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チビ勇者は、おもむろに扉に手をかけた。
それから、もっとゆっくりと、扉を手前に引いた。
音もなく、じりじりと扉が開く。
僕はただ、息をするのも忘れて、その様子を凝視していた。
今にも襲い掛かられるかもしれない。
剣を突きつけられるのか、矢が飛んでくるのか。
もしかしたら、魔法かもしれない。
緊張で、ぶるぶると震える。
けれども、攻撃らしきものは、されなかった。
扉を開ききると、チビ勇者は、中にむかって、声をかけた。
「僕たちは、ルクス王の命を受けて、あなたの助けにきました。」
いや、実際には、命令は受けてないんだけど。
ここは、受けたことにしといても、問題はないだろう。
僕も、チビ勇者の後ろから、声をかけた。
「あの。
僕たち、敵じゃありません。
どうか、信じてください。」
中からは何の反応もない。
まあ、そうあっさり信じてはもらえないだろうとは思う。
「ネツゲンハ、ヘヤノオクヘト、イドウシテイマス。」
相手は、どうやら、先手必勝ではなく、僕らの様子を見てから行動することにしたらしい。
それだけでも、少しは、成功の確率は上がったんじゃないかな。
けれど、説得するためには、僕らも部屋の中に入るしかなさそうだった。
チビ勇者は、大きくひとつ息をすると、歩きはじめた。
右からくるか。左からくるか。
はたまた上か。
意表をついて、下からとか。
僕はもう、心臓が口から飛び出しそうで、このまま気を失うんじゃないかと思った。
僕よりもチビ勇者のほうが、ずっと落ち着いて見えた。
チビ勇者は、ゆっくりと、扉の内側へ足を踏み入れる。
僕もその後に続こうとしたら、チビ勇者は振り返って言った。
「笛使いは、ここにいて。
扉を、抑えておいてほしい。」
「え?
でも…」
「扉が閉まってしまったら、僕も逃げられなくなるから。」
それも、そうだけど。
扉には滑車と紐と錘がつけてあって、勝手に閉まるようになっていた。
普段なら、便利な仕組みだけど、こういうときには困る。
扉を抑えておく重石になりそうな物は、中に入らないと取れない。
「…分かった。」
鈍い僕がついていくのは、足手まといになるかもしれない。
そうも考えて、僕は、チビ勇者について行くのは断念した。
チビ勇者は、続けて注意するみたいに言った。
「なるべく、扉の後ろに隠れていて。
もしも、僕が失敗したら、扉を閉めて、逃げて。」
「なんてこと言うの!」
僕は思わず、子どもを叱るような口調になった。
「そんなこと、するわけない。
いや、そもそも、失敗なんて、あり得ないから。
バカなこと言うなら、今すぐ君をここから連れて逃げる。」
そしたら、チビ勇者は、困ったように笑った。
「ごめん。
分かった。
でも、扉の陰には、隠れていて。」
それは、百歩譲って、言うことをきくことにした。
逃げるのが中の人の目的なら、こっちに来るかもしれないし。
怪我しないように、最低限、自分くらいは護らなくちゃ。
「いっちゃん、君はチビ勇者についていって。」
僕は肩に乗ってる青い鳥にお願いした。
いっちゃんは、自分じゃ魔法も使えないし、物に触ることもできないけど。
熱源を感知したりして、襲われる前に警告はしてくれるかもしれない。
「承知しました。」
いっちゃんはそう言うと、チビ勇者の少し前を飛び始めた。
「あ。
一応、これ、持っといて。」
僕は、いっちゃんの携帯端末をチビ勇者に押し付けた。
部屋の中くらいなら、端末がなくても大丈夫かもしれないけど。
チビ勇者は、代わりに、そっくりな端末を僕に渡した。
「じゃあ、こっち、預けておくよ。」
チビ勇者に付き従っていた青い鳥は、僕の肩に移って、無表情な声で言った。
「ショウチシマシタ。」
「イマノジョウキョウデ、セイコウノカクリツハ、60パーセント、デス。」
いっちゃんも、負けず劣らぬ無表情に言った。
きっと、今頃、その内側じゃ、ものすごく忙しく、計算したり、検索したり、通信しているんだろう。
60パーセント、か。
さっきより、ずいぶん、マシになったじゃないか。
「アイテニハ、コチラノヨウスヲ、ミキワメヨウ、トイウ、イシヲ、カンジマス。」
だといいんだけど。
たったひとりで、救出にむかったくらいだから。
きっと、百戦錬磨の腕前と、胆力のある人なんだと思う。
そんな大物なら、きっと、大丈夫。
なんて、根拠のない説得を、自分に繰り返す。
その間にも、チビ勇者は、ゆっくりと部屋に入って行った。
見える間は、ずっと、チビ勇者の背中を目で追っていた。
それにしても、小さい背中だ。
今は、弓も背負ってない。
あんなに小さくて、襲われたら、ひとたまりもなさそうに見えるんだけど。
大丈夫かな。
追いかけたい衝動を、僕は必死にこらえた。
僕が行ったら、ほぼ間違いなく、チビ勇者を余計、危うくさせるだけだ。
ゆっくりと、チビ勇者は角を曲がって、その背中が見えなくなってしまった。
僕はもう一度、追いかけたい衝動に襲われた。
せめて、見えるところまで。
ダメかな?
