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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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疲れるけれど、やっぱりステルステントは使うことにした。

人はもちろん、獣とも、戦わずに済むものなら、戦いたくなかったからだ。


荒れ果ててはいたけれど、街道、の痕跡は残っていて、僕らをそれに沿って歩いた。

他に人影は見当たらなかった。

ただ、獣たちとは、とてもたくさん行違った。


獣は僕らには気付かずに、すぐ近くを通り過ぎていく。

直接触れば気付かれるし、音も聞こえてしまう。

そういうとき、僕らは息を殺し、じっと動かずに、獣が去るのを待つしかなかった。


そんなわけだから、道はなかなか捗らなかった。

最果ての森への道は、とてもとても、遠かった。


夜は森の中で野宿した。

森の野宿は慣れているけれど。

この辺りは、郷の近くの森のように安全ではないから、野宿にはとても気を遣った。

獣避けに火も焚かなければならなかったし。

一晩中、誰かが起きていて、交代で見張りをした。


昼間は、魔法を使いながら歩き詰めで、僕は野宿の準備ができると、いつも倒れこむように横になっていた。

水汲みやら、食事の支度やら、見張りやら、まだまだやらなければならないことは山のようにあるのに。

僕はもう、完全に役立たずだった。


それでも、ルクスもチビ勇者も、そんな僕を責めなかった。

そうして、最大限、僕を休ませてくれた。


チビ勇者は、小さくて体力もないのに、僕らと同じように見張りをしてくれた。

いや、むしろ、僕なんかより、よっぽどしっかり役目を果たしていた。

ルクスは、チビ勇者と僕を庇って、僕らの何倍も、辛い役目を引き受けてくれた。


だから、僕も、甘えてばかりいちゃいけないって思った。

朝は、なんとか起きられたから、少しでも早く起きて、見張りを交代するようにした。


エエルの溢れるようになった世界は、活力に満ちているけれど、荒々しく、すべての命が競い合っているような感じだった。

豊かな世界は、誰も争わなくていいはずだと思っていたけれど。

今の世界は、僕の思っていたのとは、ちょっと違うようだった。


緊張もしていたし、毎日くたくたになったけれど、それでも少しずつ、からだは旅に慣れていった。

野営の支度ができても、起きていられるようにもなってきた。

そうしたら、夕食は、三人で焚火を囲んでとるようになった。


食事の支度は当番制になった。

ルクスも僕も、一応、料理はできる。

これまでは、アルテミシアとか、ピサンリとか、匠とか、名人級の人がいたから、もうお任せ状態だったけど。

できない、ってわけじゃ、ない、うん、一応。

そりゃ、なんだって、煮たり、焼いたり、すれば、なんとかなるわけだし。

いや、ベリーとかなら、そのままだって、食べられるわけだし。

ベリー集めなら、僕、得意だよ。うん。

僕の当番のときには、ベリー率高め、とか、ルクスには言われたけど。

そう言うルクスだって、当番のときには、焼いた鳥とか、焼いた魚とか、焼いた木の実とか、そういうのばっかじゃないか。


驚いたことに、いや、僕らこのザマなんだから、驚くことじゃないかもだけど、一番の料理上手は、チビ勇者だった。

お父さんとふたり旅をしていたときに、いろいろ習ったんだってさ。

それに、ずっとひとりで旅していたから、食材集めから、その料理まで、なかなかな腕を持っていた。


木の実や食べられる草だけじゃなくて、木の蔓や草の実、根っこも、チビ勇者の手にかかれば、すごいご馳走になる。

それに、なんと!蒸し料理!なんてのまで、作るんだ!


