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僕らが連れて行かれたのは、王城、ではなく、研究院の建物だった。
もしかして、お城ごと、こっちに引っ越したのかな。
研究院の中は、なんだか散らかっていて、整然としていた前の印象とはだいぶ違う。
床には、食べこぼしの欠片や、正体の分からないゴミクズ、何かが乾いてこびりついた跡が、たくさんあった。
それを避けて歩くためには、ちょこちょこと爪先立ちにならないといけなかった。
ああそうだ。
こういうの、どこかで見たことあったなあって思ったけど。
もうずいぶん前、石の街の広場で夜な夜な大騒ぎしてたあれ。
あれにちょっと似てるかなあ。
ここにも割れたまま放置されたとげとげの欠片が、うっかり上を歩けば足を突き刺してやろうと待ち構えるように、たくさん落ちていた。
廊下にも階段にも、鎧を着た平原の民の集団が、直に床に座っていて、大声でしゃべりながら、なにか食べていた。
まだ昼間だけど、お酒も入っているようだ。
働き者の平原の民にしては、珍しい光景だなと思った。
確かに、彼らは大のお祭り好きで、祝祭の日には朝からお酒も入って大盛り上がりするけど。
それ以外の日は、朝から晩まで、一日中、くるくる、くるくると、働いている印象だ。
ちょっと見た感じ、今日は、祝祭の日、にも見えない。
お祭りなら、もっとみんな、目をきらきらさせているはずだもの。
だけど、ここの鎧さんたちは、みんなどんより沈んだ目をして、惰性のように盃をあけ続けながら、ときどき、思い出したみたいに大声で叫ぶんだ。
いったい、何があったの?
君たち、どうしちゃったの?
思わずひとりひとりに聞いてみたくなるくらい、それは、僕の知らない平原の民の姿だった。
その辺に座っている、場合によっちゃ、横になって鼾をかいてる人たちを避けながら、僕は連行されていった。
邪魔だ、邪魔だ、と僕を連行している隊の先頭の人たちは、床に座っている人たちを、鎧の先でつついて退かせる。
同じ仲間なのに、そのやり方はちょっとひどいんじゃないの、って思う。
案の定、退かされた人も、むっとしたように、睨んだり、槍先を握って、逆に転ばそうとしたりする。
いや、なんかもう、さあ。
どうしたっちゃの?いったい、ここは?って感じ。
平原の民ってばさあ、うっとおしいくらい、暑苦しいくらい、仲間たちと仲良し、ってのが、定番でしょ?
僕らはあんなふうに群れないから、なんかちょっと、ときどき、えっ?ってなるけどさ。
慣れてくると、こういうなまあったかい中にいられるのも、悪くないな、って思うこともあったんだ。
だけど、ここにあるのは、冷めた視線と、浮かされたような暑さ。
まるで悪い夢の中に迷い込んだみたいだった。
森の民には、王様ってのはいないし。王都とか、王宮とかもない。
だから、僕の知ってる王様は、ルクスのやってたときの王様だけだし、王宮もあれだけだけど。
あまりにも。
違い、過ぎる。
王宮の鎧さんたちは、もっとなんか、ぴしっとしてたし。
鎧とかも、ぴかぴか、眩しかった。
見張りの兵士も、しゃんと立ってさ。
休憩するときには、どこか休憩する部屋へ行って休んでいたよ。
なんかさあ、こんなふうに、廊下にたむろして、てきとーにその辺でものを食べて、なんて、そういうことは、してなかった。
ねえ、君たち、いったい、どうしちゃったの?
そんなことを考えながら歩いていたら、いきなり、後ろで、べしゃっ、とイヤな感じの音がした。
う…、なに?今の?
恐る恐る確かめてみたら、背中にべっとりと、何かの汁がついていた。
なにか、食べ物を、投げられたんだ。
あの人たちが、手づかみで食べているあの、何かを。
顔をしかめたら、ぐふふふふ、という笑い声が聞こえた。
ぐふふふ、ぐふふふ、笑い声は、ぐるぐると渦を巻くみたいに、拡がっていく。
それと同時に、また、いろんな物が、僕目がけて飛び交った。
べしゃっ。
べしゃっ。
頭に当たったところから、汁が流れてきて、目に入りそう。
思わず手を上げて拭おうとしたら、ぐい、と強くロープを引かれた。
その勢いに、思わず膝をついてしまう。
そうしたら、ますます、ぐふふふという笑い声が大きくなった。
「勝手なことをするな!」
僕を連行していた兵士の鋭い声がした。
え?
目に入りそうなの、拭いちゃ、ダメ?
僕は膝をついたまま、情けない気分だった。
いったい、なんなんだろう、これは。
森の民には何をしてもいい、とか、思ってるのかな。
情けなくて悲しい。
だけど、不思議なくらい、涙は出てこなかった。
からからに乾いた瞳で、僕は顔を上げた。
すると、鋭い声がした。
「なんだ!生意気な森の民め!」
べしょっ!
とびっきり大きな何かが飛んできて、思わず、顔をそむけた。
けれど、僕には何も当たってない。
恐る恐る見ると、ちょうど僕を庇うところにチビ勇者が立っていた。
「おい。チビ。邪魔だ。どけ。」
チビ勇者を叱る声がする。
周りにはわいわいと大勢の平原の民に取り囲まれていた。
だけど、それに言い返したのは、連行していた兵士だった。
「お前たち、いい加減にしろ。
この方は、憎っくき森の民を一匹捕まえてきた、勇者様だぞ?
さあ、もういいから、どけどけ。」
面倒そうに周りの平原の民を退かせて、道を作ると、僕のロープを引っ張って無理やり立たせた。
「ほら。さっさと歩け。このクズめ。」
なんだって、そんな言葉を使えるんだろう?
僕には分からない。
だけど、自分が、クズ、と呼ばれた、というのは理解していた。
ぎゅっと、袖を強く引かれて、はっとした。
見ると、チビ勇者が、僕の袖をぎゅっと握っていた。
唇を噛みしめて、何か思いつめたみたいな目をして、うつむいている。
僕は、そっと、そのチビ勇者の手を離させた。
君は、僕を、捕まえた人、なんだから。
そんな顔してちゃ、ダメだよ。
チビ勇者は、はっとしたように顔を上げて、ほんの一瞬、目が合った。
その一瞬に、僕は、精一杯の気持ちを込めて、彼に笑いかけた。
怖いかい?
大丈夫だよ。
僕も一緒にいる。
彼がずっと一緒にいた大人たちは、もしかしたら、こんな人たちだったのかな。
その人たちは、彼のお父さんを、裏切者だと成敗した、って言ってた。
彼は、その辛いことを思い出してしまったのかもしれない。
せめて、さっき僕を庇ってくれたことの精一杯のお礼を込めて、僕は、彼の服に着いた汚れを、こっそりきれいにした。
このくらいはね?僕にだって、できるんだよ?
汚れだって、全部、元は、この世界に存在する物質だもの。
エエルをいじれば、ばらばらになって、散らすことも可能なんだ。
だけど、あんまりすっきりぴかぴかになってたら、周りにバレちゃうから、その上から、汚れの幻を付けておく。
やれやれ。
こんなことに魔法を使わないといけないなんて。面倒だね。
ついでだから、自分の汚れも分解して、おまけの幻も付け足しといた。
せっかくだし、汚れのほうは、少し多めに付けておくか。
そのほうが、鎧さんたちには、嬉しいみたいだし。
なんだかなあ。
盛大にため息を吐きたいのをなんとか堪えて、僕は、連行されていった。




