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精霊を人にする方法を、僕は知っていたわけではない。
どちらかというと、勝手にみんな人になっていったわけで。
僕が何かした、ということはなかったんだ。
髪を一本抜いて、僕は彼女に手渡した。
彼女は不思議そうにそれを見つめた。
「???これは???」
「うん。
どうするんだろうね?
なんか、みんな、それを使うらしいんだけど。」
後は分かんないや。ははははは。
ごまかして、笑って、済ませてしまいたかった。
…というわけにも、いかないか。
物質界の柵の中に、精霊を閉じ込める。
精霊の人化はそれに近い。
イメージは、なんとなく、分かってる。
だけど、自由なものを閉じ込める、なんて、やっぱり胸が辛いんだ。
「ねえ、君はこの世界のこと、好き?」
「ええ。もちろんですわ。」
大精霊は即答だった。
もちろん、嫌いなら、来ないんだろうけど。
「ヘルバの木を、伐られてしまっても?」
「助けてくださる方もいらっしゃいますから。」
念のためと言って、若芽で挿し木を作っておいたオルニス。
その鉢を大事に守っていた人たち。
確かに、大精霊を守ろうとした人たちもいる。
彼らのほとんどは、大精霊と直接話したことはないはずだ。
そういう存在がある、と話しには聞いていても、その存在を確かめたことはない。
それでも、大精霊のことを信じて、そうして守ろうとしてくれた。
確かに、大精霊はここにいて。僕はそれを知っている。
大精霊はこの世界を救ってくれて、僕はそれも知っている。
だけど、この世界のほとんどの人は、大精霊を見たことも聞いたこともなくて。
ただ、僕の言うことを信じてくれている、だけなんだ。
確かに、世界を滅ぼしかけていたいろいろな問題は収まったけれど。
逆に、たくさんの混乱も生じている。
王様は王様なりに、世界の混乱と戦っていて、そのために、木を伐ったのかもしれない。
森の民への腹いせのためじゃない。
僕らの植えたアニマの苗木たちも、たくさん、伐られてしまったように。
世界中の人から信じてもらえるほどには、僕は、立派じゃない。偉くもない。
王様は僕のことなんか信じてないだろうし、多分、きっと、嫌いだろう。
僕は、本物の大賢者ならよかった。
本当に賢くて、みんなのためになることをできて、それをみんなに信じてもらえるような人だったら。
そうすれば、こんな悲しいことを招かずにすんだだろうに。
大精霊に申し訳ない。
この世界のみんなにも申し訳ない。
けど、だとしても、今ここに生じている問題に、対処するしかない。
愚かで力のない僕だけど、これは、僕にしかできないことだ。
なんだって、そんな大事なこと、僕に任されるんだろう、って思うけど。
任されている事実は消せない。
大精霊は、アマンに還るつもりはなくて、そうして、このままここにいれば、消滅するしかない。
それになにより、人になってみたいのは、大精霊自身の希望なんだ。
僕と話した精霊たちは、この世界が楽しい、って言ってた。
わくわくするんだ、って。
目の前の大精霊が、さっき言ったのと同じように。
「人になってしまったら、君は、今のその気持ちは忘れてしまうかも。」
「問題ありません。
きっと、また好きになります。」
断言、するんだ。
「人になれば、精霊だったときと同じことはできないと思う。」
精霊は、時間や空間に制約は受けない。
だけど、人になれば、その制約も受ける。
「いろいろと不便かもしれない。」
「それも、楽しみです。」
楽しみ、かな…
「…大丈夫、ですよ、お兄さま。」
大精霊は僕の顔を覗きこむと、にこっと笑った。
だけど、それでも僕は、安心する気にはなれなかった。
「…君は…君の内側には、世界を救うほどのエエルがあるけれど。
エエルはあっても、それを自由に使うことはできない、かもしれない。」
精霊の人化計画。
僕は傍らでそれを見ていたけれど、実際には、あまりよく知らない。
人になった精霊たちは、人になることで、何を失って、何を得たのかも。
ただ、精霊のときのように、自由に飛び回ったり、本能のように魔法を使うことは、できなくなった。
もちろん、やり方を習えば、魔法も使えるだろうけど。
あの新しい種族の人たちのように。
「人には、時間の制約がある。
生まれてすぐは、ほとんど、何も、できない。
生きていくことすら、誰かに助けてもらわなければいけない。
今、君に可能なあらゆることを、君は、ひとつずつ、習得しなければならない。
立つことも。歩くことも。話すことも。考えることも。
そうして、習っても、できるようになるとは限らない。
永遠に、できないことだって、あるんだ。」
「笑うことは、できますか?」
大精霊は僕に質問した。
突然、何を聞くんだろう、って思った。
「笑うこと?
流石に、それはできるよ。
泣くことと笑うこと。
そのふたつだけは、習わなくても、できる。」
「まあ、素晴らしい。
笑うことができれば、嬉しい、楽しい、気持ちは伝えられます。
あなたが好きです、という気持ちも伝えられます。」
…まあ、それは、そうかもしれない…
何より、今、僕にむけられている彼女の微笑みは、僕の心を動かそうとしている。
「わたくしは、この世界をもっと知りたいと思っておりました。
この世界に飛び込み、ひとつひとつ、この世界のことを習得していく。
これほどにわくわくすることはありません。」
わくわく、かあ。
「せっかく習得しても、人の時間には限りがあるんだ。
それまでに、新しく君の宿れる場所が見つからなければ、君はまた人に生まれ変わって、一からやり直し。
それを何度も繰り返さなくてはならないかもしれない。」
ヘルバの木ほどの木を見つけるのは、簡単じゃない。
けれど彼女をこの世界は失うわけにはいかないから。
彼女は、何度も人に生まれ変わらされるんだ。
「君に、そんな苦労をさせるなんて…」
「苦労ではありませんわ。」
彼女は朗らかに笑う。
「なんて素敵で、心躍ることかしら。
わたくしは、大好きなこの世界の一部になれるのですわ。」
僕は、この間の旅で出会った新しい種族の人たちを思い出した。
彼らは決して、不幸そうじゃなかった。
大精霊は、両手のひらを合わせて、大切そうにその手の中に僕の髪を包み込んだ。
すると、その姿は、淡く、優しく、光り始めた。
…なんだ、やっぱり、みんな、自力で、やれるんじゃないか…
ちらっとそう思った。




