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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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僕はうとうとしては目を覚まし、水を飲んではまたうとうとする、しばらくはそんな感じだった。

薬の泉の水は、文字通り僕を生かしてくれた。

数日の間、僕は、その水しか飲んでなかったけれど、からだは、少しずつ、回復していった。


目を覚ますたびに、チビ勇者はすぐ近くにいて、僕は何度も、僕のことはもう放っておいてほしい、って頼んだんだけど、それだけは、聞いてもらえなかった。

まったく、困った頑固者だ。


そのうちに、目を覚ます場所が、毎回、変わっていることに気付いた。

何回かは、馬車の中らしき場所で目を覚ましたこともあった。

どうやら、僕は、眠っている間に、僕の意志とは関係なく、移動させられているらしい。

それは、おそらくは、ルクスがそうさせているんだろうけど。

どこへ、何のために、移動させられているのかは分からなかった。


あれから、何度か、ルクスも会いにきてくれた。

ただ、僕はいつも、ぼんやりしていて、あまり話しはできなかった。

ルクスは僕に、からだの具合はどうか、何か食べたいものはないか、と尋ねてくれたけれど。

そのころの僕は、あの水さえあれば、あとは、ただひたすらに、眠りだけを必要としていた。


うとうととした眠りの中で、僕は、奇妙な夢をたくさん見た。

世界の真理にはっとすることもあれば、どうすることもできない事実に、絶望することもあった。

懐かしい幸せに満たされることもあれば、何もかも奪われて、孤独に泣き叫ぶこともあった。

ただ、目を覚ますとき、僕の中に残っているのは、幸福感や、絶望の残り香だけ。

夢の内容は、いつも忘れてしまっていた。


なにか、とても大切なことを、あの夢は僕に教えてくれてたんだと思う。

いや、もしかしたら、それはもう全部、僕の中にあって、忘れてしまっていたのを、思い出していただけかもしれないけど。


ただし、その記憶は、目を覚ましている僕には与えられなかった。

僕は、この僕の命のなかで、経験したことだけを、この手の中に持っていた。


後から思えば、それは、僕が、ゆっくりと作り変えられていた時間だった。

いや、もしかしたら、元に還っていっただけ、なのかもしれないけれど。


僕の寝かされている部屋は、いつもとても静かだった。

ここは本陣だと聞かされていたけれど。

鎧や武器の触れ合う音や、戦いにむかう人たちの熱気のようなものも、一切感じない。

それどころか、周囲には人の気配すら、まったくなかった。


少しずつだけれど、目を覚ましている間は、またはっきりと物を考えられるようになっていった。

目を覚ましていられる時間は、それほど長くはないけれど。

前に考えたことの続きも、思い出して考えられるようになっていった。


チビ勇者は、どう言っても、僕の傍にいるみたいだから。

僕も諦めて、その代わりに、目を覚ましている間の話し相手になってもらうことにした。

チビ勇者は、あまり話してはいけない、って、いろいろ言い含められていたみたいだけど。

そこは子どもだからか、それとも、元々そういう性格なのか、少し聞き方を変えて尋ねたら、ぽろぽろと本当のことを話してしまった。


断片的な情報を繋げて、僕は、とうとう、第四の民の部隊が、進軍を始めたことに気付いた。

僕もその移動に一緒に連れて行かれているのだと思った。


戦いは嫌だ。

ルクスも確かにそう言っていたのに。

やっぱり、それは避けられないんだろうか。


大勢の人が同時に移動するのは、とてつもない時間と労力を要するらしい。

だから、進軍は、とてもとてもゆっくりだった。


ただ、第四の民なら、魔法通路を開けば、あっという間に長い距離も移動してしまえるはずなのに。

わざとそれをやらないのは、前に聞いた策をまだ捨ててはいないからかもしれない。


だけど。交渉は決裂した。

王は完全に、聞く耳を塞いだ。

それは、僕のせいだ。


周りの人たちは、研究院での僕の所業を、なるべく話さないようにしていたけれど。

人の好いチビ勇者が、ぽろりぽろりと、うっかり零す言葉を繋いだら、なんとなく、状況は分かってきた。


あのとき。

狂ったようにけたたましく笑いながら、僕は、風を操り、王を翻弄した。

