↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一つの楽園  作者: 村野夜市


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
499/555

499

大精霊の消滅に、すっかり落ち込んでしまったけれど。

みんなにお世話をしてもらって、よく食べてよく寝たら、なんとか、数日経つころには、少しはものを考えられるようになっていた。


いや、正確には、大精霊は、消滅はしていない。

大精霊のエエルはこの世界からは失われていないから。


大精霊を探しに行く。

それが僕が次にしなければならないことなんじゃないかな。

少しずつ動きだした頭で、ぼんやりとだけど、僕はそう考えていた。


だけど、どこを、どうやって探せばいいのか。

皆目、見当もつかない。


探し出してどうするのか。

それも、よく分からない。


ただただ、このままにしておけない、気がするって、それだけなんだけど。

でもそれは、誰かに頼まれたわけでなく、何かに流されたわけでもなく、僕自身が、そうしよう、って決めたことだった。


あの後、ずっと、僕はピサンリの家にお世話になっていた。

双子のご両親は、イヤな顔もせずに、僕に、好きなだけいていい、って言ってくれた。

いつまでもそういうわけにはいかないだろう、って、心の隅っこでは思いながらも、いていい、って言ってもらえるのは、正直、助かった。

どこにも行くあてはなかったし、行かなくちゃと思っていても、ひとりきり旅を始める勇気も僕にはなかった。


そうして数日過ぎたころだった。

ある朝、突然、焼きたてのパンの匂いと一緒に、その報せは飛び込んできた。


新しい種族が、世界のあちこちで、一斉に蜂起した。


そのパンは柔らかくてふかふかで、一度美味しい、って言ったら、毎朝、焼きたてを持ってきてくれるようになっていた。


パンを焼くその人は、誰より早起きで、いつもパン焼き窯をセットしてから、街を散歩するのが日課だった。


その日も朝早く、散歩していたら、いつもの散歩仲間に出会った。

いつも通り、挨拶をして、軽く天気の話しなんかしようとしたら、いきなり、言われたんだそうだ。


明日からは、もう、散歩に来ない。

自分はこれから、遠い田舎へ避難するんだ、って。


なんだって、避難なんて?って聞き返したら、その人は、まだこれは内密の情報なのですけれど、と言って教えてくれた。


世界中、あちこちで、新しい種族が蜂起したことを。


新しい種族の村や郷が、あっちこっちにでき始めていることは、平原の民も知っていた。

だけど、彼らは、平原の民の棲まないような場所にばかり棲んでいたから、それほど気にされていなかった。


新しい種族と平原の民は、争う必要なんか、ないはずだった。

少なくとも、平原の民の側はそう思っていた。

だから、新しい種族が一斉に蜂起したというのを聞いたても、半信半疑、って感じだった。


新しい種族の村や郷は、どこも小さくて、人数も少ない。

平原の民の街や村とは、比べ物にもならないくらいだ。

それに、新しい種族の郷と郷との間は、疑似アマンの多い不便な森を、何日も何日も旅しなければならないほどに離れていた。

だから、彼らが、郷同士の間に、何らかの行き来をしているとは、平原の民は考えなかった。


だけど。

僕は知っていた。

新しい種族には、魔法の力がある、ということを。

彼らの村や郷は、どこも小さくて、人も少ないけれど。

お互いに密に連携していることを。

そうして、世界中、ありとあらゆる場所に、彼らの郷はあることを。


平原の民の街はとても大きいし、そこに棲む人も多い。

けれど、世界中の新しい種族を合わせれば、その数は、平原の民の数と同じ、いや、平原の民の人数すらをも、上回るかもしれない。

その上、彼らは、エエルを自在に操る、魔法の力を持っていた。


その彼らが一斉に蜂起した。


まだ、遠い遠いところだけれど、彼らは、王都を目指して、進軍を始めた。

世界中の新しい種族たちが、その行軍に加わり、あっという間に軍勢は大きく膨れ上がっている。


やつらは、王都に辿り着く前に、この街を通る。

だから、君も、今のうちに避難したほうがいい。


散歩仲間はそう言って、足早に去った。


…なんだって、そんな…

まさか。

まさかだけど。


戦いになるのか?

やむをえまい。


ルクスとフォルティスの声が、耳の中に甦った。


いや、だけど、フォルティスは、平原の民だ。

蜂起したのは、新しい種族。

だから、この蜂起に、ルクスは関係ない…

よね?

王様は、もう懲り懲りだ、って、言ったよね…


確かめなくちゃ。

そしてもし、この蜂起にルクスが関わっているなら。

何をしたって、止めなくちゃいけない。


ルクスは、決して、戦いが好きなわけじゃない。

ルクスの心には、戦ったときの傷が、今も大きく残っている。

それについてルクスは何も言わないけど。

その痛みは、今も消えてないはずだ。


これ以上の痛みをルクスが抱えないうちに。


前にルクスが戦っていたとき、僕は、何もしなかった。

傍にいて、一緒に戦うことも。

戦いを止めようとすることも。


だけど、今は違う。

今の僕なら、ルクスに何か、できるはずだ。


可能なら、戦いは止めたい。

戦いはやっぱり、大きな傷を残すから。

その選択肢は、なるべくなら、とりたくない。


だけど。

もし。どうしても。

それしか、道がないのなら。


僕はルクスの隣にいて、同じ痛みに耐えようと思う。


だけど。それでも、やっぱり。

戦いは、イヤだな。


本当に、それしか、道はないんだろうか。

今からでも、なんとかして、戦いは回避できないかな。


戦いのおかげで運命を狂わされた人たちと、大勢、出会ってきた。

荒野で永遠に彷徨う影になってしまった人や。

恐怖が周りのエエルを巻き込んで、怪物になっちゃったこともあった。

チビ勇者も。レグルスも。

戦いがなければ、今はもっと違う道を歩んでいたに違いない。

僕らも、アルテミシアと離れ離れにならずに済んだかもしれない。


いや。だけど。


ルクスだって、そのくらいのことは、きっと分かっているはずだ。

分かっていて、なお、その道を選んだのだとしたら。

ルクスを説得するのは、難しいかもしれない。


とにかく、一刻も早く、ルクスに会わなくちゃ。


僕は、急ぎ、石の街を後にした。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。