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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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まだ何の民とも呼ばれていない、新しい種族。

彼らの郷は、実はあちこちにあるらしい。


森。山。平原。荒れ地。

彼らはどこにでも棲むことができた。

あえて言うなら、そこに誰も棲んでいない場所に、彼らは家を作り、郷を作っていた。


魔法の得意な彼らの郷は、どこも巧妙に隠されていた。

けれど、同じ種族同士は、活発な交流があるらしくて、人や物、情報も、彼らの間では頻繁に行き来していた。

魔法の力が、彼らにそれを可能にしたんだ。


彼らは、森の民に対してとても友好的で、行き場のない森の民を見つけると、彼らの郷に連れて行って、保護してくれているんだそうだ。

それはとても助かる。

僕らみたいに故郷の森を失くした森の民は、今のこの世界じゃ、なかなか居場所を見つけられないから。


僕らのことも、だから、最初は、助けようとしてくれたらしい。

だけど、平原の民のチビ勇者が一緒にいたから、怪しんだんだって。

そのまま、知らない顔をして行かせようかとも考えたんだそうだけど。

チビ勇者が、彼らの大切な泉に近付いたから、慌てて捕まえたんだそうだ。


彼らは、既存の三つの種族の中で、森の民を、少しばかり贔屓してくれているようだった。

それは、彼らの第一世代に、僕の髪を使って人になった、人が多いから、かもしれないと言っていた。


そのせいか、彼らは、森の民を排除する平原の民を、あまりよくは思っていないようだった。

平原の民といっても、みんながみんな森の民を嫌悪しているわけじゃないし、僕らのことを助けてくれた人たちも大勢いる。

けれども、そういうことは、外からじゃ、分からないかもしれない。


僕の髪を使って人になった、という人に、僕は会わせてもらった。

体調が悪い、ということだから、お家に訪問させてもらったんだけど。

寝台にからだを起こして僕を出迎えてくれた彼女は、頬を少し赤らめて、僕を見て微笑んでくれた。


「なんとなんとまあ。

 あのころと、少しも変わっていらっしゃいませんね?」


そうかな?

僕も少しは大人になってるって、思いたかったんだけども。

確かに、成長したか、って言われると、なかなか…なかなか…


彼女は、以前、研究院にいたらしい。

残念ながら、彼女の顔を見ても、僕には、誰か分からなかった。


研究院には、人化した精霊たちは大勢いたし。

直接、話したことはあまりなかったから、仕方ないのかもしれない。

ただ、彼女のほうは、僕のことを、よく覚えてくれていた。


「所長とおふたり、食堂でよく話していらっしゃいましたよね?

 大賢者様が考案されたプリンは、毎日、数量限定で、憧れの的でした。」


確かに。そんなこともあったっけ。


「あれは、僕の考案じゃなくて、アルテミシアが作ったんじゃなかったかな。」


「そう、でしたか…

 なにせ、遠い昔のお話で、記憶も曖昧に…」


「もう、そんなに昔になるのかぁ…」


「ええ。

 あのころは、わたしも、小さな子どもだったのですよ。」


彼女はそう言って微笑んだ。


この種族の時間は、とても速く過ぎる。

研究院にいたころ、それもちらっと聞いた気もするけど。

本当に、とても速いのだなと思った。


あれは、つい、この間のことなのに。

小さい子どもだったはずの彼女は、年老いて、老婆になっていた。


けれども、夫と子どもに孫、大勢の家族に囲まれて、彼女はとても幸せそうに見えた。


彼女の病は、何か悪い物が体に入ったせいじゃなくて、年を取って、からだが弱っていく病だった。

時間を戻すことだけは、どんな魔法でも、叶わない。

僕は、せめて、彼女にエエルを送り込んだけれど。

そのくらいのことは、彼女の家族たちが、毎日、彼女にしているだろうと思った。


そうそう。

大賢者の絵姿、というものを見せてもらったときには、びっくりした。

真っ白い髭が、足元に届くくらい長くて、腰も少し曲がって、ぼこぼこした木の杖をついている。

郷の長老でも、こんなおじいさんじゃなかった。

だいたい、僕ら、あんまり髭は伸ばさない。

だけど、その絵姿は、山の民もびっくりの長い髭を生やしていた。


いや、もう、これは、笑うしかない、よね?

だけど、それを見て、ちょっと思った。

もしも、研究院にいたころの僕が、彼らと同じくらい速く年を取ったら、今、ちょうどこんな感じ、なのかもしれないなあ。


もっとも、僕ら、小さいころはともかく、そこそこ大きくなってからは、百年や二百年じゃ、見た目はそんなに変わらない。

背が伸びなくなっちゃうから、変化もほとんど分からないんだよね。


うんとうんと小さいころ、研究院で僕を見た彼女が、彼女と同じだけ年を取った姿を想像して描いてくれた、のかもしれないな。


というわけで、僕の絵を改めて描いてくれたんだけど。

いや、照れくさいよね、こういうの。

人にじっと見つめられるのとか、慣れてないから、もう、勘弁してほしい。


いっつも、人の中心にいるのは、ルクスで、僕は、ルクスの後ろに隠れてるのが、通常なんだ。

どうにも、大賢者様、が一人歩きしてて、なんだかものすごく偉い人、みたいに思われてるのが、居心地悪い。


ルクスなんて、元王様なのに、みんな、けろっとしててさ。

よぉ~、ルクスさま~、なんて、遠くから見かけたら手を振ってくれたりなんかして。

………僕にも、そんなふうに、してもらえないかなあ………


だけど、それも、ルクスの人柄なんだろうな。

どこにいても、誰に対しても、明るくて、優しくて、みんなに好かれるんだ。

まるで、お日様みたいな人だもの。


チビ勇者も、最初こそ、警戒されてたけど。

素直で真面目な働き者、ってのは、すぐにみんなに知ってもらえて。

それからは、郷の子どもたちと同じように、可愛がってもらえるようになった。


気付いたら、いっつも近くにいて、何か手伝おうと身構えてるような子どもなんだけど。

そんなことしなくていい、って大人たちに言ってもらって。

子どもは子ども同士遊んできな、って、お菓子なんかもらったりして。

ちょっとはにかんで、にこっと笑って、有難う、って言って、そしたら、頭、撫でてもらったりなんかして。

そんなふうに、子どもとして扱ってもらってるの見てたら。

なんだか、チビ勇者をこの旅に連れてきて本当によかった、って、思ったんだ。


しばらくの間、僕らはその郷に滞在させてもらっていた。

ずっと、ステルステント(仮)を使いながらの気を張った旅をしていたから。

郷にいる間、のんびりさせてもらえて、とても助かった。


いや、本当は、旅の間だけじゃなくて、その前から、僕ら、結構、疲れていたかもしれない。

だけど、その郷にいると、いつの間にか、いろいろとしんどかったことも、薄れていった。

そこは、不思議な、楽園だった。









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