まあ、ダメなんだろうなあ。
自問自答を繰り返し、理性的に振る舞おうと努力する。
にしても、しんどい。
やっぱり、一緒に行けばよかった。
僕だって、怖いけど、こんなところで、チビ勇者のことを心配してるより、百倍マシだ。
意識を逸らせようと、無意味に数なんか数えてみた。
そして、三百まで数えたところで、我慢しきれなくなった。
やっぱり、行こう。
チビ勇者は、もしかしたら、声も出せないうちに、倒されてしまうかもしれない。
いや、そのときは、いっちゃんが教えてくれるだろうけど。
そのときに僕が傍にいれば、すぐに、治癒術をかけられる。
だけど、居場所が分からなくて探してたりしたら、間に合わない、なんてことも、あるかもしれない…
そう。
そんなことにはなりたくないから。
行く。
僕は、ひとつ頷いて、足を踏み出そうとした。
そのときだった。
殺気、というのは、こういうのを言うに違いない。
という気配を感じた。
それから。
耳をすませていなければ、きっと、聞こえないくらいの、小さな物音。
一瞬遅れて、チビ勇者の置いて行った青い鳥が、ピピピピピ、という警告音を発した。
僕はもう、その音の鳴る前に走り出していた。
そう。最初のあの、殺気、を感じたのと同時に。
「キケンキケン!
ソチラハキケン!
ソッチニイッテハイケマセン!」
青い鳥が何か叫んでるけど。
僕の耳には、まったく、届かなかった。
チビ勇者!
大丈夫。
すぐに治してあげるから。
その言葉しか、頭の中になかった。
案内もなしに、よくその場所が分かったもんだと、後になってから思ったけど。
僕は、迷うことなく、真っ直ぐにチビ勇者のもとへと辿り着いていた。
目の前には、大人の平原の民の背中があった。
平原の民?
え?第四の民じゃなかったの?
もしかして、ここにいたのは、僕らの仲間ではなくて、ここの兵士だったのか?
だけど、やる気のなさそうなここの兵士たちとは、あきらかにその様子は違っていた。
ここから見ても分かる。
簡素な鎧を着けているけれど。
鎧の下の筋肉は、もりもりと盛り上がっていて、すごく力がありそうだ。
その腕や背中は、一人前の戦士のものだった。
丸太みたいなその腕は前に回されていた。
もしかしたら、あの腕に、チビ勇者は拘束されているのかも。
ちらりと、戦士の肩越しに、なにか光った。
まさか、剣を持っているのか。
あの光り方は、すごくよく切れる刃のものだ。
チビ勇者が暴れている気配はない。
もしかしたら、もう、気を失っているのか?
まさか、失ってるのは、気、だけだよね?
もしも、どこか怪我をしているのなら、早く、治さなくちゃ。
ヤバいヤバいヤバい。
僕の中に、警告音が鳴り響く。
こんな相手と僕が戦えるはずがない。
逃げろ逃げろ逃げろ。
本能が言い続けている。
だけど、僕は、それを無視して、叫んだ。
「その子を離せ!」
すると、ゆっくりと、戦士は僕を振り返った。




