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街を抜けるまでは僕の魔法のステルステント(仮)を使ったけど、街を出たところからは、魔法は解いて歩いた。
ずっとかけ続けているのは、負担も大きい。
街の外は、ほとんど森に覆われていた。
前はこの辺は木の少ない平原だったから、ずいぶん、様子が変わったと思った。
世界に溢れたエエルは、荒れ地を草原へ、草原を森へと変えていた。
自分たちの棲む場所を森に変えられた平原の民にとっては、この変化は、恐怖や怒りを感じるものだろうと思った。
確かに、だから、僕らは、彼らに嫌われ、憎まれ、恨まれてしまったんだ。
彼らの棲む場所を、森の民は森へと変えて、奪おうとしている。
多くの平原の民は、そう考えているのだろう。
もちろん、そんなことを考える森の民は、ほとんど、いないと思う。
たいていの森の民は、永遠に故郷の森にいて、そこから外へは出たくないと思っているものだ。
じゃあ、故郷を失った森の民は…
故郷を失った森の民は、既にほとんどが、アマンへと渡ってしまったはずだ。
それでも、僕らのように、この世界に遺された者もいる。
じゃあ、僕ら、どうしたいのか、って問われたら。
僕は、できることなら、この世界の隅っこで、ひっそり暮らせたら、って思ってる。
故郷でない場所だとしても、そこに暮らす人たちに混じって、ひっそりと。
誰の邪魔にもならないように。可能なら、誰かの役に立って。
昔、ヘルバがそうしていたように。
だけど、森が増えれば、僕らにとっての、暮らしやすい場所、が増えるのには違いない。
逆に、そこが暮らしにくくなって、余所へ移らないといけない平原の民もいるだろう。
だとすれば、僕らが、自分たちのために森を増やし、平原の民の暮らしを圧迫している、と思われても、仕方ないのかもしれない。
そんなつもりはない、って、ひとりひとりに言い訳をして回りたいけれど。
森が増えれば増えるほど、僕らの言葉に耳を貸してくれる平原の民は、少なくなっていくだろう。
こんなはずじゃ、なかったんだ。
そもそも、この事態を招いたのは、僕の責任だ。
森の民全体が悪いんじゃない。
僕が、間違えたんだ。
だとしても、それをみんなに分かってもらうことも難しくて。
そうして、森の民は、ますます、嫌われ者、になってしまう。
どうすればいい?どうしたらいいんだろう?
答えの見つからない問を、僕は自分に繰り返した。
だけど、どれだけ考えても、いい考えは思い付かなかった。
平原に作られていた街道も、森に覆われていた。
ずっと遠くまで見渡せた道も、先が見通せない。
敷き詰めた煉瓦も、木の根っこに浮かされ、道もでこぼこになってしまって、ひどく歩きにくかった。
これじゃあ、ワルモノだ、って言われても、仕方ないよね。
前は、村や町の間を、荷物をたくさん積んだ馬車が行き来していたものだけれど。
この街道じゃ、馬車を走らせることもできない。
森は、平原の民の暮らしそのものを、壊してしまっていた。
少しだけ目を上げて、前を歩くチビ勇者の小さな背中を見つめた。
こんなに小さなチビ勇者が、あれほどの悪意を森の民に対して持ってしまっていたのも。
仕方なかったのかもしれない、って思った。
うつむいて道を歩いていると、いきなり、ぐいと、袖を引っ張られた。
何事?と目を上げた僕の目の前には、こちらへ襲い掛かろうと身構える獣の姿があった。
僕は、生まれてこの方、獣に襲われたことは一度もなかった。
僕らの森にも、もちろん、獣はいたけれども。
獣の領分と、人の領分は、厳密に分かれていて、互いにそれを犯すことはしなかった。
それは、大昔に、獣のご先祖様たちと、僕らのご先祖様たちとの間で交わされた、約束、みたいなものだった。
年に一度、夏至祭りの期間だけは、それを破って、狩をする。
その代わりに、僕らは、獣に食べ物を捧げ、彼らの森の木の世話をした。
そうやって、何千年、僕らは互いに緩やかな不可侵のもと、暮らしてきたんだ。
だから、僕は、驚いてしまって、ただ呆然と立ち尽くしていた。
すると、強い力で引き倒された。
さっきまで僕のいたところを、角を振り上げた獣が、駆け抜けていった。
獣の後を追うように、ルクスの矢が飛ぶ。
そのなかへ、まるで彼自身も一本の矢になったかのように真っ直ぐに走っていったのは、あのチビ勇者だった。
チビ勇者は、どこかで拾った木の枝を手に持っていて、それで、獣を斬るようにした。
それはもうまったくただの木の枝にしか見えなかったんだけれど。
確かな手ごたえがあって、獣の毛束が、ぱっと飛び散った。
え?まさか?
