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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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仕方ない。

老体に鞭打って、頑張りますか。


僕は目を閉じて意識を集中した。

辺りに満ちるエエルの気配を探る。

風の歌…風の歌…

あ。いた。


研究院の中のエエルの流れは、建物中に張り巡らされた糸で制御されてるから。

風のエエルの流れは、容易く見つけられた。


風、土、火、水。

だいたい、この四つのエエルは見つけやすい。

その辺にもたくさんあるんだけど。

研究院だと、この四つのエエルは絶え間なく、糸に流されているんだ。

あとは、僕だと、草や花、木や森のエエルは、探さなくても分かったりする。


氷、石、音、光。

そういうエエルも、水や、土や、風や、火のエエルによく似ていて。

風、土、火、水、を探すのと同じように見つけられる。

そんなふうに、ほんの少し形の変わったエエルを探すにも、基本は、風、土、火、水、のエエルを探ればいいから。

いろいろと慣れてきて、風、土、火、水、は見つけやすいんだ。


なんてことも、最近になって、だんだん分かってきたんだ。

どうやって分かった、ってわけでもないんだけど。

いろんなところで、いろんな人から教わったり、少しずつ、自分で分かったりしたことが、あるとき、ふっと繋がって、ああ、そうだったのか、って感じ。


僕は、ゆっくりと、見つけたエエルに意識を繋ぐ。


前はこれ、エエルの歌っている歌を、僕の笛で吹くことで、繋がってたんだけど。

笛使っちゃまずい、ってなってから、これも少しずつ、笛を介さなくても、エエルと意識を繋げるようになっていったんだ。

これも、どうやって、ってこともないんだけど。

心の中で、声には出さずに一緒に歌う、に近いかな。

歌は、下手だから、誰かに聞かれたくないし、声には出さない。


すると、すぃっと、というか、かちっと、というか、ふいっと、というか、とにかく、エエルと僕の意識の半分くらいが、繋がった感じになる瞬間があって。

僕の意識の残りの半分は、こっちの現実世界に残ったまま。

僕の意識の半分は、エエルたちと共有しているような感じになる。


魔法って、のは、基本は、お願い、なんだけどさ。

精霊に、力を貸してください、お願いします、って頼むんだけどさ。


でも、この半分意識の繋がった状態、になると、お願い、ってより、エエルたちが、僕の願うより先に、僕の意識の奥底にある願いを叶えてしまう、みたいな状況になるんだ。


それはねえ、何も考えずに、散歩してるとき、足が勝手に動いて進む、みたいな。

そんなときも、目はちゃんと周りを見ていて、たとえば、目の前に木が生えていたら、避けろ、って考えなくても、からだは、すっと避けてくれる、みたいな。

そんな感じに近いかな。


あの、精霊たちと一緒に大盛り上がりして歌ってた、あれも、今から思えば、そうだった。

精霊と僕の心は、歌で繋がって、ひとつになってた。

ただし、今は、そんなに大盛り上がり、してるわけじゃない。

もっと静かに、意識の奥底を共有してる、感じ。

だけど、この感じ、ぞくぞくして、ちょっと楽しい。

これから何か起こるぞ、って、期待に満ちていく、感覚かな。

このわくわく感って、多分、僕の、じゃなくて、精霊たちの、だ。

だけど、僕もその感じを共有して、一緒にわくわくしてしまう。

精霊たちと僕とは、心の底がひとつになっちゃってる、んだ。


この魔法の使い方は正しいのかどうかよく分からない。

同じように魔法を使う人が、僕の周りにはいないから。

もしかしたら、ヘルバなら分かるかもしれないけど。

ヘルバのほうから夢に出てくれない限り、僕は、ヘルバには会えない。

もしも、会えたなら、是非とも、尋ねたい、って思ってるけど。


ただ、笛の使えない状況じゃ、せめてこのくらいやらないと、本当に、僕、なんにもできないから。

今は仕方なしに、このままやってる、って感じ。


とにかく、そうやって、僕はここにいる風のエエルと繋がった。

そうそう、エエルと繋がっていると、不思議と、そのエエルの性質?みたいなものに、僕も影響されてしまう。

風だと吹きたくてたまらなくなる、みたいな。

風は、止まったらもう風じゃないから。

とにかくじっとしていられないんだ。


ここで暴走しちゃ、計画が台無しになるから、僕は今にも駆けだしそうなのを、なんとか堪えた。


うう。でもこれ、あんまり長くは、もちそうにないや。


僕は、必死に意識を逸らせようと、考え事をした。

煙の大男ってのは、出てくるとき、煙なんだろうけど。

大男になっても、煙なのかな。

それとも、大男になったら、普通に触れるからだを持つのかな。


煙のままだと、攻撃しようにも、すかっ、って、すり抜けて、当たらないだろうし。

大きくて怖い顔をしてたら、びっくりはするだろうけど。

護衛の役、ってのには、あんまり立ちそうにはない。


大男は、老戦士を捕まえた、って言ってたから、少なくとも、すり抜けはしない。

ならやっぱり、ちゃんとからだはある、ってことだ。


なら、魔法装置を無力化するためには、大男が煙のうちに、吹き散らさなくちゃいけない。

もしかしたら、吹き散らされても、また集まってくるかもだけど。

それが、集まらないように、ずっと吹き続けなくちゃ。


とはいえ、部屋の中に風を吹かせるのは大変だ。

風の通り道がないと、中でぐるぐると回っちゃう。

そうなったら、味方にも、迷惑なんじゃないかな。


「いっちゃん、きゅうちゃん、この部屋って、窓、開いてる?」


窓があるのは、知ってる。

だって、僕、前に、この部屋にいたんだから。


「チチチチチ…

 シマッテイマス。」


「じゃあ、まず、部屋に入ったら、何より先に、窓を開けてほしい。」


「分かりました。

 では、それは、わたしが引き受けましょう。

 武器は扱えませんが、窓を開けることは、できるでしょうから。」


お使者さんが快く引き受けてくれた。


「助かります。

 けっこう、大事な役目なんで、お願いします。」


いや、この場に、大事じゃない役目なんか、なにひとつないだろうけど。


「王は、わたしと、チビすけで取り押さえましょう。」


老戦士は自分の胸を叩いた。


「お願いします。

 可能なら、ランプを先に取り上げて?」


ランプさえ手に入れたら、煙の大男は、僕らの言うことを聞くと思うんだ。

つまり、形成は大逆転。


「僕、ランプを取れないか、やってみるよ。」


チビすけ、もとい、チビ勇者はそう言った。


「そうじゃな。

 チビすけのほうが、身が軽いじゃろうから。

 わたしは、王を取り押さえることに集中しよう。」


なんとなく、みんな適材適所に、役割を分担だ。


「よし。

 じゃあ、行こう!」


出発の号令なんて、いつもは僕の役目じゃないと思うんだけど。

さっきから、もう、風のエエルにうずうずして、これ以上、じっとしてられなかった。


「カイジョウ、シマシタ。」


いっちゃんの声と同時に、老戦士は、扉を大きく開いていた。










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