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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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はっと気付くと、僕は、ピサンリの家の居間にいた。


世界は消滅も崩壊もせず、さっきと同じように続いている。

手の中の鉢は真っ二つに割れていて、そこに植えてあった苗木も、可哀そうに折れてしまっていた。


頑張ったね。


僕は苗木をそっと取り上げると、掌に包むように祈った。

苗木は僕の手の中で、小さくばらばらの光になって、消えていった。


「あの。大丈夫、ですか?」


恐る恐る、というふうに、声をかけられて、周りを見回すと、みんなが僕を取り囲んで、心配そうに見ていた。


彼らには何が起きたのかは分かっていなかった。

今、確かにひとつ、大きな事件が過ぎたことを、彼らは誰一人、気付いていなかった。


「あ。いや。その。」


僕は焦って何か言おうとして、けど、何をどう言っていいか分からなくて、口ごもる。

僕の周りの人たちは、ますます心配そうな顔になった。


「ずっと、鉢を覗き込んだまま、固まったように動かなくて。」

「と思ったら、突然、鉢が真っ二つに。」


僕は、割れてしまった鉢をおろおろと差し上げた。


「あの。ごめんなさい…これ…」


足元には、鉢から土が零れてしまっている。

僕は大急ぎでその土を手で集めようとした。


「ああっ!そんなことは、僕らがやります。」

「僕らにお任せください、です。」


双子はあわてて、僕の手から割れた鉢を取り上げると、ほうきとちりとりを持ってきて、土をきれいに片付けてくれた。


その間に、他の人たちは、僕を椅子に座らせ、カップにお茶を入れて渡してくれたり、甘いお菓子をすすめたり、いろいろと世話を焼いてくれた。


この寄ってたかって至れり尽くせりの親切さは、つくづく平原の民の特徴だよなあと思う。

彼らは、こんなふうに世話好きの優しい民なんだ。


なのに、どうして僕たちは、彼らとうまくやっていけないんだろう。


彼らが森の民を嫌い、この世界を支える大切な木を伐ってしまったのは、どうしてなんだろう。


僕はため息を吐いた。

それから、ゆっくりと心を集中して、エエルの流れを探った。


特段、大きなエエルの変化は感じない。

大精霊は消えてしまったけれど、世界のエエルは変わらず穏やかに流れていた。


あれは、いったい、どういうことなのかな。

人になった大精霊は、いったいどこへ行ったんだろう。


分からないことだらけだ。


現実から逃げてしまいたいけれど、それは許されない。

ただ、今すぐに、この世界が、崩れて壊れていく、という心配だけは、しなくてよさそうだ。

それが今は、とりあえず、有難い。


少し落ち着くと、僕はさっきの出来事を、ここの人たちに話した。


「では、大精霊は、助かったのですね?」

「それは、よかった。」

「なによりなにより。」


周りの人たちは、単純に喜んでいる。

それを見ていると、僕も、これでよかったのかな、という気になってきた。


要は僕が大精霊を見失っただけで。

大精霊がこの世界からいなくなったわけじゃないんだ。


その証拠に、世界は今も、穏やかに続いている。

それさえ叶うなら、じゅうぶんじゃないか。


なのに、なんだろう。

この胸の中の焦りのような感情は。

なにか、もうどうすることもできないまま、望まない方へと転がっていくような感覚は。


いつも、最善の道を選び続けてきたはずなのに。

気が付けば、悪い方へ悪い方へと、行ってしまっている気がして。

とにかくただ、焦りの気持ちだけいっぱいなんだけど。

だと言って、何か動けるわけでもなくて。


僕はただ、黙って、じっとしていた。


黙りこくっている僕を、周りの人たちは、寄ってたかってお世話してくれた。

喉は乾いてないか、お腹はすいてないか、あれこれ尋ね、僕が答えなくても、お茶や食べ物を次々と持ってきてくれる。


彼らのお節介を、軽く暑苦しく感じるのは、僕がきっと、心が荒んでいるせいだ。

なんだって、僕はこんなに、イヤなやつになっちゃってるんだろう。


ただ、何もせずにじっとして、みんなに優しくされてるんだろう。


なんだか悲しくなっちゃって、そうしたら、涙が溢れて止まらなくなった。

なんで僕、泣いてるんだろう、って。おかしい、って。思うんだけど…


そしたら双子が寄ってきて、左右から手を伸ばした。


「おお、可哀そうに、よしよし。」

「可哀そうに。可哀そうに。よしよし。」


左右から、双子が、僕の頭を撫でている。

その掌が、不思議に心地よくて、僕はじっとしている。

そしたら、またぞろぞろと人が集まってきて、僕を取り囲むと、あっちこっちから手が伸びて、僕の肩やら背中やらをさすりだした。


「可哀そうに。可哀そうに。」

「ごめんねえ。あなたばっかり。」

「辛い思い、させるねえ。」


よしよし。よしよし。


なんだろう、さっきは、暑苦しいとか思ったくせに。

僕はただ、じっとして、みんなから慰められている。


「…ごめんなさい。

 本当は僕、こんなに優しくしてもらえる価値は、ないです。

 なにも、できない。

 なにひとつ、うまくいかない…」


ぼろぼろと、言葉と一緒に、心にはりついていた固い壁みたいなのが、はがれて落ちていった。


「なにをおっしゃいます。」

「わたしたちこそ、あなたに謝らなくては。」

「本当に、ごめんなさい。」


なんだって、みんな、そんなに優しいの?


なんだって、こんな優しい人たちと、僕らはうまくやれないの?


もしかしたら、ここの人たちだけ特別なのかもしれないけど。

いや、きっとそうなんだ。そうに違いない。


温かいお茶と、美味しいスープ。

柔らかいパンと、甘いベリー。

穏やかな声と、慰めの言葉。

それから、そっと触れる優しい手。


それがゆっくりと、僕の心を慰めて、温めてくれた。















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