僕は目を丸くした。
ルクスも驚いたのか、弓を射る手を止めていた。
けれど、多分、誰より驚いたのは、僕らに襲い掛かった獣自身だった。
獣は、後ろを振り返ることもせず、一目散に逃げていった。
ふう。やれやれ。
チビ勇者は手に持っていた枝をぽいと投げ捨てた。
それは折れてしまっていたけれど、何度見ても、ただの木の枝だった。
「大丈夫?」
チビ勇者は振り返ると、僕を見て尋ねた。
ぼんやり歩いていた僕を引き留めてくれたのも、襲ってくる獣から守ってくれたのも、このチビ勇者だ、ってことに、僕はようやくそのときになって気が付いた。
「あ。うん。
おかげさまで。」
僕はなんとかそれだけ言った。
お礼を言うべきだって思ったけど。
何故か素直に言えなかった。
「この辺りの森は、獣と森の民との間の契約はないからな。
襲い掛かって来るから、気をつけろ。」
ルクスは厳しい顔をしていた。
「…分かった。」
僕も神妙にうなずいた。
旅の途中、獣に襲われたことは一度もなかった。
それって、ずっと、誰かに守ってもらっていたからだ、って改めて気付いた。
狩をするルクスやピサンリは、常に周りを警戒して、危険な気配を感知している。
そうして、僕はずっと、危険からは遠ざけてもらってたんだ。
チビ勇者は僕の横に来て、心配そうに覗き込んだ。
「怪我、した?」
「あ。いや、大丈夫だよ?」
僕は勢いよく立とうとしたけど、足首に痛みが走って、そのまま、座り込んだ。
「っ、ててて…」
「怪我、してる!」
チビ勇者は一声叫ぶと、一歩後退った。
なんだか、ひどく絶望したみたいに、目を見開いていた。
「っ、ぼ、…僕の、せい?」
「え?
あ、ちょっとひねったかな…
だけど、このくらいなら、問題ないよ。」
僕は掌に治癒の魔法をのせて、すっと自分の足首を撫でた。
痛みはすぐにひいて、立つこともできた。
とんとんと爪先や踵を地面にぶつけて、足の具合を確かめる。
うん。大丈夫。
「ごめんなさいっ!」
だけど、その僕の前に、いきなりチビ勇者はうずくまった。
地面に両手をつき、額をこすりつけるようにして、連呼した。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ。」
「え?
あ、いや、あの…」
ルクスはそのチビ勇者の両脇を持って、抱え上げた。
ちょうど僕の顔の真正面に、チビ勇者の顔を持ってくる。
チビ勇者の顔は、涙と鼻水に土が混じって、なんだかすごいことになっていた。
「え?あ、そんなに、泣かなくても…」
僕はおろおろと辺りを見回して、適当なものが見当たらなかったから、自分の袖で、チビ勇者の顔を拭いた。
チビ勇者は、額をちょっとすりむいて、血が出ていた。
僕は、指先に治癒の魔法を乗せて、軽くその傷を撫でた。
「…あ…」
チビ勇者は、驚いたみたいに、自分の額に手をやった。
僕はそのチビ勇者にむかって、精一杯、笑いかけた。
「あの。
さっきは、僕のこと、助けてくれたんだよね。
有難う。」
やっと、素直にお礼が言えた。
チビ勇者は、不思議そうに僕を見つめる。
ルクスはチビ勇者をくるっと振りむかせて、目を合わせた。
「お前、なかなか、すごいな。
勇者の剣は、お前には重すぎただけだな。
自分に合った剣なら、俺より強いんじゃないか?
どこで、そんな剣を教わったんだ?」
チビ勇者は、じっとルクスの目を見つめて、それから少し照れたみたいに笑った。
「お父さんに。」
それから、短くそう答えた。




