてくるような感覚だった。
はっとして立ち上った僕を、チビ勇者は不思議そうに見た。
「どうかした?」
「今、なにか、感じなかった?」
「風?」
「違う。」
「鳥の声?」
「違う。
もっと、なにか、強い力が押し寄せてくる、みたいな。」
チビ勇者は、大真面目に首を傾げて、何か考えていたけど、しばらくして、ううん、と首を振った。
「ごめん。
特別なことは、なにも、感じない。」
そうか。
チビ勇者は感じなかったか。
だけど、間違いない。
だって、僕には、さっきから、ずっと、この感覚が押し寄せてくるんだもの。
「…波動…」
「はどう?」
「そう。」
人の感覚ってのは、同じなようで、実はかなり違う。
僕の感じていることを、他の人も同じに感じるとは限らない。
たとえば、見えている世界だって。色や形だって。
聞こえる音も。風や匂いも。
本当は、人それぞれ、違うふうに感じている。
ということは、最近、分かってきていた。
多分、この波動は、チビ勇者には違うふうに感じられるんだろう。
もしかしたら、感じる強さも、違っているかもしれない。
僕は、からだ全体に押し寄せるみたいに感じるけど。
チビ勇者にとっては、気にならないくらい、小さな感覚なのかも。
それは、その人それぞれの違いなんだ、って思う。
どっちがいいとか、よくないとか、そういうわけじゃなくて。
だから、チビ勇者が感じなくても、仕方ないけど。
それは、間違いなく、そこにあるんだ。
僕は目を閉じると、その波動に意識を集中した。
視覚、聴覚、嗅覚…ゆっくりと、ひとつずつ、意識的に五感を封じていくと、より鮮明に、その波動を感じることができた。
すると、なおさら、その波動は、強くなっていった。
あえて集中しようとしなくても、僕の意識を埋め尽くしていく。
僕は、自分がばらばらになって、その波動そのものに呑み込まれるように感じた。
波動は、僕をさらって、どぅ、と吹き抜けた。
はっと気づくと、僕は、うんと高みから、大地を見下ろしていた。
視界一面、森に埋め尽くされた大地に、ぽつりぽつり、と石の塊がある。
小さなその白い石が、四角い建物だ、って気付くのは、そう難しくなかった。
むこう側の森は、木を切り倒して、真っ直ぐに道が拓かれていた。
長い長い道は、ずっとずっとむこうに、どこまでも続いている。
その道を、大勢の人が、整然と並び、こっちにむかって歩いていた。
ぴかっ、ぴかっ、とときどき、彼らのあちこちが、お日様の光を反射する。
それは、磨かれた鎧だったり、槍の穂先だったりだ、って気付く。
彼らは、ぴかぴかに磨かれた軍隊だった。
その行列に、突然、両脇の森から、奇襲がかけられた。
突然現れた敵に、ぴかぴか鎧の軍隊は、驚いたように列を乱したけれど、すぐに反撃を始める。
そこここで、人々が叫んでいるのが見えた。
雄叫びなのか、それとも、恐怖の叫びなのか。
ただ、叫んでいるのは、見えているのに、武器と武器、武器と鎧のぶつかり合うのは見えているのに、音は何も聞こえてこなかった。
どーん、とまた、あの波動を感じた。
いや、僕のからだは、もうこの波動と一体化してしまっていて、それは早鐘のように打つ僕自身の鼓動だった。
イヤだ。
目の前に繰り広げられる光景に、僕は感じた。
イヤだ。イヤだ。イヤだ。
最早、善いとか、悪いとかじゃない。
とにかく、イヤだった。
頭の中を、いろんな光景が、ものすごい速さで過ぎっていく。
トゥーレの荒野…闇の塊…森の中にいた、闇の怪物、瘴気に侵された王の城…
これまで出会ったいろんなモノが、黒い涙を流しながら、僕に押し寄せてくる。
ヘルバ。ピサンリ。アルテミシア。
彼らは、光になって、僕を護ろうとしてくれたけど。
押し寄せる闇に、あまりに小さな光は、消し去られた。
イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ
思考がそれに埋め尽くされた瞬間。
僕の周囲の何かがはじけた。
人々は戦いの手を止めて、驚いたようにこちらを見上げている。
敵も味方も、目の前の戦いより優先すべき何かが、ここにあるみたいだった。
波動を、ほとんどの人は感じないはずだ。
だけど、それが、とてつもなく大きくなれば、感じないはずの人も、感じるのかもしれない。
そのくらい、その波動は大きかった。
風じゃない。
音もない。
だけど、それは、辺り一帯を覆い尽くした。
人々は、敵も味方もなく、本能的に逃げ惑い、頭を抱えて地面に伏せた。
けれど、一瞬後、彼らは、抜け殻みたいに、衣服や鎧を残して、消え去っていた。
イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ
この恐ろしいものをすべて消し去るまで。
僕の周囲は、何度もはじけた。
イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ
まだ。
まだ、残っている。
イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ
これだけは、なんとしても。
イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ
すべて、消し去るまで…
後に残ったのは、おびただしい数の、人々の抜け殻と、ぴかぴかにお日様の光を反射する、たくさんの武器だけだった。