王が意識を失っても、僕は、それをやめなかった。

その僕の姿は、味方であっても、恐ろしかったそうだ。


「じゃあ、君たちも、ただ呆然と、僕を見ていたってわけ?」


「…どうしていいか、分からなかったから。

 だけど、あのままじゃ、あなたにとっても、よくないんじゃないか、って、すごく思った。」


「殴って気を失わせる、とかしたらよかったんじゃない?」


「そんな乱暴なことは、できないよ。」


チビ勇者は大真面目に首を振った。


「あなたは、特にからだを鍛えているわけじゃない。

 うっかり殴ったりしたら、骨の一本や二本、折れてしまいそうだ。

 いや、殴らなくったって、ちょっと手を当てただけでも、折れちゃいそうなのに。」


僕って、そんなに弱そうに見える?

まあ、からだを鍛えてない、ってのは事実だけれど。


「僕らじゃ、あなたのことを、怪我させないように、意識だけ失わせる、なんてこと、到底できなかったんだ。」


「緊急事態だもの。

 ちょっとくらい怪我してもいいんじゃない?」


「………たださ。」


チビ勇者は、目を伏せて続けた。


「なんだか、すっきりしたんだ。

 あなたが、笑いながら、王を躍らせ続けているのを見て。」


恥じ入るような小さな声で、チビ勇者は告白した。


「もしかしたら、だけど。

 みんな、それは、同じだった、かもしれない。

 だから、誰も、止めなかった、のかもしれない。

 それは、もしかしたら、あなたに負担をかけるかもしれない、って、心の中では思っていたのに。」


ごめんなさい、とチビ勇者は、言った。


僕は、ちょっと、ため息を吐いた。

それから、チビ勇者から目を逸らして言った。


「謝ることないよ。

 僕だって、思うもの。

 あの王は、ちょっとくらい困らせてやりたい、って。」


いや、ちょっとくらい、ってのは、ずいぶん、控え目な表現だ。

実際には、けっこう、かなり、困らせてやりたい、って思う。


だけど、そういう自分の中の気持ちを、正直に話すのは、どこか恥ずかしい気もして。

僕にそれを告白したチビ勇者は、偉いなって思った。


「だけど、結局、僕は、気を失ったんだよね。」


大きな魔法を使うと、力を使い果たして、僕はよく気を失う。

それは何度も経験したことだったけど。

あのときのは、少し違っていたように思う。


チビ勇者は、そうなんだ、と身を乗りだした。


「あのときは、いっちゃんが、助けてくれた。

 君の目の前で、ぴかーって光って、そうしたら、君は一瞬で気を失ってた。」


そうだったんだ。


「マスイコウ、とか、言ってたかな。

 研究院の人たちって、眠るのも忘れて研究に没頭するから。

 休めって言っても聞かない人たちには、ときどき、この光を浴びせて、無理やり寝かせるんだ、って。」


麻酔光?

青い鳥はそんなものも使えるのか。


「サイシュウシュダン、なんだって。」


最終手段、を使われたわけね。僕は。


「そんな便利なものがあるなら、さっさと王に使ってくれたらよかったのに。」


まあ、煙の魔人を完全に封じておかないとだったし。

それには、青い鳥の光より、僕の風のほうが、可能性は高かった?

だけど、僕が魔法を使わなければ、あんなふうに暴走することもなかったかもしれない。

まあ、今さら言っても仕方ないけど。


「マスイコウ、を使うと、しばらくの間、箱の中に戻らなくちゃならなくなるんだ、って。

 だから、使いたくなかったんだ、って。」


「箱の中に戻っちゃったのに、君は誰からそれを聞いたの?」


「きゅうちゃん。」


あ。そっか。

あそこには、きゅうちゃんもいたっけ。


「なら、なおのこと、二羽もいるんだし、使えばよかったじゃないか。」


恨み言、言いそうだけどさ。


多分。だけど。


僕の暴走を、青い鳥は、予測していなかった。

だから、あれは、緊急事態で、最終手段、を使うしかなかった。

そういうこと、だと思う。


僕は、ちらりとチビ勇者を見た。


あの、チビ勇者が、眠っている間も、ずっと僕を見つめていたのは。

もしかしたら、僕のからだを心配していただけじゃなくて。

狂暴な僕が目を覚ますのを警戒して、見張っていたのかもしれない。


僕は、いったい何に、なってしまったんだろう。

冷たい風が、僕のなかに、くるりと丸まって、そのままそこに留まっているような、そんな感じがした。



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