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もっと、大混乱の中を想像していた。
だけど、そこにあったのは、不思議な静寂だけだった。
朝だったはずなのに、辺りは薄暗かった。
人気はなかった。
不思議なくらい、なにもなかった。
そこにあった、あの大きなヘルバの木も。
不思議と、涙も出なかった。
心が、ぴくりとも、動かない。
ただ、僕は、呆然と、その光景を目にしていた。
森がひとつ、消えた。
この世界を護る、大切な森が。
ヘルバの木はたった一本で、森ひとつ分と同じくらい大きな存在だった。
「…あるじ…さま…」
か細い声に振り返った。
ブブが、ゆらゆらと揺れながら、透き通っていく。
「…あ、るじ…さま…」
途切れ途切れに、そう何度も僕を呼びながら。
ブブの姿は消滅した。
それで、ようやく僕は、我に返った。
ブブが、消えた。
消滅して、しまった。
この街と最果ての森、二度の瞬間移動で、ブブは力を使い果たしたんだ。
この子は、一度だけ、命をかけて、あなたを救ってくれるでしょう。
ふいに、虫使いの言っていたことを思い出した。
もうずっとずっと前。
そんなこと、忘れてしまうくらい、大昔に。
僕は頭を振った。
ブブは、僕だけ救ったんじゃない。
この世界そのものを、救ったんだ。
ブブの思いは、ちゃんと僕が引き継がなきゃ。
せっかく、ブブが護ってくれた世界なんだから。
目を見開いて、僕は辺りを見た。
だけど。
いったいどうやれば、こんなことが可能なんだろう、ってくらいに。
そこには、何も、残っていなかった。
ヘルバの木の残骸も何もかも。
もしかしたら、これは、魔法の力かもしれない。
彼らは、魔法をとても憎んでいるのに。
敵を滅ぼすためになら、その魔法すら、使うのだろうか。
とにかく、急がなくちゃ。
依り代を失くした大精霊は、この世界に留まっていられない。
アマンへ還ってくれるなら、まだいいけれど。
もしかしたら、そのまま消滅してしまう可能性も、あるかもしれない。
僕らの世界を救ってくれた大精霊を、消滅させてしまうなんて。
そんなことは、あっちゃいけない。
そうだ。オルニスは?
泉を護っている、とブブは言っていた。
泉は、ヘルバの家の地下にあった。
だとすると…
僕は、地面を探した。
だけど、どんなに目を凝らして睨んでも、その痕跡は見つからなかった。
本当に、何もかも、徹底的に、消し去られていた。
ついさっき、ブブの遺志を継ごう、と決心したはずなのに。
その決意もどこへやら、僕は、よろよろとその場に座り込んだ。
なんてことだ。
頭の中は、その言葉でいっぱいだ。
他に何かの入り込む余地もない。
なんてことだなんてことだなんてことだ…
詰まったその言葉に、僕自身、支配されてしまっていた。
ふいに、肩をたたかれた。
気のせいだと思って、無視した。
そうしたら、もう一度、たたかれた。
今度はさっきより、少し強く。
仕方なしに、のろのろと振り返った。
あれ?
目がおかしくなったのかと思った。
ピサンリが、ふたり、いる。
僕は、夢を見ているのか?
すると、左右のピサンリが、同時に言った。
「賢者様!
僕らのお家に来てください!」
同じ声。同じ話し方。左右の耳から、同じ言葉が、飛び込んできた。
それで、あっ、となった。
ピサンリの家の双子だ。
双子は僕の手を左右から取ると、同時に前へ、力一杯引っ張った。
僕よりうんと小さいのに、ふたりとも力があって、僕は簡単に立ち…あがるには、双子の背が足りなかったから、そのまま前のめりになり…地面にしたたかに鼻をぶつけそうなところを、双子が慌てて庇って、なんとかぎりぎり、耐えてくれた。
「うへっ。びっくりしたっ。」
僕は、ぶつけずにすんだ鼻を手で抑えながら、顔をあげた。
「ごめんなさいっ!」
左右の耳から、同時に双子の声が入ってきた。
けれど、気付けには効果抜群だった。
腑抜けのようになっていた僕の精神は、ようやく僕のからだのなかに戻っていた。
「大丈夫ですか?賢者様…?」
双子は見事なシンクロ率で、左右から同時に覗き込んだ。
「あ、っと、いや、僕こそ、ぼんやりしていて、ごめん。」
なんかさ、もう、さっきから、いろんなことありすぎて、気持ちが追いつかなかったんだ。
双子は僕の目をじっと見て頷いた。
僕は何も言ってないけど、双子は僕の気持ちをちゃんと分かってくれてるみたいだった。
「だけど、ここは、まずいです。」
「僕らのお家に来てください。」
双子は気の毒そうにしながらも、そうきっぱりと言った。
それに、僕も頷いた。
「分かった。ごめん。」
この場所はまずい、というのは、僕にもすぐに理解できた。
ここは見張られているかもしれない。
僕はすぐさま、ステルステント(仮)で、双子と僕を覆った。
「ふわお?」
「今、何か、しましたか?」
双子は魔法の気配を感じたのか、首を傾げる。
「ちょっとね。
誰にも見えないようにしたんだ。
だけど、声は聞こえちゃうし、触ったらバレるから。」
「分かりました。」
「じゃあ、急ぎましょう。」
察しのいい双子は同時に頷くと、僕の手を左右からしっかりと握った。




