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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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そこへ、大きなノックの音が響いて、扉を開けて入ってきたのは、老戦士だった。


「大賢者様。

 おからだは如何ですか。」


老戦士は、僕の寝台に駆け寄りながら、大きな声でそう言った。


「あの。

 ご迷惑をおかけしたみたいで。」


僕がそう答えるころには、寝台のすぐ近くまで辿り着いていて、ぬっと身を乗り出して、僕の顔を覗き込んだ。


身長が低いのと、寝台の高さがそこそこあるの、両方のせいなんだけど。

老戦士の顔は、ちょうど僕のすぐ目の前にきていて、僕はぎょっとした。


老戦士は、けれど、その位置から動こうともせずに、僕の目の中をまじまじと覗き込んだ。


「ふむ。

 もう、あの、おかしな目ではないな。」


「…おかしな目?」


聞き咎めた僕に、老戦士の目は、にっこりと笑いかけた。


「元に戻られてよかった。

 あのときは、心配しました。」


「元に、戻った…?」


「あー…、いや…」


お使者さんは、僕の前から老戦士を押し退けようとした。

だけど、重たい老戦士は、簡単には動かせなかった。

その瞬間、ちらりと、お使者さんの横顔に、なにか焦るような表情を見た。


老戦士を動かせない、と覚ったお使者さんは、あろうことか、老戦士の顔の前に、自分の顔を突き出した。


至近距離に驚いた老戦士は、反射的に、ぱっとからだを起こした。


お使者さんは僕に背中をむけていたけど。

その目は、老戦士に何か告げたようだった。


「お、おう…分かった。すまない…」


老戦士は、なにやらもごもごと、お使者さんに言った。


だけど、僕はもう、聞いてしまっていた。


「僕、おかしくなってた、のかな…」


恐る恐る、そう尋ねた。


お使者さんは、電光石火の早業、というのはこういうのを言うんだろうな、って感じに、くるっ、と振り返った。

その顔は、いつも通り穏やかな、安心するような微笑みを浮かべていた。


「いいえ。

 ただ、少し、魔法が暴走したのです。

 ご心配なさるようなことでは、ありません。」


「…魔法が、暴走…」


魔法…、暴走…


あのときは、確か、風を喚んだんだ…

どうして風を喚んだんだっけ?

風…、風…


「そうだ!煙の魔人!

 ランプ!

 そう、あの、ランプは?」


「ランプは、無事にこちらで保管してあります。

 なかなかに危険な魔法装置ですからね。

 可能であれば、この後、どこかに封印することになるでしょう。」


危険な、魔法装置…

そうなんだよ。

使う人によっては、とても危険なんだ。

そのランプは、王様の手にあって、だから、僕らは風を喚び、それを無効化しようとした。


ランプを保管してある、ということは、僕らはそれを王の手から取り上げたということだ。


あのランプさえなければ、王は、僕らの話しを聞くかもしれない…


そうだ。

僕らはそう考えていた。

なのに、交渉はうまくいかなかった。

どうして?


ランプをうまく取り上げたのに、王とは話しをできなかった。

どうしてなんだろう?


「…なにも、覚えて、おられぬのか…」


ぼそりと、老戦士はつぶやいた。

それはとても小さな声だったけれど、僕の耳に届いていた。


「覚えていない、んです。

 だから、教えてほしい。

 僕はいったい、なにをやったのか。」


なにをやってしまった、のか、って言うべきなのかもしれない。


小さなため息が聞こえた気がした。

僕の勘違いでなければ、お使者さんの吐いたため息だった。


「わたしたちの目的は、王の持つ魔法装置を無効化することでした。

 そして、その目的は、見事に達成されました。

 しかし、王は、疲れ果てて、眠ってしまいました。

 わたしたちは、王が目を覚ますのを待つよりも、そこから帰還することを選びました。

 ゆえに、王と話しをすることはできませんでした。」


畳みかけるように早口に、お使者さんは言った。

それは、確かに、その場で起こったことを、説明してくれてるんだけど。

どうしてだろう。

お使者さんは、何かを隠している、と、僕は感じた。


「ねえ?

 あなたは、何を隠しているの?」


僕のその問いに、お使者さんは、ぐ、と言葉に詰まった。

それは、隠し事をしている、という、何よりの答えだった。


そのとき、いきなり、ばたん、と扉を開く音がした。


「おい!大丈夫なのか?」


そう言いながら入ってきたのは、ルクスだった。


「ルクス?

 あれ?早かったね?」


来るのは明日か明後日だろうって思ってたのに…


ルクスは僕の寝台に辿り着くと、老戦士と同じように、僕の顔に顔を近付けて、まじまじと僕の目の中を覗き込んだ。


「…お前、なんだな?」


「???僕、だけど…」


なんなんだろう、みんなして、いったい。


そうしたら、ルクスはいきなり僕を抱きしめた。


「よかった。」


え?

なになに?

なんで、そんなふうにするの?


「よかった。還ってきてくれて。」


確かに、あのとき、僕らは、ルクスには無断で王のところに行ったけど。

ルクスは、だから、そんなに、心配したの?


分からない。

分からない…


僕の頭の中には、そればっかり、渦巻いていた。






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