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いっちゃんは口をぱっくり開くと、もう一度、研究院の見取り図を出してみせた。
そこにはふたつの赤い点と、無数の黒い点も記されていた。
黒い点は、小さな虫のように、むずむずと移動していた。
青い鳥の印のあるのは、僕らのいる部屋だろう。
そこから、つつっと青線が延びて、廊下を進む。
黒い点々を避けて、いくつか角を曲がると、ひとつめの赤い点のある部屋に辿り着いた。
「こんなふうに行けば、大丈夫かな?」
了解。
僕は、もう一度念入りに確認しようと、見取り図を覗き込んだ。
と、いきなり、ぱっと、図は消えてしまった。
「一応、図はお見せしましたけれど、もちろん、覚えていただく必要はありません。」
「心配いらないよ。
ちゃあんと、きゅうちゃんたちが、連れて行ってあげるからね?」
「苦手分野を克服するのは重要なことですが。
今は、そんなことをしている場合じゃ、ございません。」
「また今度、暇なときに、君の訓練には、付き合ってあげるよ。」
あの。
それは、どうも、いろいろと。
お世話になります。
よろしくお願いします、と、僕は、鳥さんたちに、お辞儀をした。
「承知いたしました。」
「任された!」
鳥さんたちは、意気揚々と、頷いてくれた。
保管庫を出て、歩き出す。
青い鳥さんたちの情報網は、しっかりと兵士を見張っていてくれてるから、なんだか安心。
僕は、まるで散歩中みたいに、歩きながら、いっちゃんたちに話しかけた。
「そうだ。
僕のいた部屋なんだけどさ。
見張りが確認に来たり、とかしてないかな?」
騒ぎにもなってないし、逃げだしたのは今のところ、バレてないみたいだけどさ。
バレたらそれはそれで、面倒なことになるだろうと思うんだ。
「ふっふっふ。
今頃気付きましたか。
もちろん、それは先に手を打ってありますとも。」
「心配はいらない。
きゅうちゃんたちに、ぬかりはないよ?」
本当、頼りになって助かるよ。
「兵士の動きは、一体一体、監視しています。
今のところ、あなたの逃走には気付かれていません。」
「一応、ね、君の幻も、あの部屋に作ってあるんだよ。」
きゅうちゃんはいたずらをたくらむ子どもみたいに、肩をすくめてみせた。
それから、いっちゃんときゅうちゃん、目を合わせて、くくくくくっ、と笑った。
「簡単な受け答えくらいはできるようにしてありますよ。
もちろん、あなたの声色で。」
「彼らは、君にあんまり興味ないみたいだし。
よっぽど傍に近付かない限りは、バレないと思うなあ。」
なんとなんと。
手回しのいいことで。
「というか、閉じ込めてから一度も、食事や水も、持ってきませんね。」
「森の民は、霞を食べて生きている、って、本気で信じてるのかな。」
まあ、そのおかげで逃げたことに気付かれてないなら、よかったと思おうよ。
「もしも、やる気のなさを数値にするなら、彼らのやる気は、ほぼゼロですよ。」
「命令されて仕方なくやってるけど、言われないことはやりたくない、でほぼ一貫してるね。」
それはまあ、僕も、思ったかなあ。
怪異になったレグルスに恐れをなして、彼らは散り散りバラバラになった。
それをまとめて、もう一度、戻ってきたらしいんだけど。
王城には入らずに、研究院にいるし。
もっとも、そのおかげで、僕らには、彼らの動きも丸わかりなんだけど。
「王の軍勢は、ルクス王討伐のための進軍を開始しましたから。」
「多少なり、やる気のあるのは、みんなそっち行っちゃったのかもね。」
「しかし、ここは総大将のいる本拠地。
もう少し、きちんと護るべきだとも、思いますが。」
「きちんと護ってなかったから、のっとりも成功したわけだし。
まあ、よかったんじゃないの?」
鳥さんたち、言い放題。
