509
青い鳥は銀色の箱から飛び立つと、僕の目の前まで飛んできて、びしっ、とその嘴を僕にむけた。
「シヨウシャノ、ヨウボウニヨリ、ヘンカヲ、カンリョウシマシタ。」
しゃべり方も元に戻っちゃってる。
「あのさ。
しゃべり方だけは、さっきのままのほうがいいかなあ。
あ。できたら、声は、青い鳥さんのその声で。」
なんとも、その無機質な話し方は聞き取りにくいんだ。
だけど、ブブの声で話されるのは、やっぱりちょっと…
青い鳥はくりっと首を傾げた。
「チチ…ソノヨウキュウハ、トテモ、ナンカイ…ナンカイ…ナンカイ…チチチチチ…」
青い鳥は、困ったみたいにしばらく、チチチチチ、と鳴いていたけれど、突然、また流暢に話し始めた。
「はじめまして。わたしは青い鳥。あなたの心を癒します。」
わお。
はじめまして、って、さっきからもうけっこう話してたじゃない、なんて、余計なことは、言わずにおこう。
「わたしは、大変ご多忙な所長様を補佐し、みなさんの些末な問題の解決を計るため、導入を計画されました。実験一号機、です。
わたしの本体は、研究院の奥深く、誰も知らない秘密の場所にあり、今も、人知れず、データの収拾及び蓄積を続けております。
しかし、本体はあまりに重く大きく、移動にはむかないため、その目と耳を切り離し、研究院中に配置されています。
それが、その銀色の箱。末端端末、とお呼びください。」
うん。それ、さっきも聞いた。
もしかして、まさか、自己紹介から、やり直し?
「わたしは、その末端端末の栄えある一号機!
そして、末端端末は、百号機までございます。」
へえ~、百個もあるんだ。
って、なんだか、一号機、ってとこ、ちょっと誇らし気。
「わたしには、研究院の職員の出身地、家族構成、経歴、趣味、嗜好、最近の口癖に至るまで、ありとあらゆる、データの蓄積があります。
それを駆使して、みなさんの心身の健康に気を配るのが、わたしに与えられた崇高なる使命。」
同じこと、さっきも聞いたんだけどさ。
なんだろう、ちょっと、話し方が違うというか。
さっきのは、性格、ブブに寄せてあったのかもしれないな。
「その上、わたしには、この研究院のありとあらゆる研究の記録も蓄積されております。
どうぞ、なんなりとお申し付けくださいませ。」
片方の羽を胸のところに当てて、ちょっと気取ったお辞儀をする。
なんだか、人くさいけど、妙にそれが似合ってもいる。
「えーと、あの、青い鳥さん?」
「敬称は不要です。」
「あ。っと、青い鳥?」
「青い鳥は、わたしの他にあと九十九体あります。
他との識別のためにも、青い鳥一号機、と、お呼びください。」
「あ、青い鳥いちごうき…」
青い鳥さん、より長いじゃないか。
「…なんか、呼びにくいな…」
「では、お好きな愛称を。
あおちゃん、でも、とりちゃん、でも、一号機ちゃん、でも…」
さん、はいらないけど、ちゃん、はいいのね?
そしてやっぱり、一号機、ってのには、こだわりあるんだ?
「じゃあ、一号機の、イチ、ってのは?」
「イチ?
ほう。
ステキナナマエデスネ!
イチ!
イッチャン!
ワオ!ブラボー!!」
なんだか、喜んでるみたいに、辺りを飛び回った。
気に入ってくれたのかな。
そして、やっぱり、ちゃん、はつけたほうがいいのね?
「じゃあ、いっちゃん。
ところでさ、早速、君に尋ねたいんだけど。」
「なんなりと。
眠れない夜の対処法でも、気持ちの上がる食事法でも…
なんなら、羊を数えろ、というご要望にも、お答えいたします。
ええ、いつまでも、数え続けましょうとも。
末端端末に、飽きる、などという言葉は無縁でございます。」
そのまま羊を数えだしそうになったいっちゃんを、僕は慌てて引き戻した。
「いや、それよりさ。
君には、百体のお仲間がいるんだよね?
だったら、今のこの研究院の状況とか、分かるかな?」
「チチ…シバラクオマチクダサイ…チチチチチ…
イチゴウキ、イガイノ、キュウジュウキュウタイハ、ゲンザイ、カドウ、シテオリマセン…
カドウカノウナ、キタイヲ、ケンサクシマス…チチチチチ」
少し難しい要望をすると、あの無表情な話し方に戻ってしまうみたい。
「チチチチチ…ツウシン、フノウ…
ツウシン、フノウ…
ハンノウガ、アリマセン…」
え?
「まさか、全部、もう、壊されちゃってるとか?」
「それは、分かりません。
もしかしたら、わたしのように、封印箱に収められている可能性もあります。」
封印箱?
僕は、傍らに放り出されていた箱を見た。
そっか。
箱の中に箱を入れてあったって、思ったけど。
これって、封印の箱だったんだ。
「崇高なる目的のために作られたわたしたちなのに。
このように、封印される定めとは。
あまりにゴムタイな…」
よよよよよ、といっちゃんは泣き崩れる、真似をする。
いろいろと、その…余計な機能…いや。
君を作った人、の趣味って、面白いね?
「じゃあ、可能なら、その仲間たちも、箱から解放していこう。」
僕は封印箱を手に取ってよく調べた。
箱には紋章が描かれていて、それが、封印の役目を果たしていたんじゃないかと思う。
だけど、箱自体は、普通の箱で、何か特殊な構造をしているわけじゃなさそうだ。
そもそも、ここのだって、開けたまま放り出されてたわけだし。
箱に閉じ込められた百体の青い鳥の仲間たち。
それを解放できたら、もしかしたら、すごく頼りになるんじゃないかって、思うんだ。
ちょっと、いろいろと絶望しかかってたんだけどさ。
もしかしたら、なんとかなるかも、って希望がわいてきたよ。
そういえば、青い鳥ってのは、幸運を運んでくるんだ、って話しをどこかで聞いたことがある。
「流石は、青い鳥だね。」
「チチチチチ…
わたしは、いっちゃん!
青い鳥、ではございません。」
ちっちっちっち、と指を振って、訂正する。
いっちゃん、って呼ばれるの、そんなに気に入ったらしい。
「じゃあさ、いっちゃん、道案内を、お願いできるかな?」
「了解しました。
あ、移動なさるなら、その末端端末は、ご携帯ください。
端末から、一定の距離以上を離れると、わたしは出現不可能になります。」
「了解。」
僕は銀色の箱を懐に押し込むと、腰を上げた。
いっちゃんは、その僕の肩に、当然、みたいな顔をして、とまった。
「じゃあ、行こうか。」
「了解。」
そうして、僕らはまた一歩、踏み出したんだ。




