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もう少し休むように、とお使者さんは僕に言って、部屋を出て行こうとした。
そのお使者さんに、僕は追い縋るように言った。
「あの。
眠ろうとしても、いろいろ気になっちゃって、眠れないから。
もう少し、話しをしてもらえませんか。」
お使者さんは、ほんの一瞬、迷うように目を動かしたけれど、そんなのは嘘だったみたいににっこりと微笑んでみせた。
「分かりました。
でも、おからだに障るといけませんから。少しだけですよ?」
分かりました、と僕も頷いた。
お使者さんは、寝台の脇に置いてあった椅子を引き寄せて腰掛けた。
それから、立ちっぱなしのチビ勇者にむかって言った。
「むこうの部屋に予備の椅子があったから。
君もここにいるなら、それを持ってきてもらえないかな。」
チビ勇者は、うんうん、と何回も頷いてから、つむじ風みたいに大急ぎに椅子を取りに行った。
「あの子はね、誰より、あなたのことを心配してね?」
お使者さんは、チビ勇者の背中を見ながら言った。
「本当に。
かわいそうなくらい、憔悴してて。
大丈夫だから、と誰が言っても、一切信用しなくてね。
あなたの傍から絶対に離れようとしなかった。」
…そうなんだ。
僕は、チビ勇者には、まだあまり気を許していない。
どうしても、嫌い、という気持ちを消し去れないままだ。
チビ勇者をかわいそうだと思う気持ちがないわけじゃないんだ。
だけど、それでも、どうしても、チビ勇者のことを、仲間だ、とか、大切な人だ、とは思えない。
チビ勇者のしたことを、どうしたって、認められない。受け容れられない。
もしかしたら、永遠に、僕は、この気持ちからは逃れられないのかもしれない。
チビ勇者だけが悪いんじゃないとか。
あの状況で、チビ勇者はただ必死に勇者になろうとしていただけだとか。
そんな言葉は、いくらでも思い付くけれど。
それでも、それは全部、僕の身長よりちょっと高いところを、すらすらと素通りするだけで。
僕の中には、まったく入ってこないんだ。
ああ、あんなところを、漂っている、って、見えてはいるけど。
手を伸ばせば、そこにだって、届きそうなんだけど。
僕は、頑なに、手を伸ばすことを拒み続けている。
多分、それは、チビ勇者にも伝わっていて、きっと、チビ勇者を今も傷つけ続けていると思う。
それでも、チビ勇者が僕から離れていこうとしないのは、もしかしたら、それを償いだと思っているからだろうか。
もうずっと、そんな歪な気持ちのまま。
僕はチビ勇者と一緒にいる。
お使者さんは、黙っている僕を、静かに見つめていた。
彼は、いつも、何もかも分かっている人の目をしている。
僕はだから、ズルをして、正直な気持ちは打ち明けなかった。
多分、それを言ってしまうには、自分の弱さだとか、狡さだとかを、さらけ出さないといけなくなるから。
お使者さんは、本当に何もかも分かっているのか、それとも、単に元からそういう顔をしているのかは分からないけど。
僕は勝手に、言わなくても分かってくれているだろう、ということにしておいた。
「…ここは、どこですか?」
少し考えてから、僕はそう尋ねた。
話しを変えるきっかけに、当たり障りのないことを言おうとしたんだ。
お使者さんは、すぐに答えてくれた。
「わたしの故郷の郷です。
ここに帰る魔法通路なら、わたしにも開けるので。」
お使者さんは、いわゆる第四の民、だ。
第四の民は、みんな、何かの魔法の力を持っている。
お使者さんは、そのまま、僕が尋ねる前に、僕の尋ねたかったことを話してくれた。
「ルクス王には、無事帰還したことを報告してあります。
ルクス王も、よくやった、と、言ってくださいました。
ただ、魔法の消耗で、あなたが眠っているとも伝えましたから。
あなたが目を覚ましたら、会いにこられるとおっしゃいました。
さきほど、あなたのお目覚めも伝えましたから、じきに会いにこられるでしょう。」
「ルクスのいるところは、ここから遠いんですか?」
「ええ、多少は。
ただ、魔法通路もありますから。
移動に問題はないと思いますよ。」
第四の民は、郷と郷の間に、魔法通路を開く力がある。
その通路の行き来は、だいたいどこも、一日くらいだ。
なら、ルクスには、明日か、明後日くらいには会えるかもしれない。
そのころには僕のほうももう少し回復するだろうし。
なんなら、こっちから会いに行ってもいいかな。
なにせ、ルクスは、とにかく忙しいだろうから。
「僕は、どうやってここに連れてきてもらったのでしょうか。」
本当に尋ねたいのは、それではなかったけれど。
なかなか核心を口に出せなくて、僕は、回りくどい尋ね方をした。
「わたしたちみんなで運びました。
というより、ほとんど、あの子が、あなたを抱えて戻りました。」
「チビ勇者が?
あんなに小さいのに?」
「大人たちが、手を貸そうとしたのですけれどね。
頑なにそれを拒んで。
もっとも、飛行円盤もありましたから。
それほど、無茶なことでもありません。
だから、わたしたちも、あの子の気の済むようにさせていました。」
そっか。
やっぱり、じゃあ、次に顔を見たときには、お礼くらい、言わないといけないな。
「あの王との、交渉は?」
そう尋ねると、お使者さんは、初めて僕からちょっと目をそらせた。
それから、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。
わたしの力不足です。」
「交渉は、うまくいかなかった?」
少し考えれば分かることなのに、僕はわざわざ確認した。
すると、お使者さんは、視線を落としたまま言った。
「大変、申し訳ありません。」
「あの。僕に謝る必要はありません。
というか。
うまくいかなかったのは、僕のせいでしょう?」
僕はため息を吐いた。
「僕は、あの場で、何をしてしまったんだろう。」
よく覚えてない。
それは正直なところ。
だけど、なにか自分が大きな間違いを犯したような。
そんな気がしてならない。
お使者さんは、言い難そうに、次の言葉を呑んだ。
それが、僕の推測が当たっているという答えにもなっていた。
お使者さんは、少し考えてから、改めて言った。
「申し遅れました、大変失礼をいたしました。
わたしは、まず、あなたにお礼を言うべきでした。
あの場所からわたしたちを救出してくださり、本当に有難うございます。」
「あの。
いや。
それじゃなくて。」
お使者さんは、僕の言葉を遮るように言った。
「ルクス王の望んでおられたことは、親衛隊隊長とわたしの、消息の確認だった、と聞いております。
あなた方は、それを果たし、その上、わたしたちの救出まで、成し遂げられました。
立派に使命を果たされました。」
人の言葉を遮るなんて、そんな無作法なこと、お使者さんが理由もなしにやるはずがない。
だけど、お使者さんはあえてそれをやった。
僕はちょっとびっくりして、そのまましばらく、黙っていた。




