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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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ルクスは僕の無事をひととおり確かめてから、本陣へ戻ることになった。

魔法通路使っても、むこうに着くには一日かかる。


「…ごめん、なんか、忙しいのに。」


「こっちこそ、悪かった。

 下手な手使ってごまかしたりしたから、怒ったんだろ?」


「いや、それは、違うけど…」


ルクスは僕の頭の上に、大きな掌を置いた。

分厚くて、あったかくて、ずっしりとした掌だ。


「俺さ、これが終わったら、どこかいい森を探して家を作ろうと思ってる。」


いきなりそんなこと、言い出した。


「いい、森?」


「こんだけ世界中森だらけになっちまったからな。

 どこかに、誰も棲んでない、静かな森くらいあんだろ。

 そこに家を作るんだ。

 そうして、アルテミシアの戻って来るのを待つ。」


ルクスはなんだか、楽しそうだった。


「アルテミシア、そこが戻るところだって、分かるかな?」


「大丈夫じゃないか?あいつなら。」


そのあっけらかんとした自信、どこからくるの?


ルクスは、へへっ、と肩をすくめて笑った。


「けど、迷ってるかもしれんから、ときどきは、探しに行ってやろうか。

 だけど、必ず、その家に帰る。

 そういう場所を作る。」


帰る家、か。


「お前も、一緒に来ないか?」


ルクスは僕の目をじっと見て言った。

僕はわざとそこから目を逸らせた。


「うーん…新婚夫婦と同じ家に棲むのは、ちょっと…」


あてられるのは、僕だよね。


「同じがイヤなら、隣に棲めばいい。」


「隣?

 僕ひとりだけ?」


それもそれで、仲間外れにされるみたいな気になる。


「心配するな。

 飯は一緒に食ったらいいし。

 アルテミシアも俺も、お前のことは、邪魔だとは思わないから。」


なんかそれ、子どものころの、あの郷の家みたいだ。


「ついでだから、オルニスとか、そうだな、ヘルバやピサンリも、一緒でもいい。

 匠も。工房の連中ごと引っ越してくりゃあいいんだ。

 あの、虫のおっちゃんも。

 それから、旅の途中で会った、いろんな連中も…」


「それは、楽しそうだね。」


そんな場所があったら。

みんな、近くで仲良く暮らせたら。


「そういう場所を俺は作るつもりだ。」


「そっか。」


それは、素敵だ。

とても、とても、素敵だ。


「僕も、一緒に行っていいの?」


「当たり前だ。

 ずっと一緒に来てくれるんだろ?」


…うん。


「だからさ、今は、少しの間、待っててくれ。」


………うん。


「ごめんな?」


そう呟いたルクスの目は悲しそうだった。


「なんで、謝るの?」


「どこにでも、一緒に行くって、約束したのにな。」


それ、覚えていてくれたんだ。


「ごめん。

 だけどさ、俺は、お前を、あの場所にはいさせたくないんだ。」


あの、場所…


「あれから、どうなった?」


交渉は決裂した。

話し合いの場を作ろうとしたルクスの考えは、受け容れられなかった。

王の軍は、どこまで来たんだろう。

第四の民の軍は、どこまで進んだんだろう。


ルクスは、僕から目を逸らせた。

それから、小さな声で呟くように言った。


「王の軍勢も、第四の民の軍勢も、明日には、ヘルバの街に、到着するだろう。」


からだじゅうから力が抜けて、そのまま僕は、よろよろとしゃがみこんだ。

一番、そうしたくなかった、なんとかして、避けようとしていた、その場所に、事態はとうとう到着しようとしていたんだ。


「結局、どちらも、足を止められなかった。

 じりじりとだけど、互いに進んでしまった。」


「どうしようもないの?」


「…ごめん。」


ルクスは謝るけど。

謝ってほしいんじゃない。


戦いは、イヤだ。

傷つけあうのは、イヤだ。

誰も、幸せにならない。

戦いの始まりも、最中も、終わった後も。

そこにあるのは、辛くて苦しくて、悲しいことばかり。


「イヤだ…イヤだよ…」


子どものように駄々をこねても、何にも解決しない。

分かっていても、口から出るのは、その言葉ばかりだった。


「…ごめん。」


ルクスはもう一度だけそう言うと、僕に背中をむけた。


そうしてそのまま行こうとした。


今はきっと、ルクスはとても忙しいはずだ。

それなのに、僕に会いに来てくれた。

壁の内側に籠る僕に付き合って、外に出るのを待っていてくれた。


「ねえ!ルクス!」


僕はルクスの背中に言った。


「僕には、もう何も、できないかな?」


ルクスはくるっと振り返って、にこっと笑った。


「ここにいてくれ。

 そうして俺を待っていてくれ。

 それが、いい。」


それが、本当に、ルクスの望むことなら。

僕にできるのは、その言葉に従うことだけ。

だけど。

それって、結局は、何もしないのと同じじゃないか。


僕ひとり、安全な場所にいて、ただ、ずっと待ってるだけだなんて。


悔しい、という気持ちを抑えて、僕は小さく頷いた。








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