「ここが攻められる、という懸念はなかったのでしょうかね。」
「ルクス王は、いざとなれば、攻めに転じる気概もあるんだけどね。」
「やはり、玉座を自ら放棄したことで、軽んじられているのかもしれません。」
「いや、むしろ、そうすることで、王都や民を傷つけられないようにしたんだ。
ああいう人を、賢王、と呼ぶんじゃないかなあ。」
まあ、ルクスは、立派な王様だよね。
本人は、もう、いろいろと面倒になった、みたいな言い方もしてたけどさ。
わざとワルモノぶる、みたいなところ、昔っから、ルクスにはあるんだ。
「客観的に見て、ルクス王のような王を頂くのが、民にとっても、世界にとっても、よいことだと思われるのですけれども。」
「なんで、こんなのが王様なんだろう、ってことが、歴史上にはたくさんあるんだよねえ。」
おしゃべりは、そのくらいにしておこうよ。
緊張感がない、ってのは、君たちも、他人のこと、言えないかもよ。
内心、そんなことを、思ったりもしたんだけど。
うっかり、それを口に出したりしたら、また左右から一斉攻撃を受けそうだから。
とりあえず、黙っておいた。
彼らの場合は、たくさんの仲間たちとの連携で、今ここが安全だ、って確信してるわけだから。
やる気がなくてだらけている、わけじゃない。
それに、こうしておしゃべりをしていても、ときどき、チチチチチ、って、何か、真面目そうな話しも挟んでいる。
チチチチチ、のところは、僕には、何を言っているのか分からないのだけれど。
もしかして、この呑気なおしゃべりを、わざわざ僕に分かる言葉でしてくれてるのって、僕のためかもしれないな。
臆病な僕が、怖くなって足を踏み出せなくならないように。
ふいに自信をなくして、その場に凍り付いてしまわないように。
それにしても。
この王様って、いったい、何がやりたいんだろ。
よく分からないよ。
なんだって、ルクスのこと、そんなに目の敵にしてるのかなあ。
やっぱり、最初に、ルクスが、王様を追い出したからだろうか。
ルクスも、後悔してるかもなあ。
いやでもだけど。
ルクスだって、みんなが困ってなけりゃ、わざわざそんなことしなかったわけだし。
ルクスのしたことを、喜んだ人たちは、大勢いたんだよ。
だけど、今、また、ルクスは、たくさんの人から憎しみや恨みも買ってしまっていて。
アルテミシアもオルニスも、それがなければ、今もまだ、一緒にいられたんだ、って思うと、なんだか悲しい。
もちろん、僕の何倍も、ルクスは悲しいだろうし、だからこそ、後悔だってするだろう。
僕ら、どうするのが、一番よかったのかな。
どうすれば、僕ら、今もまだ、仲間と一緒にいられて、幸せに暮らせたんだろう。
だからこそ、森から外に行くな、って大人たちは言うのかもしれない。
戦うより、アマンへ渡ることを、選ぶのかもしれない。
そうすれば、少なくとも、大切な人と、離れ離れになることはない、から。
「フノオーラ、ケンチシマシタ。」
「また、なにか、辛いことを思い出しているの?」
おしゃべりに夢中になってる、と思ってた鳥たちが、左右から、心配そうに僕を見ていた。
「あ。ごめんごめん。
つい。」
そうだ。
今は落ち込んでる場合じゃない。
捕虜にされた使者の人たちは、もう、何日も前から、捕まっている。
こんな場所で、ろくに食べ物や水ももらえなくて、何日も閉じ込められてるとしたら。
一刻も早く、助け出さないと。
ひとつ。
大きく息を吸って、長く吐く。
「よし。
もう、大丈夫。」
はっきりと声に出して言ってみたら、本当に大丈夫、って気になった。
「わたしたちが、ついてますよ。」
「君には、百羽の青い鳥が味方だよ。」
一羽でも見つけられたら、幸運だって言われてる青い鳥。
それが、百羽ついてるんだもの。
うん。きっと、大丈夫。




