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ピサンリの家に行くと、見知った顔がいくつもあった。
みんな、僕を待っていてくれたんだ。
「ブブさんが迎えに行くから、すぐに戻るだろう、って。」
「そうしたら、協力してほしい、って。」
そうみんなに頼んでおいてくれたのは、オルニスだった。
「これは、オルニスからのことづけです。」
そう言って、見覚えのある小さな装置が手渡された。
もうずっとずっと昔、初めて声と姿とを記憶させるのに成功した、あの装置だ。
いきなり匠が現れてしゃべりだしたときには、驚いたっけ。
オルニスはそれに僕の姿を記憶させて、ピサンリのところへ持って行ってた。
「これ。まだ、持ってたんだ…」
僕は、そっと装置を握った。
装置は、ところどころ傷がついたりしていたけれど、ちゃんと動いた。
「やあ。元気かい?
って、元気なわけないか。
ごめん。驚いてるよな。
君のことだから、どうしよう、で頭いっぱいになって、身動きできなくなっちゃってるんじゃない?
そんなときに、傍にいてあげられなくて、ごめん。」
オルニスはまったくいつもの調子だった。
もう不思議なくらい、いつも通りだった。
「あまり長い記録はできないから、必要なことだけ、話すよ。
僕は、泉の種を持って安全な場所へ行く。
この泉は、ヘルバの木と同じくらい大切なものだから、失わせるわけにはいかないんだ。
今のところ、ヘルバの木に問題はない。
このまま、無事なら、いいと思う。
それなら、この記録を君が見ていることもないだろうけど。」
どういうことだろう?
記録できる時間には限りがある。
だから、詳しく説明する余裕はないんだ。
僕は、必死に頭を回転させて、オルニスの言葉の意味を考えた。
「ヘルバの木は、若芽を採って、挿し木を作ってある。
念のため、だけど。」
挿し木があるの?
顔を上げた僕に見えるように、そこにいた人たちは、若芽の根付いた鉢を差し上げて見せてくれた。
「大精霊のことは、君に任せるしかない。
頼んだよ。」
ブブも言っていた。
オルニスが、大精霊を捕まえろ、って言ってた、って。
「思い付く限りの対策はとった。
完璧じゃないけど、最善は尽くした。
僕らは僕らのやり方で、この世界を護るしかない。
たとえ、ワルモノにされたとしても。」
オルニスの姿が揺れる。
そろそろ、記録できる限界に近いんだ。
「また、会おう。
そのときは、笑って話そう。」
そう言うオルニスの目には涙が光っていた。
「大丈夫…君とは…なんども…はなれ…に…な…た…ど…」
チチ…チチッ…
装置はそんな音を立てて、沈黙した。
僕はひとつ、大きく息を吐いた。
それから、その場の人たちにむけて、言った。
「オルニスは、この事態を予測していたの?」
としか思えない。
こんなにいろいろな対策をとっているんだもの。
「はい。」
「王都からこの街に軍勢が攻めてくることは、予測されていました。」
オルニスはこの街に知り合いがたくさんいる。
誰よりよく情勢を分かっていたとしても驚かない。
だけど、どうして本当のことを教えてくれなかったんだろう。
知っていたら、オルニスを置いて行ったりしなかったのに。
…そうか。
知っていたら、僕らは行かなかった、からだ。
だから、オルニスは、あえて、僕らには言わなかったんだ。
「泉の種、って言ってたっけ…
オルニスは、いつ、ここを出発したの?」
「ルクス様たちが、出発してすぐに。」
そうか。
そんなに早くから手を打ってたんだ。
「安全な場所に泉を移したら、ここへ戻ってくる、と言っていたんです。」
「ただ、オルニスが戻る前に、ヘルバの木に何かあったときには、あなたを呼ぶように、とだけ言って。」
そうか。
だから、ブブを置いて行けと言ったのか。
いざというとき、僕にすぐに連絡をとれるように。
どんなに離れていても、ブブなら、僕を見つけられる。
そうして、僕のところに来ることができる。
「もし王の軍勢が攻めてきても、絶対に抵抗するな、と。」
「それだけは、守ってくれ、と。」
「おかげで、怪我をした者はおりません。」
「あの木の他に、壊された物もありません。」
確かに、僕の見た限りでも、街はどこも破壊されずにきれいなままだった。
誰も外を歩いてはいないけれど、争う声を聞いたり、傷ついた人を見ることもなかった。
王都が攻められたとき、ルクスも同じことをした。
同族で争う必要はない、と言って。
失われたのは、ヘルバの木、ただひとつだけだった。
もっとも、それが、大事なんだけど。
ヘルバの木は、広場の真ん中にぽつんと立っていた。
だからこそ、他の何をも、巻き込まなかった。
「しかし、まさか、あの木を、切り倒すとは…」
「わたしたちも、予想していませんでした…」
そう話す人たちの顔は、青ざめていた。
「あまつさえ滅びの炎まで使うとは…」
伐っただけでは、簡単に再生してしまう。
とことん、滅ぼしてしまうように。
その意志が恐ろしい。
あの木に大精霊が宿っていることを、彼らは知っていたんだろうか。
そして、その大精霊が、この世界を護っていることを。
知らずにあの木を伐ったのだとしたら、なんて、愚かしい。
けれどもし、知っていてあの木を伐ったんだとしたら…愚かしいじゃすまない。
とにかく。
世界の崩壊だけは、防がないと。
なんとしても。
それだけは。
そのために力を尽くしてきた人たちの顔が浮かんだ。
仲間たち。
旅の途中で出会った人たち。
たくさんの、たくさんの、人たち…
こんな非力な僕に、こんな重要課題を与えるなんて、無茶だと思うけど。
どうしようもないから、やるだけだ。
僕らは僕らのやり方で、この世界を護るしかない。
たとえ、ワルモノにされたとしても。
オルニスの声が耳の中に甦る。
「挿し木の鉢を、貸してもらえるかな?」
焼き物の鉢を僕はしっかりと胸に抱えて祈った。
ヘルバの木は、小さく頼りなくなってしまったけれど。
そこには、確かに、精霊の息吹を感じる。
もはや、アマンには届かない、細くか弱い若芽だけれど。
大きく枝葉を広げた大樹だったころの生命が、その内側には宿っていた。
よし。
僕は、大きくひとつ、息を吸った。




