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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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お使者さんの話しでは、この保管庫に閉じ込められたきり、誰もここには来ていないらしい。

食事や水ももらえなかったそうだ。


「チチチチチ…

 コノヘヤノ、カギガ、サイゴニ、カイヘイ、サレテカラ、トオカガ、ケイカシテイマス。」


十日?


なんてことだ。

よく生きていてくれたと思うよ。


「この部屋には窓がありませんから。

 あれから、何日経ったのかも、分かりません。」


お使者さんは、そう言って苦笑いした。


きゅうちゃんはそれに説明を付け足してくれる。


「基本的に保管庫には窓がつけられていないんだ。

 日光や外の風は、保管物を劣化させることがあるから。

 部屋の明かりは、中に人がいる間は、自動的に点灯する。

 これには、保管物を劣化させない魔法光が使われている。

 換気も、温度や湿度の管理も、すべて、魔法装置に制御されているんだよ。」


そっか。

暑いとか寒いとか暗いとかは、なかったんだ。


だけど、ずっと、こんな場所に閉じ込められて。

いつ救いが来るかも分からなくて。

それは、とても辛い時間だっただろう。


「外の様子を見られなかったのが、かえってよかったのでしょう。

 どのくらいの時間が経ったのか、まったく分かりませんでしたから。

 まあ、そのうちなんとかなるだろう、と。

 ここにもたれて、ずっと、うつらうつら、しておりました。」


そうしてくれたのは、かえって、体力の温存になったかもしれない。

それにしても、十日も放っておくなんて、ひどすぎる話しだよ。


「大賢者様は、命の恩人です。

 助けに来てくださって、有難うございます。」


「僕の前にも、あなたのことを救出にきた人はいるんですよ。」


って、そっちの人も、助けに行かなくちゃ。


お使者さんは、治癒術で、少しは元気を取り戻していたけど。

とてもじゃないけど、研究院を歩き回らせられるような状態じゃなかった。


「不安かもしれないけど、このまましばらくここにいてもらえませんか?

 きゅうちゃん、君は、この人とここにいてもらえないかな?」


きゅうちゃんなら、話し相手にもなれるし。

それに、何かあっても、いっちゃんにすぐ通信してくれるから、僕も安心だ。


「いいよ。分かった。」


気安く返事をするきゅうちゃんに、いっちゃんは、チチチチチ、と何か言う。

それに、きゅうちゃんも、チチチチチ、と何か返した。

なに?ふたりして、内緒話?

それから、いっちゃんは、くるっと僕を振り返った。


「承知いたしました。

 では、仕方ありませんから、わたしとふたりで、まいりましょう。」


ねえねえ、その、仕方ありません、ってのは、どういう意味かなあ?

というのは、聞かなくていいか。


お使者さんときゅうちゃんをそこに残して、いっちゃんと僕は、次の部屋へとむかうことにした。

念のため、鍵はもう一度かけておく。

十日も見に来ないんだから、見に来ないかもしれないけど。

万にひとつ、見張りが確かめに来ても困るしさ。


もしも見張りが来たら、きゅうちゃんは姿を消すことができるし。

お使者さんにも、ぐったりしたフリをしてもらうように、頼んだ。


「ねえ、だけどさあ、いくら捕虜だからって、十日もほっとくなんて、あり得る?」


道々、僕は、いっちゃんにぶつくさ言った。

いっちゃんは、大真面目に、ケンサクチュウ、を繰り返した。


「もしかしたら、もう二度と、保管庫から外には出さない、つもりだったのかもしれません。」


「え?

 なに、それ?

 どういうこと?

 大真面目にそんな怖いこと、言わないでよ。」


つまり、閉じ込めたまま、水も食糧も与えないで、命の尽きるまで、いやもしかしたら、その先もずっと、放っておくつもりだった、ってこと?


「いくらなんでも、そんなひどいこと…」


人が、人に、するものなの?


「………この世界は、あなたの思慮の届く範囲より、もっと広いのですよ。」


いや、なに、それ。

なんか、僕、今、いっちゃんに、お説教された?


むぅ、と僕は押し黙ったけれど。

でも、いっちゃんの言うことも、分からないわけではなかった。


そうだ。

前にオルニスも、似たようなこと、言ってなかったっけ。


僕は、多分、もうけっこう、長く生きてるんだろうけど。

この世界のことも、ここに棲む人たちのことも、全然、分かっていないんだろうな。

その証拠に、今、実際に体験しているこの状況を、いまだに、現実のことには思えないでいるんだ。

ただただ、恐ろしくて、悲しくて、辛い。

なんだって、こんなことを、としか思えなくて、その先に考えが巡らない。

多分、それは、僕の知っている世界が、今のこの現実世界よりも、ずっと狭いからだ。


だから、大賢者様、なんて呼ばれるの、嫌いなんだ。

賢者、だなんて。僕は、全然、相応しくない。


僕はもっと、いろんなことを知らなくちゃいけない。

そう強く思う。

だけど、その裏側で。

もうこれ以上、辛い現実なんか、知りたくない。

森の奥深くに閉じこもって、永遠に平穏に暮らしていたい。

それも、強く思うんだ。


「フノオーラヲ、カンチシマシタ。」


うへっ。

またきた。


僕はひとつ深呼吸をする。


とにかく、今は、もうひとり閉じ込められている人を助けなくちゃ。

その人もきっと、何日も、閉じ込められたまま、ほったらかしにされてるんだろうから。


「チチチチチ…

 ソチラノ、トビラノ、カイヘイハ、イツカマエニ、サレタキリデス。」


五日。

お使者さんよりはましかもだけど。

それにしたって、長い時間だ。

僕なら、きっと、耐えられない。


「チチチチチ…

 ホカンコナイノ、マホウコウニ、チユノヒカリヲ、コンニュウシマス。」


え?

そんなこと、できるの?


「それなら、是非、さっきのお使者さんにも。」


「モチロンデス。」


せめて、少しでも、回復しておいてもらいたい。

ここを出られたとしても、まだ、仲間たちのいる郷までは、逃げなきゃいけないんだから。


魔法通路は開くけど。

その中は、やっぱり、歩いてもらうしかない。


「チチチチチ…

 ワタシタチヲマツアイダ、サギョウリョウガ、ゲンショウシマスカラ、ソノアイダニ、シュウリノカノウナ、ヒコウエンバンヲ、ヨンキ、ヨウイスルヨウニ、キュウジュウキュウゴウキニ、モウシツケテアリマス。」


え?

今、なんて、言った?


「アオイトリニハ、シュウリノタメノブヒンヲ、サガサセテイマス。」

 

もしかして、さっきの内緒話は、それだったの?


いっちゃんの話し方は、少しぎこちなかった。

多分、僕に話しながら、同時に青い鳥たちとも、話しをしているんだろう。


それが終わったのか、また急に、いっちゃんは、くるっとその場で回ると、ポーズを決めてから、流暢に言った。


「チチチチチ…

 わたしたち、青い鳥に、ぬかりはありません。

 先回りして、先手必勝。

 わたしたちは、幸運を運ぶ、青い鳥。」


「まったくだ。

 君たち、とっても、素晴らしいよ!」


「おう。歓喜!歓喜のオーラを検知しました!」


あ。やっぱり。そりゃあ、僕から、あふれちゃったんだね。


よしよしよし。

なんだか、なんとかなる、ような気が、してきたよ。





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