もうもう、ルクスも僕も、膝を並べて、お世話になります、って、頭下げたよ。

チビ勇者は笑ってたけどさ。


チビ勇者は、本当、働き者だった。

水汲みだって、薪割りだって、イヤな顔ひとつしない。

言われる前から、気付いてやる、って、もう本当、できたお子様だよ。

いったい、どんなふうに育てられたら、こんな子どもになるんだろうね。

そんな子どもが、あれほどまでの悪意を持っていたなんて。

それも、怖いと思ったよ。


オルニスは言ってた。

真面目で純粋であればあるほど、強い悪意を持ってしまうものかもしれない、って。

その言葉の意味を、何度も何度も考え直した。


あるとき。

食事の後、焚火を囲んでぼんやりしていたら、ルクスがぽつぽつと話しだした。


「あの最果ての森にいた頃、俺、よく、夢を見たんだ。」


夢?と僕が聞き返したら、ルクスは小さく頷いた。


「俺は戦いでぼろぼろに傷ついて、とぼとぼと森を歩いている。

 仲間は誰もいなくなっていて、ひとりきりで。

 心細くて、淋しくて、何より、悲しかった。

 何のために、自分は戦ってきたんだろう、ってずっと考え続けていた。」


そんな夢を見たって話し、確かに、前にも一度聞いた気がする。

要の守が竜の姿で足止めしてくれたとき。

その直前にも、ルクスはそんな幻を見ていたんじゃなかったっけ。


そう言ってみたら、ルクスは、ああ、そうだった、と頷いた。


「あの夢を初めて見たのは、確かに、あの要の木のところだった。

 ただ、俺は、その後も、何回も何回も、同じ夢を見たんだ。」


そんな悲しくて辛い夢を、何回も何回も見るなんて。

それは、さぞかし辛かっただろう。

たとえ夢でも、そんな思い、何回もしたくない。


僕は、夢見のよくなるお呪いを小さな声で唱えた。

郷じゃ、みんなよくやることなんだけど。

怖い夢を見た、って子どもが泣いたりしたときに。

僕もよく小さいころに、ルクスやアルテミシアにやってもらってた。


僕のお呪いを見て、ルクスは小さく微笑んだ。

それから小さく、懐かしいな、って呟いた。

こんなの、子どもだまし、なのかもしれないけど。

小さいころにやってもらったお呪いって、実は、大人になっても効果あると思う。


「だけどさ、よくよく考えてみれば、これは、俺自身じゃねえな、って。」


はい?と僕は顔を上げる。

それにルクスは、にっと力強く笑った。


「だって、そうだろ?

 少なくとも、俺は、ひとりぼっちになったことは、一度もなかった。

 どんなときも、アルテミシアが一緒にいてくれたし、仲間たちだって大勢いた。

 戦いが不安だとか、恐ろしいと思うことはあったけれど。

 心細いとか、淋しいと感じたことは、一回もなかったんだ。」


それはまた、幸せだった、のかな?


「それに気付いてから、俺は、その夢の意味を考えるようになった。」


「夢の、意味?」


アルテミシアの有難みを思い知れ、とか?

いや、そんなの、分かってるか。


「もしかしたら、これは、俺じゃない誰かのことかもしれない、って。」


確かに。

今から思えば、ルクスの見たその夢は、いにしえの勇者の身に怒った出来事だと思えなくもない?


いや、ちょっと、待って。

そんなこともない、か。

だって、いにしえの勇者だって、ずっと仲間たちに囲まれていたはずだ。

その人たちは、闇に捕らわれた勇者を取り戻すために、何年も何年も、子孫たちが村まで作って、ずっとずっとその帰りを待ち続けたんだから。

そんな仲間がいるのに、孤独なわけはないだろう。

それに、多分、だけど、ご初代様って、本当に、勇者の恋人だった、んだと思う。


「あの勇者も、ひとりぼっちじゃ、ないよね?」


「そうだよなあ。」


ルクスはあっさり同意した。


「だけど、俺はやっぱり、あれは、あの勇者のことだと思ったんだ。」


「どうして?」


「どうして?

 うーん、どうしてだろうなあ。

 だけど、ふと、それに気付いてさ。

 そうしたら、やっぱりそれは、合ってたんだと思う。

 そのときから、フォルティスは、俺の夢の中に姿を現すようになった。」


いにしえの勇者が?夢のなかに?

僕は話しをもっとよく聞こうと、身を乗りだした。













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