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やっぱり、何かおかしい。
だけど、何がおかしいのか、うまく説明できない。
間違いなく、何かがおかしいんだけど。
その肝心な何かが、分からない。
もどかしい気持ちに、胸のなかがざわつく。
このままにしておけない、って、すごく思う。
だけど、じゃあ、何を言えばいいのか、何を聞けばいいのか、やっぱり分からない。
「さあ、大賢者様には、もう少しお休みいただかないと。」
お使者さんは、ゆったりと、誰もが納得する話し方でそう言った。
「おう、そうだな。」
ルクスは僕から手を離すと、お使者さんのほうを見たまま行こうとする。
ねえ、こっちをむいて、と僕はその背中を見て強く思った。
「…なんだ?」
すると、ルクスは僕のほうを振り返って尋ねた。
ルクスの目を見た僕は、自分が驚いていた。
………今、僕、ルクスに声、かけてない………
「とにかく、今は休め。」
ルクスは僕の頭をわしわしと撫でると、そのまま行こうとした。
いや、違う。
今のは、そんなんじゃない。
僕は、頭の中で、そう繰り返した。
多分、目の端に、じっと見ている僕を見ただけだ。
そういう視線って、感じるものじゃないか。
まさか。心の中から呼びかけた声が、聞こえた、なんてこと…
「う、ん?
今、なんか、言ったか?
いや、ごめん。
俺の気のせいか。
俺もちょっと疲れてるかな…」
ルクスは首を振って、小さく苦笑した。
その微笑みのむこうに、ルクスの小さな幻が、いくつも浮かんでいる。
フォルティスと何か話しているルクス。
大勢の人がひざまずいている前で、何か語るルクス。
椅子に力なく座ったまま、何かを考え込むルクス。
そのどの姿も、ルクスはひどく深刻そうな顔をしていた。
「…状況は、思わしくないんだね?」
思わず、僕はそう呟いた。
「え?
ああ、そんなことは、お前は心配しなくていいんだ。」
ルクスは、驚いたように僕に笑顔をむけたけど。
作り笑いだ、って、それは、普通に分かった。
僕の瞳の中で、幻が大きく拡がっていく。
それは、大勢の人が怒った顔をして、ルクスに強く迫る様子だった。
「………戦いは、避けられない?」
「は?
いや、そんなことはない。」
ルクスは反射的にそう言ってから、少し考えて付け足した。
「そうならないために、みんな、努力してるんだから。」
………そうだよね?
なのにさ。
「………僕は、それを、ぶち壊したんだ………」
言葉と一緒に涙が溢れた。
この場にいるみんなが、一斉に僕に注目した。
お願いだから、僕を見ないで。
僕は、寝具を頭から被った。
「………僕は、賢者じゃない………
僕は、………失敗ばっかり………」
こんなこと言ってどうするんだろう。
言ったところで、何も解決しないのに。
ただ、僕は、それを自分の中から吐き出して、楽になりたいだけじゃないか。
「少し、お休みになったほうが…」
お使者さんは、優しい口調でそう言ったけど。
この人は、優しくない、って、僕は感じた。
「お前は、何も悪くないよ。」
ルクスは僕の寝台に腰掛けると、もう一度、寝具の上から、僕を抱きしめてくれた。
懐かしいルクスの匂いとぬくもりが、寝具越しに伝わってくる。
僕はもう、このまま、眠ってしまえたらいいのに、って思う。
「僕は、ルクスや、他の人たちみんなが、慎重に慎重に積み上げようとしたものを、全部、壊しちゃうんだ。
ごめんなさい。
ごめんなさい…
ごめんなさい………」
並べたドミノの一か所に、ほんの不注意で触れてしまう、みたいに。
せっかく作ってあった仕掛けも、本来、スタートするはずだったところから始めなければ、うまく作動しない。
なんとか、壊したところを修復しようとしても、むしろ、それは一から作るより難しくなってしまって、直そうとすればするほど、いろんなところを壊してしまう。
「………誰も、お前のことを、責めてはいない。」
「責められなくても、僕のせいだってことは、変わらない。」
「お前のせいじゃない。
いいか、それだけは、言っておく。」
ルクスの言い方は少し強くなった。
「そりゃあ、いろんなことが、うまくいかないことは、たくさんあるさ。
そういうもんだ。」
だけど、そう言ったとき、その声は、どこか何かを諦めているみたいだった。
「………戦いは、イヤだよ………」
僕は泣きながら言った。
それが、一番、強い気持ちだった。
「誰かが傷つくのも。誰かを傷つけるのも。
誰も、幸せにならない………」
「………そうだな。」
それから、少し何か考えてから、ぽつりとルクスは呟いた。
「俺も、もう、イヤだ。」
「大賢者様は、お疲れなのですよ。
さあさあ、もう少しお休みいただきましょう。」
お使者さんの声は、どこかみんなを追い立てるみたいだった。
そのとき、僕は、何の脈絡もなく、ふと思った。
「チビ勇者は?どこ?」
さっきまで、ここにいたんだ。
ずっと、僕のことを、心配していてくれたんだ。
「……………彼はね、ずっと眠っていませんでしたから。
今は、少し、隣の部屋で、眠っているのですよ。」
お使者さんが説明してくれる声がした。
だけど、その声の中に、ほんの少し、いらいらを感じた。
お使者さんは、いらいらしている。
何に?
僕に?
唐突に、叫び出したくなった。
叫び出す一歩手前、みたいに、きゅっとからだを固くする。
その僕の背中を、ルクスの手は、せわしなくさすった。
「大丈夫。
心配しなくていい。
俺がなんとかする。」
なんとかって?
頭から被った寝具をはねのけて、僕はルクスに尋ねようとした。
けれど、僕らのタイミングは、ほんの一瞬だけずれていて、僕の目が見たのは、ルクスの目じゃなくて、立ち上りかけた、その背中だった。
「ルクス!」
名前を呼んだその声に、僕のいろんな気持ちは詰まっていた。
ルクスは、こっちを振り返って、それから、ちょっと笑った。
「有難うな。
お前はよく頑張った。」
そんな言葉がほしいんじゃない。
僕は、強くそう思ったけれど。
もはや、それを伝える術はなかった。




