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最初は、俺も、それが、いにしえの勇者だとは、気付かなかった。
ルクスはそう話しを始めた。
「現実には会ったことのないやつなのに、不思議と気が合って、俺たちは毎晩、夢の中で話しをした。
いや、夢の中で誰かに会う、なんて、しかも、そいつとは現実には知り合いでもなんでもなくて、見たことも聞いたこともないやつだなんて、そんな話し、誰かには話せないだろ?
俺もさ、ずっと、妙な夢だ、くらいにしか思ってなかった。
だけど、妙に、現実的なんだよな、その夢がさ。
夢の中で、やつは真剣に悩んでいて、俺にそれを話すんだ。
そして、俺も、そのやつの話しが、ものすごく、身につまされるように、分かるんだな。」
ルクスはちらっと苦笑した。
今になってこんなことを話す気になったのは、どうしてだろう。
ただの旅の間の暇つぶし、じゃ、ないと思う。
それに、夢の中で誰かに会う、ってのは、現実にあるんだ、って、僕は知っていた。
だって、僕も、初めのころは、大精霊と夢のなかで会っていたんだもの。
あのころの僕も、大精霊を、僕の夢が作り上げた勝手な妄想か、それとも、本当に在る存在なのか、はかりかねていた。
今から思えば、それを確かめるために、いろいろとやってみたっけ。
だから、ルクスの会っていたその相手が、ルクスの妄想じゃなくて、本当にいにしえの勇者だった、ってことも、じゅうぶんにあり得ると思う。
だって、僕の会っていた大精霊も、現実に、いたんだから。
「ルクスといにしえの勇者は、夢の中で、友だちになったんだね?」
そう言ったら、ルクスは嬉しそうに頷いた。
「お前なら、信じてくれるかな、って思ってたけど。
あっさり、信じてくれるんだな。」
「そういうこともある、って、僕も知ってる。」
そう言ったら、ルクスはますます嬉しそうにした。
「よかった。
そこをまず信じてもらえなければ、話しが始まらない。」
それから、ルクスはチビ勇者の肩に手を置いた。
チビ勇者は、さっきからまばたきもせずに、ずっとルクスに注目していた。
話しを真剣に聞こうとしているみたいだった。
「お前もさ、信じられないかもしれないけど、まずは、信じた気になって、話しを聞いてくれないかな。
そこを最初から疑ってかかられると、俺の言葉は、まったく、お前の心には届かないだろうからさ。」
チビ勇者は、ひとつ頷いた。
そんなの心配しなくても、チビ勇者は、もう、ルクスのことを絶対的に信頼している、ってちょっと思った。
ルクスはそう前置きをしてから、話し始めた。
「あいつの生まれたのは、王都からも遠く離れた小さな村だった。
そのころは、今、山の民と呼ばれている連中が、大きな街を作って暮らしていたそうだ。
街には、魔法装置、という摩訶不思議なものがあって、夜も昼間のように明るく、一年中春みたいに、暑くもなく寒くもなかったんだと。
だけど、魔法装置は、とんでもなくエエルを消費した。
王都から遠く離れた村じゃ、エエルの不足で、土地は荒廃し、作物も実らない。
人は生きていくだけで精一杯で、辛く苦しい暮らしを強いられていた。」
魔法装置のすごさは、僕もよく知っている。
匠たちは次々と魔法装置を生み出しては、いろんなことを便利にして、できないことを可能にしていった。
だけど、それがエエルをそんなに消費するものだ、というのは、気にしていなかった。
もっとも、今はエエルは世界に溢れて、むしろ、過剰なくらいの状況だから、気にする必要もなかったのかもだけれど。
エエルの足りないときだったら、僕だって、やめてほしいって思ったかもしれない。
「あるとき、やつの目の前で、人が消滅したんだそうだ。
それを見て、やつは決意した。
エエルを無駄遣いする魔法装置は、全部、壊さなくちゃならない、って。」
いにしえの勇者は、そうやって、勇者になる旅を始めたんだ。
「初めて壊したのは、街を一晩中明るくしていた街灯だったそうだ。
剣で思いっきり叩いたら、あっけなく、割れて壊れた。
それを見たとき、とてつもなく嬉しくなったんだと。
ああ、これで、今、人の命をひとつ救った、って。」
いにしえの勇者も、ルクスも、目的は同じなんだ。
困ってる人の力になりたい。
だからこそ、ルクスも、いにしえの勇者の気持ちはよく分かったと思う。
