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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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感情の起伏で、僕は魔法を暴走させてしまう。

ほどなくして、僕はその事実に気付いた。


ほんの僅かな心の揺れ。

たとえば、ちょっとした不快感。

そんなものを、心に抱いた途端に、僕の魔法は、その相手を傷つける炎になった。


なにこれ。

こんなこと、僕はちっとも望んでいないのに。


最初は、抑えようとした。

そんな自分の力を。

そんな自分の心を。

だけど、それは、うまくいかなかった。


僕は、焦った。

このままじゃ、僕は、化け物みたいになってしまう。

無暗に人を傷つける、魔物になってしまう。


だけど、焦れば焦るほど、僕の魔法は、人を傷つけた。


一番の被害者は、チビ勇者だった。

彼は、いつも、僕の傍にいたから。


ときどき、他の人も傷つけた。

ルクスの命令で、僕らの世話をするために、一緒に来てくれていた人たちを。


ちょっとした手違いで、たとえば、僕の苦手な獣の肉を、食事に持ってきてくれた、とか、そういうとき。

前なら、黙って、手をつけなかっただけだった。


だけど、今の僕は思ってしまっていた。

それは苦手だ、って、この間も言ったのに。

その途端に、その人は、熱っ、と手を引っ込める。

その手には、小さな火傷の痕があった。


もちろん、すぐに、治癒術を使った。

僕がやらなくても、彼らなら、自分でできたかもだけど。


怪我は、きれいに治ったし、僕は、彼らに何度も謝った。

ごめんなさい。そんなつもりはなかったんだ。

彼らは笑って許してくれた。

ように見えた。


だけど。


僕の周りからは、少しずつ、人の姿が消えていった。

みんな、なんとなく、僕を避けるようになった。


僕は、そんな暴君じゃない。

用意してもらった食事が気に入らないからって、人を傷つけるようなことはしない。

したくない、のに…


僕の魔法は、僕の意志とは関係なく、発動してしまうんだ。


僕は、僕の周りのエエルに、強く願った。

どうかお願いだから。

誰も傷つけないで。


なのに、やっぱりなにか、ほんの少し、僕がそれを不快に思うたび。

僕の魔法は暴走した。


僕の傍には、チビ勇者だけが残った。

彼だけは、変わらずにいてくれた。


僕は、チビ勇者を傷つけたくなかった。

傷つけないようにしよう、と努力した。


なのに。

なのに…


僕の魔法は、しばしば彼を傷つけた。

チビ勇者本人に対しての不快感だけじゃない。

自分自身に対する無力感だったり、ひとりぼっちでいる孤独感だったり、そういう、僕自身に攻撃のむかいそうな思考のときも。

僕の魔法は、チビ勇者にむかった。

まったくの八つ当たりだ。


それでも、僕の傍を離れようとしないチビ勇者に、僕は、感嘆した。

なんで、君はそんなに?

償いだと彼は言っていたけれど。

僕はもう、彼に償ってほしいとは思わなかったし。

それに、たとえ永遠に償ってもらったとしても、やっぱり僕は、彼を好きにはならないだろう。

それでも、彼は、留まり続けた。


だけど、もうそれも、限界だった。

先に音を上げたのは、僕のほうだった。


怖くなった。

いつか、取り返しのつかないくらい、誰かを傷つけてしまうかもしれない。

僕の力は、もう、僕の意志とは無関係に、暴れ回る。

僕にできることは、僕自身を、閉じ込めておくことだけだ。


僕は、壁を作った。

目に見えない。けれど、誰にも破れない。乗り越えられない。高くて固い壁を。

その壁で自分の周りを囲った。

幾重にも。


物理的にはそんなに遠くなかった。

そんなに広い場所なんてなかったからね。

だけど、僕は、とてもとても分厚い壁を作った。

僕の魔法は、そんなことも可能にしていた。


チビ勇者は、怒った。

壁を叩いて抗議した。

だけど、その声は、とてもとても遠くて、僕の耳には届かない。

僕はただ、かすむように遠くにあるその姿を、ぼんやりと眺めた。


あんなに、何を言っても、僕から離れようとしなかったチビ勇者だけど。

僕の魔法を使えば、こんなに簡単に遠ざけられた。


壁の内側に、音は届かない。

僕が何も聞かないように。

外の景色は、ぼんやりとかすむ。

僕が、何も見ないように。


壁の内側にひとりぼっち。

涙が溢れて溢れて止まらない。

ひとりきりになって、僕は、声を上げて泣いた。

この声は、誰にも届かない。

それで、いい。


慰めなんて、願っちゃいけない。

もしも、誰かが、僕に優しくなんかしたら。

僕の力は、きっと、その優しい人を、傷つける。


どうして、こんなことになってしまったんだろう。

こんなことは、少しも望まなかったのに。


エエルとは、割とうまくいってると思っていたんだ。

精霊たちとも。

彼らが先回りして僕の願いを叶えてくれることは知ってた。

それでも、人を傷つける魔法なんて、起こったことなかったのに。


どうしたら、この壁の外に出られるのか分からない。

いや、壁はいつだって消せるけど。

今は、消してしまうわけにはいかない。


水、飲みたい…


お腹はすかないけれど、喉はかわいた。

あの水は、僕のために、最初の逗留地だった郷の水を、わざわざ運んでくれていたんだ。


水が、飲みたい…


いつも、水をたっぷり入れた水差しが、僕の傍には置いてあった。

飲んでも減らなかったのは、誰かがいつも、補充してくれていたからだ。


獣の肉を持ってきてくれた人は、僕がいつも、水ばかり飲んでいると、心配してくれたんだ。

力をつけてほしい、って、わざわざ狩に行ってくれたんだよ。

好き嫌いは早く直したほうがいい、とも言われたけどね。

その瞬間に、僕の魔法は、彼の手を焼いていた。


………ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

心配してくれた気持ちを踏みにじってごめんなさい。

好き嫌いは、直したほうがいいに決まってる。


頭では、ちゃんとそれを分かってるのに。

僕の魔法は、僕の望まない攻撃をする。


突然。

僕の作った壁の内側に、ざんぶり、と水が降った。

僕は頭から全身、ずぶ濡れになった。


エエルがやったんだ、って分かった。

水がほしい、って願ったから。

それを叶えてくれたんだ。


エエルのたっぷり入ったおいしい水。

これさえあれば、僕は生きていける。

その水は、僕の口には入らず、全部、零れてしまった。


………僕は、泣いた。

また、泣いた。

泣いて、泣いて、泣き続けた。

それしかもう、やることは、やれることは、なかった。





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