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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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王の顔はいっぺん見てみたい、と思ってた。

だけど、実際に見てみて、そんなに嬉しくはなかったな、って思った。


僕は、夢を見た。

夢にずっと会いたかったヘルバが出てきた。

ようやく、会えた!

僕は、駆け寄って、尋ねようとした。


僕の魔法は、間違っていませんよね?


だけど、走っても、走っても、僕は、ヘルバのところに行きつかない。

ヘルバはすぐそこにいるのに。

大声を出せば、聞こえるくらいの近さに。


僕は諦めて、その場から、大きな声で叫んだ。


「僕は、間違ってないよね?」


だけど、何も答えてくれない。

ただ、ちらりと、困ったように微笑んだ、その微笑みだけ、目の端に映った。


そこからはもう、何が何だか、分からない。


青い鳥が百羽、一斉に僕に襲い掛かってきた。

鳥は全部、幻なのに、僕の視界は真っ青に染まって、僕は身動きできなくなった。


立ち尽くす僕を、青い鳥たちは、包み込んで、また光った。


淡く、優しい、けれど、絶対的に抗えない光で。


僕はそのまま、眠りに堕ちた。


夢の中なのに。

もっと深い眠りの中へ。

夢も見ない、眠りの中へ…


僕は、王と、話そうと、思って、いたんだ…

だけど、話す、暇は、なかった…

気が、ついたら、僕は、王を、踊らせていた…

息が切れても、疲れ果てても、休むことを許さずに…


はっと気付いたのは、寝台の中だった。

やわらかくていい匂いのする寝具に包まれていた。


目を開いた途端に、丸い目と目が合った。

その目があんまり間近で、じっと僕を見つめていたから、僕は驚いて、ちょっとからだを引いた。

そうしたら、丸い目は、一回、ゆっくりと閉じて開いてから、弾かれたみたいに、僕の顔の前から逃げた。


?

今のはなに?


ばたん、と戸を開け閉めする音がして、それから、ぱたぱたと走って行く音がした。

ここはどこかの部屋のようだ。

懐かしい、木の匂いがする。


ゆっくりとからだを起こそうとしたけど。

からだに力が入らない。

まるで、大精霊に会いに行った後みたいに。

また回復に何日かかかるのかなあ。

僕は、ため息を吐きたくなった。


せめて、目を動かして、辺りの様子を伺った。

天井も壁も木でできている。

ちょっと郷の家に似た雰囲気。

僕の寝ている寝台は、少し小さめなのか、二台並べて継ぎ足してあるようだ。


ここは、どこだろう?


とりあえず、危険はなさそうだけど。


僕は、ゆっくりと記憶を辿ろうとした。


確か、僕は、王から魔法装置を取り上げるために、風を喚んで…


………


………あ、れ?


そこから、どうしたのか、思い出せない。


こんなふうに動けないのは、全力で魔法を使ったせいだ。

それは、分かるんだけど。

僕はいったい、全力で、なんの魔法を使ったんだっけ?


いや、待って。


さっきまで見ていた夢。

夢の中の僕は、ひどく何かを後悔していた。

そう。

後悔していたんだ。それは間違いない。


………

だけど。

僕は、いったい、なにを、後悔していたんだろう?


するすると逃げて行く記憶の尻尾を、掴もうと手を伸ばしたけれど、それは僕の指先をすり抜けて、そのまま逃げて行ってしまった。


………。

こんなことは、一度もなかった。

魔法を使って気を失って、何日かして目を覚ましたことは、何回もあるけど。

その間のことを覚えてない、なんてことはなかった。


いったい、僕は、なにを、やったんだ?


………分からない。


その分からないのが、とても気持ち悪くて、不安になる。


改めて、もう一度記憶を辿ってみよう。

そう、分かるところから、丁寧に。


それを始めようとしたときだった。

遠慮がちに戸を叩く音がして、静かに扉は開いた。

それから、そぉっとそぉっと、足音を忍ばせるように、近付いてきたのは、お使者さんだった。


「あ。

 ………どうも。」


他に言いようはないもんかな。と、毎回思う。


お使者さんは、にこっと笑って、あの、高過ぎず低過ぎず、耳に心地よい声で言った。


「ご気分は、如何?」


「あ。

 その、気持ち、悪い、です。」


さっきまで考えてたのを、うっかりそのまま言ってしまってから、あ、しまった、って思った。


形のいい眉をひそめたお使者さんに、僕は慌てて、言い訳するみたいに言った。


「あ。

 いやその。

 からだのどこかの具合が悪い、んじゃなくて。

 僕、その、あんまりよく、覚えてなくて…

 そんなこと初めてだから、なんか、怖い、って言うか、気持ち悪い、って言うか…」


お使者さんは、僕の支離滅裂な言葉の羅列を全部聞いてから、ゆっくりと頷いた。


「大丈夫。

 混乱しておられるのでしょう。

 青い鳥たちも、あなたのからだに異常はみられない、と言っていました。

 郷の医師も、魔法を使ったことで、からだに負担がかかっただけだから、休めばじきによくなる、と申しております。」


「あ。そう。

 そうなんです。

 これって、大きな魔法を使った後によくなる感じにちょっと似てて。

 だけど、今までは、魔法を使ってる間のことも、ちゃんと覚えていたのに…」


不安そうに見上げた僕に、お使者さんは、ゆったりと微笑んでみせた。


「大丈夫。

 それもじきによくなります。

 今は、あまり考え込まずに、ゆっくりと休みましょう。」


響きのいい声で、ゆったりとそう言われると、確かにそうしたくなる。


と、ふと、しくしくと、幼い子どもの泣くような声が聞こえた。

泣き声を立てないように、必死に堪えてるけど、それでも漏れてしまったような、どこか苦し気な声。


「…?

 誰か、いるの?」


すると、お使者さんは、横にいたチビ勇者を抱えて、僕に見えるようにしてくれた。

寝台と寝具の高さに紛れて、姿が見えなかったんだ。


チビ勇者は顔を真っ赤にして、必死に涙を堪えているみたいだった。

だけど、溢れる涙は、丸い玉になって、ぼろぼろとその目から零れ落ちていた。


その目を見て、はっとした。

そうだ。

目を覚まして最初に見たのは、この目だった。


「どうして泣いてるの?」


僕は、チビ勇者のほうに手を伸ばそうとした。

自分の手の重さにすら耐えられなくて、すぐに、ぱたんと落ちてしまったけど。

お使者さんは、僕の手を取って、そっと、チビ勇者の手を握らせてくれた。


「安心したのかな。

 彼はずっと、あなたのことを、心配していましたからね。」


「そうなの?」


僕が尋ねると、チビ勇者は、ぶんぶんと首を横に振った。

涙の玉をたくさん振り飛ばして。


「ずっと、あなたの傍についていたんです。

 休むように言っても、言うことをきかずにね。」


「そうなの?」


もう一度尋ねたら、今度はさっきよりもっと涙を振り飛ばして、首を振った。


僕はちょっと笑って、チビ勇者の指を握る手に力を込めた。

そうしたら、チビ勇者も、ぎゅって僕の手を握り返した。


「有難うね。」


ゆっくりとそう言ったら、チビ勇者は、見開いた目をして僕を見た。

それから、小さくひとつ、うなずいてみせた。
















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