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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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おう、これはいかん!

老人はいきなりそう叫ぶと、周りの人たちに合図をした。


「大賢者様方には、是非、郷にお越しいただかなくては!」


おう、おう、もちろん、と周りの人たちも口々に言う。

それから、老人は、腰を屈めて、僕らにむかって丁寧に言った。


「どうか、一緒に来ていただけませぬか。」


「いや。あの…」


僕は、どうしたものか、とルクスを見た。

ルクスはちょっと考えるようにしてから、仕方ないな、と呟いた。


「チビ勇者を返してもらわないといけないしな。」


そうだね。

それは、大事だ。


僕は何回も頷いた。


「平原の民ですら、導こうとなさる。

 大賢者様の深い御心には、わしらの浅薄な考えでは、到底及びもつかず。

 大変、失礼をいたしました。」


老人はそう言って、丁寧に頭を下げた。

なんだかかえって気まずくなるくらいだった。


「あ。いや、あの。

 とりあえず、あの子は、返してもらえますか?」


「もちろんです。

 しかし、どうか、わしらのお詫びの気持ちもお受け取りいただきたく。」


「あの。

 気持ちはもうじゅうぶんに受け取りました。

 それに、最初に、大事な泉を勝手に使ったのは僕らなんだし…

 謝るなら、僕らのほうこそ、ごめんなさい。」


「なにをおっしゃいますか。

 大賢者様にお使いいただけるとは、なんと有難いことか。

 これは大賢者様のお飲みになった水じゃと、子々孫々の代まで語り伝えましょう。」


そんな、大袈裟な…


それにしても、この喜びようは、ちょっとびっくりだった。

まあ、嫌われたり攻撃されるよりは、いいんだけど。


老人に連れられて、僕らは森を歩いた。

他の人たちは、一足先に郷に戻ったみたいだ。

彼らはみんな、風のように速く走る技を持っているらしい。

老人も、もちろん、できるんだろうけど。

僕らに合わせて、ゆっくり歩いてくれてるんだ。


僕らを先導するように、あの光の玉が、ふわふわと飛んでいた。

足元が明るくて、歩きやすくて助かった。


「先ほどは、大変、失礼をいたしました。

 わしは、目を合わせた方の過去の姿を垣間見る能力を持っておるのです。

 それゆえに、あなた様を大賢者様だと分かりました。」


老人は種明かしをしてくれた。

へえ、そんな能力もあるんだ。

新しい種族には、まだまだ未知の力があるのかもしれない。


「しかしまあ、なんと、なんと、この目で大賢者様を直接見られる日が来ようとは。

 長生きはするものじゃ。」


老人は、そう言って、なんとまあ、なんとまあ、と繰り返した。


大賢者様、は、ちょっと苦手なんだけど。

今回ばかりは、助かったかもしれない。


「大賢者様は、わしら一族をこの世界に導いてくださった尊いお方。

 わしらは伝え聞く大賢者様の御姿を絵に描き、家々に飾っておりますけれども。

 その絵は、あなた様には、あまり似ておらんようじゃ。」


あ、ははははは…

それは、どうも。

もしかして、がっかりさせちゃったかな?


「郷には絵の上手もおります。

 是非とも、その者に、大賢者様の正しい御姿を、模写させたく…」


いや、あの、そういうのは、あんまり得意じゃないし。

絵とか、飾ってもらわなくても、なんですけど…


淀みなく話しかけてくれる老人に、僕は、あ、とか、う、とかしか返せなかったんだけど。

老人は気にせず話し続けた。


「うちの郷にもひとり、大賢者様の御髪をいただいて人となった者がおりますのじゃ。」


「え?それじゃあ、もしかして、研究院にいたとか?」


それには思わず反応していた。


研究院で髪を引っこ抜かれたのを思い出す。

精霊の人化計画、だっけ。

そんなのもあったなあ。


精霊が人になるとき、大量のエエルを消費する。

そうすることで、溢れたエエルを調整できないか、実験されてたんだ。


そうやって人になった精霊が、研究院には大勢いた。

研究院が襲撃された後、行方の分からない人もいたはずだ。


そっか。

無事に逃げて、仲間と合流できてたのか。


精霊の人化は、実際には、世界中のあちこちで起こっていたらしい、と、後になって聞いた。

そうやって新しい種族が生まれつつある、と。


彼らはあっという間に成体になって、あっという間に年を取る。

けれど、子どもも大勢生まれて、あっという間に、人数も増える。


それは、これまでこの世界にあったどの種族とも異なっていた。


残念ながら、彼らについての研究は、研究院が失われて、途絶えてしまった。

けれども、新しい種族は、この混乱した世界で、力一杯、生き抜いてきたんだ。


なるほど。

彼らが魔法が得意なのも、それで少し納得がいった。

彼らの第一世代は、精霊から人になった人たちだし。

魔法というのは、元々、精霊のよく使うものだ。

そのままの感覚で、彼らは日常的に魔法を使うのかもしれない。

そして、その能力は、この世界で生まれた子どもたちにも、伝えられていくだろう。


エエルの溢れる今の世界なら、魔法は使い放題だ。

研究院では、そういう世界を目指そうとして、結局、失敗したけど。

それでも、知らない間に、ごく自然に、その世界を実現させちゃってた人たちもいたんだ。


「しかし、今、その者は、長患いで伏せっておりますのじゃ。

 どうか、その者、会うてやってくださいませんか。

 大賢者様のご尊顔を拝すれば、その者の病も、良うなるかもしれませぬ。」


僕の顔にそんな効果があるかどうかは分からないけど。

癒しの術なら、少しはお役に立てるかもしれない。

もっとも、魔法は、彼らのほうが、僕の何倍も使いこなせてるだろうけど。


歩いていると、遠くの森が、星祭のときのように明るく光っているのが見えてきた。


「あれは、郷、ですか?」


「おう。そうです。

 先に戻った者たちが、賢者様方を歓迎するための準備を、大急ぎでやっているのですよ。」


老人は嬉しそうに答えた。

いや、そんな、大歓迎とか、却って気が引けるんですけど…


近付くにつれて、目の前には、昼間のように明るい森が広がっていった。


そこここに、あの明るい光の玉が掲げられている。

あちこちを、人々は風のように飛び回っていた。

いや、本当に、飛んで、いたんだ。

研究院で、みんなが飛行円盤で移動していたのを、ちょっと思い出した。

けれど、彼らは、飛行円盤のような道具を使うのではなく、一見何もないところに立ったままで、飛んでいるんだ。

それを見て、僕は、ヘルバの魔法を思い出した。

ヘルバの魔法も、こんな感じだった。

つまり彼らの使っている魔法は、大昔の、僕らの遠いご先祖様が使っていたような魔法だった。









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