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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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入ってすぐに全部見渡せるくらい狭かったけど、小屋の中は居心地よく整えられていた。

部屋の奥に小さな寝台、手前にはテーブル。

テーブルの周りには、椅子がちゃんと五つ置いてある。

四方の壁は、ぐるっと、作りつけの棚になっていて、手前には食器や保存食の瓶、奥の方には布や何かの入った箱が、整然と詰め込まれていた。


なんだか、ちょっと、出会たときのピサンリの小屋を思い出した。


厨房は家の中にはなくて、煮炊きは外でするようだ。

小屋の外に、雨避けの庇があって、石窯と大きな水瓶、それから調理台がある。


「幼子をお預かりするために、急いで、家を整えたのです。」


勇者、フォルティスは、にこにこと言った。


「僕らは食事をとらなくてもいいので、厨房を作るのを忘れてしまって。

 でも、子どもは、たくさん食べないといけませんから。

 慌てて拵えました。」


わざわざそんな説明を付け足した。


「わしは、料理は得意じゃ。

 たんとたんと、食べさせるとしようかの。」


ご初代様、ソフォラは、諦めたのか、すっかりしゃべり方が元通りになってしまっていた。


「生きている間、わしには子はおらんかったが、村の子どもらの世話はしておったし。

 安心して、お任せくだされや。」


ルクスはずっと僕らの後ろに隠れているチビ勇者を、前に押し出した。


「ほら、お前のお師匠様だ。

 ちゃんと挨拶しな。」


チビ勇者に、フォルティスとソフォラは、腰を屈めて笑いかけた。


「はじめまして。よく来たね。」

「わたしたちに、子どもはいないけど。

 あなたが来てくれて、とても嬉しいわ。」


僕以外と話すときは、ソフォラは、口調が変わる。


チビ勇者は、ふたりの顔をじっと見たけれど、頷くくらいの小さなお辞儀をしたかと思ったら、またルクスの背中に隠れてしまった。


「おやおや。」

「あらあら。」


ふたりの視線は、チビ勇者を追いかけたけど、チビ勇者はルクスの服をぎゅっと掴んで、そのままそこから出てこなかった。


「警戒、されてしまったかな?」

「わしら、怖かったかのう?」


どうしたんだろう。

チビ勇者は、人懐っこい、とは言い難いけど、礼儀はちゃんとした子どもだったんだけど。


テーブルに着いたときも、ルクスと僕の間に挟まって、うつむいたままだった。


ソフォラは、子どもの喜びそうな焼き菓子をたくさん作って、籠に山盛りにして持ってきてくれた。

フォルティスは、森で採ってきた甘蔓から作ったお茶を淹れてくれた。


甘いお茶とお菓子を目の前に並べられても、チビ勇者は、目を上げようとしなかった。

すすめられても、お茶にもお菓子にも手をつけない。


どうしたの?と尋ねてみても、首を横に振るばかり。

大人四人、どうしたものかな、と顔を見合わせた。


チビ勇者が、こんなふうになるのは初めてだった。

来る途中、新しい種族の郷にも、たくさん立ち寄ったけど、どこへ行っても、こんなふうになったことはなかった。

まして、フォルティスもソフォラも、チビ勇者と同じ平原の民なんだし。

ここの居心地は、チビ勇者にとって、そう悪いはずもないだろうと、思うんだけど。


ほとんど口をきかないチビ勇者は、ずっと、ルクスの服の裾を掴んだまま、どこへ行くにも、ついて歩いた。


「置いて行かれるのが辛いのかもしれんの。」


ソフォラはこっそり僕にそう言った。


「置いて行かれる?」


確かに、そんなふうにも見えるけど。

でも、チビ勇者にとって、僕らは、大嫌いな森の民だ。

それに、ルクスにとって、チビ勇者は、アルテミシアの仇でもある。

僕ら、そもそもそんな信頼しきった仲間、にはなりえない間柄なんだ。


ソフォラにそう言ったら、軽く苦笑された。


「子どもというものは、毎日変わるものじゃもの。

 それに、お前様方のことも、ずっと一緒におったら、どういうお人かは、よう分かっておるのじゃろうて。」


………そうなの?


「お前様も、なんのかんの言うて、あの子の面倒をようみておられるように見えるがのう?」


そりゃさ。

身支度とか細かい世話とかは、ルクスはさっぱりだもの。

ボタンを掛け違えたまま着ているとか、後ろ前なのを直したり、べたべたになった口を拭いたり、小さな擦り傷を手当したり、そういうことをするのは、どうしたって、僕になっちゃうんだよね。


「べつに。

 好きでやってるわけじゃないけど。」


「それでも、ほうっておかれないのじゃろ?」


ソフォラはそう言って、ほほほと笑った。


ルクスは、フォルティスと一緒に、森の外へ狩に行くことになった。

普通、狩は森の中でできるもんだけれど。

この森には獣は棲んでいないんだ。

むしろ、外の平原に、食用にできる獣は多くいた。


チビ勇者もそれについて行った。

べつに邪魔にもならないだろうから、構わないけど。

前に野営の支度をしているときには、ルクスが狩に行けば、チビ勇者は水汲みに行く、みたいに仕事を分担していたから。

そんなふうにべったりなのは、ちょっと意外だった。


フォルティスは、チビ勇者のために、小さな弓を作ってくれていた。

子どもにも引きやすいように、大さや強さも加減してある弓だ。

チビ勇者の力なら、大人用の弓でもじゅうぶんに、引けただろうけど。

チビ勇者は、自分専用の弓をもらって、ちょっと不思議そうに見ていた。


勇者の剣は小屋に置いて、弓を背負ってチビ勇者は出かけていった。

弓を背負った背中が、ルクスとそっくりで、ちょっとおかしかった。


僕は、ソフォラと一緒に夕飯の支度をした。

木の実を粉に挽いたり、ベリーを煮詰めたり、こちらもとても忙しかった。


夕方になるころ、狩に行ってた三人が戻ってきた。

五人の夕食にはとても食べきれないくらい、たくさんの獲物を抱えていた。


フォルティスは、少し興奮して、チビ勇者のことを褒めちぎっていた。


「彼の弓の腕は大したものだよ。

 矢を一本も無駄にしなかった。

 僕が彼くらいのときには、獲物に矢をあてることすら、できなかったのに。」


へえ。

チビ勇者は、父親から剣を習った、って言ってたけど。

弓も習っていたのかな。


「…この弓、とても使い安い。

 狂いもないし。

 引きやすいんだ。」


ずっと黙っていたチビ勇者が、ぼそぼそとしゃべった。

ルクスとフォルティスは、そのチビ勇者の声をしっかり聞こうと、腰を屈めて、耳を寄せた。


「………有難う………」


チビ勇者は、それだけ言うと、真っ赤になって、また、ルクスの背中に隠れようとしたけど。

その首根っこを捕まえて、フォルティスは、ちょっと強引に引き寄せた。


「どういたしまして。」


フォルティスはチビ勇者と目を合わせると、にこっと笑ってそう言った。

チビ勇者は、びっくりしたみたいに目を見開いて、フォルティスをじっと見ていた。


獲物はたくさんあったけど、ルクスもチビ勇者もすごくたくさん食べるから、きれいに食べつくしてしまった。

そうして、翌日には、また三人で狩に行った。


自分で身支度をしてきたチビ勇者は、剣ではなくて、あの弓を背負っていた。

ふたり、そっくりな後ろ姿をして、ルクスとチビ勇者とは、今日も出かけていった。



















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