「そこからは、壊して壊して、壊しまくったんだそうだ。
やつの考えに賛同する仲間も増えた。
やつらは、次々と街を襲い、魔法装置を破壊していった。」
その人たちは、やがて最果ての森へとたどり着き、そこでいにしえの勇者は、闇に捕らわれて、封印されることになった。
仲間たちは、その勇者の帰りを、ずっと待ち続けることになる。
「もちろん、街の連中だって、ただ壊されるのを指を咥えて見ているなんてことはない。
やつらも、街を守ろうとして、戦った。
勇者たちと街の連中との間には、何度も何度も、激しい戦闘が起こった。
そうして、お互いに、大勢の仲間を失った。」
ルクスもかつて、兵を起こし、王都へと攻め上ったことがあった。
そのときのことを、ルクスはあまり語ろうとはしないけれど。
「魔法装置を壊しまくっていたとき、あいつは、それを最善の手だと信じて疑わなかった。
魔法装置がひとつ動かなくなるたびに、人の笑顔が思い浮かんだ。
だけど、共に戦う仲間たちは、少しずつ、少なくなっていった。
血を流し、力尽きて、道半ばに倒れた者たちを、やつは置き去りにした。
怪我を治して、追いついてこい、とだけ言い残して。
早く次の街へ行って、魔法装置を壊さなければ。
そのことだけで、頭はいっぱいだった。
だけど、実際に、怪我を治してから、追いついてこられた者は、とても少なかった。」
あの村のご先祖様たちは、そこそこ大勢いたけど。
それって、初代の人たちの子孫が、ずっとずっと、あの地に留まっていたからだ。
実際に、いにしえの勇者と行動を共にしていた人たちは、そんなに人数はいなかった。
軍隊のこととかは、あんまりよく分からないけれど。
ルクスの周りにいた近衛兵のみんなのこととかを思い出しても。
それよりずっと少ない人数しかいなかったように思う。
「やつには、親友がひとりいた。
旅の始めに知り合った、森の民だった。
ずっと、行動を共にしていたそうだけど。
その親友とも、次第に意見が合わなくなっていた。
親友は、やつに、人と戦いたくない、と言った。
やつは、自分だって戦いたくない、襲ってくるのはあっちだ、と反論した。
あいつらの魔法装置を壊さなければ、世界は崩壊し、人も消滅する。
説得なんてしている暇はない。
そう言い張るやつを、親友はいつも悲しそうに見ていた。
そうして、あるとき、とうとう、もう共には行けない、と言って、離れていったそうだ。」
その親友は、多分、ヘルバだ。
ヘルバは、いにしえの勇者のことは、何も話してくれなかったけれど。
親友だったいにしえの勇者を、勇者を捕らえた闇ごと、厳重に封印したのも、ヘルバだ。
その後、ヘルバは、森の民の中には帰らずに、石の街に棲んでエエルの研究を続けていた。
そうして、大精霊を召喚して、世界の崩壊を救ってくれた。
ピサンリのことをからかったり、僕に魔法を教えてくれたり。
ちょっととぼけてて、お酒が好きで、いつも穏やかに微笑んでいた。
だけど、朝早く、風に吹かれながら、ヘルバは何を思っていたんだろう。
もっとたくさん、話しをすればよかった。
「親友と離れてから、やつは、自分はひとりきりだと思うようになった。
ついてくる仲間たちは、数少ないけれど、まだいた。
けれど、そいつらは、ただ盲目的に、自分についてきているだけだと思うようになった。
何かを成し遂げようとして、自ら行動しているわけじゃなく。
ただ、何も考えずに、勇者の仲間、をしているだけだ、って。」
その仲間たちは、子々孫々、村を作って、封印を守って、勇者の帰りを待ち続けてくれるんだけど。
それは、千年経って、ようやく分かったことで。
いにしえの勇者は、それに気付くのに、千年、孤独の中を彷徨い続けないといけないんだ。
「あるとき、ふと、気付いた。
自分は、人の命を救いたかった。
だけど、自分のしてきたことは、結局、大勢の命を奪うことだった。
それに気付いて、やつは、一歩も動けなくなった。
ずっと、最初の街灯を叩き壊したときから、同じ剣を使い続けていた。
その剣を、地面に突き立てて、思った。
これは、世界を救うことに失敗した勇者の墓標だ、と。」
傷つき、疲れ果てて、ひとりぼっち。
心細くて淋しくて、悲しかった。
自分は何のために戦ってきたんだろう。
むなしさに押しつぶされて、そうして、勇者は闇に囚われた。




