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ルクスが帰ってから。
僕らは、奇妙に静かな暮らしをしていた。
ここは、どこなのか分からない。
どこかの森、なのは見て分かるけど。
分かるのはそれだけだった。
第四の民の人たちが、何人か周りにはいたけど、何を質問しても、詳しくは教えてくれなかった。
ここが、この世界のどのあたりにあるのか、ということも。
ルクスたちが、今、どうしているのか、ということも。
多分、僕が、勝手に何かをすることを、警戒したんだと思う。
その気になれば、魔法通路を開くこともできなくはないし。
周りの人たちは、みんな、親切だし、丁寧に接してくれたけど。
本当に仲良くなれる、感じじゃなかった。
僕に分かるのは、森を歩き回って、目と耳で知れることだけだった。
チビ勇者だけは、いつも僕についてきたけれど、それ以外の人は、僕の散歩にはついてこなかった。
ここの正確な位置が分からなければ、魔法通路は開けないし。
森には危険な生き物もいなさそうだ。
ほうっておいても大丈夫だ、と思われていたのかもしれない。
この森に森の民はいなかった。
アマンへ行ってしまったのか、それとも、新しくできた森なのか。
それも分からない。
アニマの木は、そこそこ生えているけれど。
過密、というほどじゃなかった。
山の民の棲む山も、平原の民の棲む街も、近くにはない。
第四の民の郷が、少し離れたところにあるらしい、って聞いた。
魔法通路を使わなくても、ほぼ一日、で着くらしい。
わざわざ、魔法通路を開くこともないかな、って距離だ。
そこは、とても、静かな森だった。
ここには、外の世界の物音は、なにも届かない。
もしかして、こここそが、ルクスの理想の森なんじゃないかな、って思うくらい。
森には、ひっそりと小さな泉があった。
そこにも、オルニスは、泉の種を撒いたらしい。
なんだって、こんな誰もいない場所の泉に撒いたのかは謎だけど。
いやべつに、人の棲まない場所の泉には、撒いてはいけないわけじゃないけど。
その泉はとてもきれいな場所で、だから、僕は、毎日そこへ歩いて行くのが日課だった。
というか、他には、ほとんど何も、することがなかった、ともいう。
泉の水は、どこまでも清浄で、手に掬うと、それだけで、どきどきした。
水の中にはたっぷりエエルが含まれていて、これを飲むだけで、大抵の不調なんか、とっとと逃げだしてしまうだろう。
あのとき、僕がぐびぐび飲んだ水は、この泉から汲んできたらしい。
遠くから運んできた水じゃなかったのは、ちょっとよかった。
僕らは、この森に作った小さな家に暮らしていた。
この家は、僕が暮らすために、わざわざ作ってくれたみたいだ。
同じ作りの家が、周りにいくつかあって、第四の民の人たちは、そこに滞在している。
ただ、第四の民の人たちは、よく入れ替わっていて、ずっと長く同じ人がいるわけじゃないみたい。
あんまり親しくなれないのは、そのせいもあるかもしれない。
第四の民の魔法は、家もあっという間に建ててしまうらしいけど。
それにしても、この場所を探したり、家を用意したりするには、それなりに時間も労力もかかるはず。
もしかしたら、ルクスはこの場所を、かなり前から用意していたのかもしれない。
あの場所に、いさせたくない。
ルクスは、最初からそのつもりだったのかな。
なんとかして、戦いは回避しようとしていたけれど。
それが叶わないときのことも、考えていたのかも。
あの王が何を考えているのか、いまだによく分からない。
もしかしたら、永遠に分からないかもしれない。
多分、ルクスも分からないんだと思う。
もし、分かってるなら、きっと僕にも教えてくれたはずだから。
ちゃんと話しをして、聞いてみたいと思っていたけど。
その機会は永遠に失われてしまった。
そうなったのは、僕のせいだ。
僕は、自分だけここにいることに、やっぱり、納得はできないけれど。
それがルクスの望むことなら、従うしかない。
ずっと傍にいて、支えたいと思っていたけど。
無力な僕は、支えるどころか、迷惑をかけるばかりだから。
アルテミシアのように、武器を取って、ルクスの隣に並ぶこともできない。
魔法の力があれば、少しは役に立てるかも、って思ったこともあったけど。
僕よりずっと魔法に長けた第四の民の人たちも傍にいるのだから。
僕の出番なんか、なさそうだ。
だから、僕は、来る日も来る日も、泉の畔で、ぼんやり座っていた。
流れ続ける水の音は心地よく、木漏れ日も気持ちいい。
もうじき、実りの季節なんだなあ、と森を眺めながら思う。
もうずっと、季節を感じることも忘れていた。
チビ勇者は、木の枝を剣のように削って、それで毎日剣術の稽古をしていた。
ひとりで、あんなふうに、木の枝を振り回すのが、稽古になるのかな、と最初は思ったけど。
ぼんやり観察していると、チビ勇者の動きは無駄がなくて、とても素早い。
多分、僕が本気になってかかっていったって、あっという間に、組み伏せられてしまうだろう。
「ねえ。
君は何のために、そんな稽古をしているの?」
剣術は、戦いで使うものだ。
チビ勇者も、いつか、戦いに行くつもりなのかな。
チビ勇者は、剣を振る手を止めると、ほんの一瞬の考える暇もなく即答した。
「あなたを護るために。」
「君も、いつか、ルクスたちの軍勢に参加するつもりなのかな?」
それにはきっぱりと首を振った。
「それは、しない。
僕はずっと、あなたと一緒にいる。」
それから、僕を真っ直ぐに見て言った。
「僕は、あなたを護るために、強くなるんだ。」
そう言ったチビ勇者の目の光が眩しくて、僕は思わずそこから目を逸らせた。
「こんな平和な森にいるんだもの。
護る必要なんか、ないと思うよ。
そんなに必死に稽古しても、無駄になるかも。」
「それなら、それでいいんだ。
剣術の稽古なんか、無駄になるなら、そのほうがいい。」
なんだか、僕の言ってることより、チビ勇者のほうが、ずっと大人みたいだ。
「何もない、を護る。
それが大事なんだ、って、お師匠様は教えてくれた。
そのために、普段から備えておけ、って。」
そっか。フォルティスの教えだったのか。
「自分が強いと思うと、その力を試してみたくなる。
だから、どれだけ修行をしても、自分を強いと思っちゃいけない。
まだまだ足りないと思い続けるのも、修行だ、って。
そうやって、積み重ねたものは、本当に必要なときに、力になるんだ、って。」
だから、君は今も、修行をしているわけか。
「この世界には、素晴らしいだけじゃなくて、怖いこともある。
どうしたって理解できない人もいる。
そういう禍から、大切な人を護る。
そういう剣術を学べ、って。」
「いいお師匠様だ。」
アルテミシアが、わざわざルクスの夢に出て、そこへ連れて行け、って言った理由が分かったよ。
「僕、森の民を憎んで、ひとりでもたくさん、傷つけてやろう、って思ってた。
それって、僕も、自分のこと強いって勘違いして、その力を使ってみたいって思ったからだ。
僕、間違ってたんだ。
本当にごめんなさい。」
チビ勇者は、僕に頭を下げた。
「やってしまったことは、取り返しがつかないって、分かってる。
だから、せめて、生涯かけて、あなたのことを護る、って決めたんだ。
それが、あの人たちみんなの願いだったから。」
あの人たち。
チビ勇者は、アルテミシアの気持ちを継ごう、としてくれているのかもしれない。
だけど。
その平穏も、長くは続かなかった。
その日。
突然の大きな波動を感じて、僕ははっと顔を上げた。




