491
入ってすぐに全部見渡せるくらい狭かったけど、小屋の中は居心地よく整えられていた。
部屋の奥に小さな寝台、手前にはテーブル。
テーブルの周りには、椅子がちゃんと五つ置いてある。
四方の壁は、ぐるっと、作りつけの棚になっていて、手前には食器や保存食の瓶、奥の方には布や何かの入った箱が、整然と詰め込まれていた。
なんだか、ちょっと、出会たときのピサンリの小屋を思い出した。
厨房は家の中にはなくて、煮炊きは外でするようだ。
小屋の外に、雨避けの庇があって、石窯と大きな水瓶、それから調理台がある。
「幼子をお預かりするために、急いで、家を整えたのです。」
勇者、フォルティスは、にこにこと言った。
「僕らは食事をとらなくてもいいので、厨房を作るのを忘れてしまって。
でも、子どもは、たくさん食べないといけませんから。
慌てて拵えました。」
わざわざそんな説明を付け足した。
「わしは、料理は得意じゃ。
たんとたんと、食べさせるとしようかの。」
ご初代様、ソフォラは、諦めたのか、すっかりしゃべり方が元通りになってしまっていた。
「生きている間、わしには子はおらんかったが、村の子どもらの世話はしておったし。
安心して、お任せくだされや。」
ルクスはずっと僕らの後ろに隠れているチビ勇者を、前に押し出した。
「ほら、お前のお師匠様だ。
ちゃんと挨拶しな。」
チビ勇者に、フォルティスとソフォラは、腰を屈めて笑いかけた。
「はじめまして。よく来たね。」
「わたしたちに、子どもはいないけど。
あなたが来てくれて、とても嬉しいわ。」
僕以外と話すときは、ソフォラは、口調が変わる。
チビ勇者は、ふたりの顔をじっと見たけれど、頷くくらいの小さなお辞儀をしたかと思ったら、またルクスの背中に隠れてしまった。
「おやおや。」
「あらあら。」
ふたりの視線は、チビ勇者を追いかけたけど、チビ勇者はルクスの服をぎゅっと掴んで、そのままそこから出てこなかった。
「警戒、されてしまったかな?」
「わしら、怖かったかのう?」
どうしたんだろう。
チビ勇者は、人懐っこい、とは言い難いけど、礼儀はちゃんとした子どもだったんだけど。
テーブルに着いたときも、ルクスと僕の間に挟まって、うつむいたままだった。
ソフォラは、子どもの喜びそうな焼き菓子をたくさん作って、籠に山盛りにして持ってきてくれた。
フォルティスは、森で採ってきた甘蔓から作ったお茶を淹れてくれた。
甘いお茶とお菓子を目の前に並べられても、チビ勇者は、目を上げようとしなかった。
すすめられても、お茶にもお菓子にも手をつけない。
どうしたの?と尋ねてみても、首を横に振るばかり。
大人四人、どうしたものかな、と顔を見合わせた。
チビ勇者が、こんなふうになるのは初めてだった。
来る途中、新しい種族の郷にも、たくさん立ち寄ったけど、どこへ行っても、こんなふうになったことはなかった。
まして、フォルティスもソフォラも、チビ勇者と同じ平原の民なんだし。
ここの居心地は、チビ勇者にとって、そう悪いはずもないだろうと、思うんだけど。
ほとんど口をきかないチビ勇者は、ずっと、ルクスの服の裾を掴んだまま、どこへ行くにも、ついて歩いた。
「置いて行かれるのが辛いのかもしれんの。」
ソフォラはこっそり僕にそう言った。
「置いて行かれる?」
確かに、そんなふうにも見えるけど。
でも、チビ勇者にとって、僕らは、大嫌いな森の民だ。
それに、ルクスにとって、チビ勇者は、アルテミシアの仇でもある。
僕ら、そもそもそんな信頼しきった仲間、にはなりえない間柄なんだ。
ソフォラにそう言ったら、軽く苦笑された。
「子どもというものは、毎日変わるものじゃもの。
それに、お前様方のことも、ずっと一緒におったら、どういうお人かは、よう分かっておるのじゃろうて。」
………そうなの?
「お前様も、なんのかんの言うて、あの子の面倒をようみておられるように見えるがのう?」
そりゃさ。
身支度とか細かい世話とかは、ルクスはさっぱりだもの。
ボタンを掛け違えたまま着ているとか、後ろ前なのを直したり、べたべたになった口を拭いたり、小さな擦り傷を手当したり、そういうことをするのは、どうしたって、僕になっちゃうんだよね。
「べつに。
好きでやってるわけじゃないけど。」
「それでも、ほうっておかれないのじゃろ?」
ソフォラはそう言って、ほほほと笑った。
ルクスは、フォルティスと一緒に、森の外へ狩に行くことになった。
普通、狩は森の中でできるもんだけれど。
この森には獣は棲んでいないんだ。
むしろ、外の平原に、食用にできる獣は多くいた。
チビ勇者もそれについて行った。
べつに邪魔にもならないだろうから、構わないけど。
前に野営の支度をしているときには、ルクスが狩に行けば、チビ勇者は水汲みに行く、みたいに仕事を分担していたから。
そんなふうにべったりなのは、ちょっと意外だった。
フォルティスは、チビ勇者のために、小さな弓を作ってくれていた。
子どもにも引きやすいように、大さや強さも加減してある弓だ。
チビ勇者の力なら、大人用の弓でもじゅうぶんに、引けただろうけど。
チビ勇者は、自分専用の弓をもらって、ちょっと不思議そうに見ていた。
勇者の剣は小屋に置いて、弓を背負ってチビ勇者は出かけていった。
弓を背負った背中が、ルクスとそっくりで、ちょっとおかしかった。
僕は、ソフォラと一緒に夕飯の支度をした。
木の実を粉に挽いたり、ベリーを煮詰めたり、こちらもとても忙しかった。
夕方になるころ、狩に行ってた三人が戻ってきた。
五人の夕食にはとても食べきれないくらい、たくさんの獲物を抱えていた。
フォルティスは、少し興奮して、チビ勇者のことを褒めちぎっていた。
「彼の弓の腕は大したものだよ。
矢を一本も無駄にしなかった。
僕が彼くらいのときには、獲物に矢をあてることすら、できなかったのに。」
へえ。
チビ勇者は、父親から剣を習った、って言ってたけど。
弓も習っていたのかな。
「…この弓、とても使い安い。
狂いもないし。
引きやすいんだ。」
ずっと黙っていたチビ勇者が、ぼそぼそとしゃべった。
ルクスとフォルティスは、そのチビ勇者の声をしっかり聞こうと、腰を屈めて、耳を寄せた。
「………有難う………」
チビ勇者は、それだけ言うと、真っ赤になって、また、ルクスの背中に隠れようとしたけど。
その首根っこを捕まえて、フォルティスは、ちょっと強引に引き寄せた。
「どういたしまして。」
フォルティスはチビ勇者と目を合わせると、にこっと笑ってそう言った。
チビ勇者は、びっくりしたみたいに目を見開いて、フォルティスをじっと見ていた。
獲物はたくさんあったけど、ルクスもチビ勇者もすごくたくさん食べるから、きれいに食べつくしてしまった。
そうして、翌日には、また三人で狩に行った。
自分で身支度をしてきたチビ勇者は、剣ではなくて、あの弓を背負っていた。
ふたり、そっくりな後ろ姿をして、ルクスとチビ勇者とは、今日も出かけていった。




