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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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なにか、おかしい。

ひとりになった僕は、この違和感の正体を探ろうとした。


なにかが、おかしいんだ。


だけど、その、なにか、が分からない。


でも、このままにはしておけない。

誰も、はっきりとは言ってくれないけど。

多分僕は、またなにか、大失敗をやらかしていて。

それはきっと、この、なにか、のせいなんだ。


くくくっ、くくっ、くくくっ…


静かになった部屋のなかで、何かが笑っているような声がした。

最初はそら耳かなと思った。

耳をすませると、その声は聞こえなくなる。

だけど、意識をそっちからそらせると、また、くすくすと声がする。


ふふふっ…

くくっ、くくくっ…

くっくっくっ…


なんだか、必死に笑いを堪えようとしているのに、込み上げてくる笑いが、ぽろぽろと零れ落ちる、みたいに。

その声は、僕の周りを漂った。


「なんなの?もうっ!」


いらいらしていた僕は、それに耐えられなくなって、思わず大きな声を出した。

その途端に、笑い声は、ぴたり、と止まって、その気配も消失してしまった。


…しまった。


なんだか分からないけれど。

小さなモノを、脅かしてしまった気がして。

僕は、ひどく後悔した。


「…ごめん。

 驚かせてしまって。」


僕の言葉は、その小さなモノに届くかどうかは分からないけれど。

僕は、とりあえず、謝った。

少なくとも、謝りたい、という気持ちは、伝えたかった。


そうしたら、いきなり、目の前が、小さく光った。

虫使いのおっちゃんの虫くらいの大きさ。

よくよく見ると、その光は、人の形をしていた。


ある、じさ、ま…

あ、るじ、さま…

あるじ、さま…


小さな人の形をした光は、部屋の四隅から次々と湧き出して、僕の目の前に集まってきた。


彼らの声は、音じゃない。

頭の中に直に響くような声だ。

その声は、口々に、僕をあるじさまと呼んでいた。


あ、そぼ…

あそ、ぼ…

あそぼ…

あそぼ!


集まってきた光たちは、僕を取り囲んで、遊ぼう遊ぼうと誘った。


「え?

 遊ぶ?

 って、君たちは、誰?」


けれども、彼らは、僕の問いには答えずに、ただ、遊ぼう遊ぼうと繰り返した。


「遊ぼうって言われても…

 僕のからだは、まだうまく動かないし…」


僕は少し困ってそう返した。

その小さな光の人は、まるで、小さな子どもみたいに、ただひたすら、遊ぼう遊ぼうと僕にせがんだ。


「だから、僕は、動けないんだ、って…」


どう言えば通じるんだろう。

困り果てる僕の目の前に、小さな光の人が、ふわふわと飛んできた。


う、ごく…

うごく…

うごく…


すると、小さな光たちは、僕の手や足に、飛び込み始めた。

僕のからだに触れると、彼らはそのまま溶けるように消えてしまった。

手や足だけじゃなく、肩にも、胸にも、見えてないけど、多分、背中や、顔にも。

そうして、彼らの入った場所に、少しずつ、力の戻るのを感じた。


「治して、くれてるの?」


それは、治癒術を受ける感覚にも、少し似ていた。

いやもっと、術というより、自然、に近い感じだったけど。


自然。

そう、自然、なんだ。

彼らは、なにもかも。

その存在自体も。

元からここにあって、ここにあるのが当然なもの。

僕より、世界より、うんとうんと旧いもの。


「もしかして、君たちは…」


エエル?


エエルというのは、この世界を作っているもの。

精霊はそのエエルをたくさん持っている。

アマンには、エエルが常に溢れていて。

そこから漏れ出したエエルが、この世界も作った。


いまだに、エエルのことは、よく分からない、ことが多い。

こんなふうに、形や言葉を感じたのは初めてだ。

彼らは、うんとうんと小さい精霊、にも見える。

ただ、精霊、というより、もっと、単純で、原初的なモノ…


だけど、彼らが、エエルならば、僕のからだを癒してくれたのも、分かる。

治癒術は、癒しのエエルを送り込むことで、起こしているのだから。


エエルは、元々、基本的な性質、みたいなものを持っている。

そこに、願いを込めれば、その性質に、何かの力を持たせるられる。

たとえば、傷を癒したい、とか。

それが、魔法の正体。


願いを間違えずに伝えるには、紋章を使うのが確実だ。

だけど、僕は、その紋章を覚えられない。

ただ、慣れてくると、思いの伝え方、みたいなのも、自然と分かってくる。

そうやって、起こすのが、僕の魔法。


エエル、というのは、基本的に、とても素直で、親切なんだ。

その根底にあるのは、ただひたすらに純粋な善。

だけど、それはあまりにも純粋すぎるがゆえに、簡単に、悪にも染まる。


いや、そもそも、彼らの中に、善悪、なんてものはない。

彼らが、力を貸した者が、僕に敵意を持たない者なら、それは、僕にとっては善。

もしも、僕に悪意を持って攻撃を仕掛ける者なら、それは、僕にとっての悪、ってだけ。


エエルは、力を使い果たして動けない僕を、動けるようにするために、力を貸してくれている。

それは、誰かにとっては善だろうし。もしかしたら、誰かにとっては、悪なのかもしれない。

ただ、エエルは、僕を助けてくれるだけ。善意も、悪意もなく。

もしかしたら、ただ単に、僕と遊ぶためだけに。


僕のからだは、エエルをすいすいと受け容れて、みるみる回復していった。

だけど、ただの人のからだというのは、あまり急激な変化にはついていけない。

僕のからだも、いきなり具合がよくなったことに戸惑うように、むしろ動きを止めてしまった。


そうして、僕は、また夢の中へと落ちていった…






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